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【深層心理の謎】音を聴くだけで手触りまで蘇ってくるのはなぜ?

2022.09.15

 紙袋を握り潰す乾いた音が響いた。ホットドッグを食べ終えれば、やはり包み紙をクシャクシャに丸めたくなるというものだし、握り潰す感触はなかなか心地よかったりもするものだ。食べ終えてひと仕事片づけた実感も得られそうである。

包み紙をクシャクシャに丸めたくなるのはなぜか

 モノを選ぶうえでもちろん見た目は重要なのだが、案外手触りも決め手になったりする。特に衣服や寝具などはそうだろう。毛布の肌触りは睡眠にも影響を及ぼしてきそうである。

※筆者撮影

 江戸川橋界隈に来ていた。夕方の5時半になろうとしていた。だいぶ日は短くなってきているが、日没まではもう少し時間がある。

 この界隈にはかつては月に2、3度くらいは訪れていたこともあったが、10数年前に仕事の状況が変わってからはあまり来ることもなくなっている。春先に来て以来半年ぶりくらいだ。新目白通り沿いを早稲田方面へ歩く。

 歩きながら何かを食べている若い男性が前から近づいてくる。手にしているのはどこかのカフェで買ったホットドッグのようなものだった。よほどお腹が減っているのか、ゆっくり歩きながらも貪りついていてもうすぐ食べ終わりそうである。

 すれ違う前に彼は食べ終え、空になった包み紙をクシャクシャと音を立てて手で握り潰した。丸めた包み紙をその辺にポイ捨てするんじゃないかと一瞬危惧したが、それは杞憂に終わり、彼は丸めた紙を肩に掛けていたトートバッグの中に放り込んだ。

 路上で食事を終えた彼とすれ違う。これから地下鉄に乗ってどこかへ移動するのだろうか。

 彼が食べていたようなホットドッグやハンバーガーは久しく食べていないのだが、食べ終えた時にはきっと自分も高い確率で、彼と同じように包み紙をクシャクシャに丸めてしまいそうだ。

 もちろん包み紙を丸めることに意味はないのだが、食べ終えた勢いで半ば自動的にやってしまうような行動で、ひと区切りをつけられそうな気分はしてくる。弁当を食べ終えた後にそれまで使っていた割り箸を折る習慣がある人もいるが、それと同じような心境と言えるだろうか。缶ビールなどの缶の飲料を飲み終えた後に、缶をその都度毎回潰す人もいる。

 それはそうと、自分も何か食べてみたい。今日はこれからまだやることがあるので「ちょっと一杯」は無理だが、休憩がてら遅過ぎる昼食にしてみてもいいだろう。

 歩いて早稲田に行くのは少し時間がかかるので、路地を左折していったん住宅街のほうへと進むことにする。うろ憶えてはあるがこの界隈にも意外に飲食店があったりするのだ。

音を聴くだけで手触りがよみがえってくる

 住宅街を進む。住宅街とはいっても界隈には小さなオフィスや作業場、印刷会社なども少なくない。したがって大通りではなくとも案外、飲食店が点在していたりもするのだ。何度か入ったことのあるやきとん居酒屋は、この時間から席の大部分が埋まっていた。うなぎのチェーン店とラーメン屋を見かけたが、もう少し先に進むことにする。

※筆者撮影

 包み紙を丸める音や、割り箸を折る音を聴けば、それを自分が行った時の手触りや感触がよみがえってきたりもするだろう。割り箸を折るのはともかく、包み紙をクシャクシャにしながら握って丸めるのはけっこう心地よかったりもする。場合によってはストレス解消になるかもしれない。

 最新の研究では触覚と関係した音を聴くと、その感触が思い出されて脳の同じ場所が反応することが報告されていて興味深い。


 イーストアングリア大学の研究者は、私たちの脳が音と触覚の感覚を処理する方法について重要な発見をしました。

 本日発表された新しい研究は、脳のさまざまな感覚システムがすべて密接に相互接続されていることを示しており、物体に触れることに関連する特定の音を聞く時には、接触に反応する領域も関与しています。

 彼らは脳のこれらの領域が、ボールが跳ねる音などの音を聞くことと、キーボードでタイプする音を聞くことの違いを識別できることを発見しました。

 脳機能のこの重要な領域を理解することは、将来、神経多様性のある人々、または統合失調症や不安神経症などの症状を持つ人々に役立つことが期待されています。そして脳にヒントを得たコンピューティングとAIの開発につながる可能性があります。

※「University of East Anglia」より引用


 イギリスのイーストアングリア大学をはじめとする合同研究チームが2022年8月に「Cerebral Cortex」で発表した研究では、触覚刺激がまったくないにもかかわらず、手と物体の相互作用を表す音を聞くだけで、一次体性感覚野(primary somatosensory cortex)のさまざまなパターンの活動が誘発されることが示されている。

 10人の実験参加者はfMRI技術で脳の画像データを収集できる状態にされ、ボールが跳ねる音、ドアをノックする音、紙を握り潰す音、キーボードをタイプする音など、物体との相互作用によって生成される音を聞いた。

 研究チームは高度な機械学習分析技術を用いて、脳の最も初期の触覚領域(一次体性感覚野)で生成された活動が、さまざまな種類のオブジェクトの相互作用(ボールの跳ね返り、キーボードでのタイピング)によって生成された音を区別できるかどうかをテストした。

 分析の結果、これまでは物に触れたときにのみ反応すると考えられていた脳の部分が、物に触れたことに関連する特定の音を聞いた時にも関与していることが示されたのである。つまり音によって感触を呼び起こすことができるのだ。

 一次体性感覚野の重要な働きは、現在利用可能な感覚の情報から、次に何を経験するかを予測することであると考えられている。「予測処理(predictive processing)」と呼ばれるこの脳の重要な機能は、音を聴くことでも近いうちに体験することになる触覚情報を予測しているということになる。

 紙袋をクシャクシャに握り潰す音を聴けば、握り潰している時の手の感触がよみがえってくるのは、ある意味では当然のことであったのだ。

カレーのお供の福神漬けをポリポリと音を立てて咀嚼する

※筆者撮影

 道を進む。飲食店らしき店が見えてきた。入口はまるで山小屋のようなウッディな佇まいだが、窓から明るい店内が見える。看板には店名の前に「カレーの店」とある。たまにはカレーもいいのだろう。入ってみたい。

 夕食には早すぎる中途半端な時間ゆえか先客はいない。お店の人に好きな席に着くように言われ、中央に配置された向き合って座れる長いカウンター席の端に着く。目の前にあったメニューを手に取って開いた。

 コップに入ったお水を持ってきたお店の人にメニューで一番人気と書かれていた「カツカレー+目玉焼き」をお願いした。

 天井近くに架かった大型液晶テレビでは夕方のニュースが流れている。止まらない円安についての特集をしていた。個人的に海外旅行によく行っていた1990年代の後半にはアジア通貨危機があったこともあり、1ドル140円の記憶もあってあまり驚かないのだが、最近は140円を突破してまだまだ円安が進みそうな気配もある。150円に近づくようなことがあればさすがに策を講じなくてはならないのだろう。

 カレーがやってきた。大きな器に入っていて量もたっぷりだ。さっそくいただこう。

 目玉焼きで隠れてしまっているが、カツもけっこうな面積があり、ライスも見た目以上によそわれている。一気に片付けようとはせずにゆっくり食べることにしよう。ルーには姿のある具がほとんどないタイプなのだが、けっこうな量の刻んだキャベツと後から加えられた蒸かした小さなジャガイモの半身がルーに浸かっている。ルーはコクがあって美味しく、ゆっくり食べようと思ってもどんどん進んでしまいそうだ。

※筆者撮影

 カレーについての一家言など何も持ち合わせていないが、人生で一番多く食べたカレーは間違いなく高校時代の学食にあったカレーだ。週に3回くらいは学食でカレーを食べていたと思う。しかも数十円足せば大盛りから特盛りにもできるので、たいていは特盛りを食べていた。食べ盛りの頃は人並みに食べていたのである。

 寄る年波には勝てず、最近では大盛りを注文するなどもってのほかで、店によっては標準のメニューでも満腹になってギリギリで完食したり、残念ながら残してしまうケースもことも年に1、2度あったりもしている。小学生時代にはクラスで給食を全部食べ切れない生徒が何人かいて情けない奴らだと思っていたが、今こそ反省して悔い改めたほうがよさそうだ。

 テーブルの上に福神漬けが入った容器が置いてある。ライスと一緒に福神漬けを口に運ぶ。けっこう肉厚であることもあり、噛むとポリポリと音が響く。想定通りのやや甘くすっきりした味で美味しい。

 とはいえ周囲にこのポリポリと高鳴る咀嚼音を聞かれてしまうのは何だか気恥ずかしい思いもあるのだが、もし自分が第三者の立場でこの“ポリポリ音”を聞いたならば、かつて食べて美味しかった沢庵や奈良漬け、あるいはカクテキなどが思い出されてきて、その味が味覚によみがえってきそうである。

 もちろん食事中は極力音を立てないようにしたいものだが、その一方でこうした咀嚼音はあまり表立っては語られない食事の醍醐味であるかもしれない。それだけに“音”が触覚だけでなく味覚に与える影響も確かにありそうだ。

 そして福神漬けの容器と共にテーブルに並んでいるのは、金属製のホルダーに収められた三角に折られた紙ナプキンの束である。

 とすれば当然、カレーを食べ終えた後にはこの紙ナプキンで口元を拭い、さっきの彼のようにクシャクシャに丸めてから皿の端に置くことになりそうだ…。

文/仲田しんじ

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