■連載/法林岳之・石川 温・石野純也・房野麻子のスマホ会議
スマートフォン業界の最前線で取材する4人による、業界の裏側までわかる「スマホトーク」。今回は、続々と登場するスマートフォンメーカーのワイヤレスイヤホンについて話し合っていきます。
スマートフォンメーカーのイヤホンはソフトウエアが強み
房野氏:スマートフォンメーカーからワイヤレスイヤホンが続々と登場していますね。
石川氏:各社、スマートフォンは価格を下げて勝負をしていかなければならない中で、ワイヤレスイヤホンが注目されています。どんどん新製品が出ていて、試しきれないほどです。
石野氏:そんなに耳の数はないですって思いますよね(笑)
法林氏:スマートフォンは複数台で使い分けている人もいるけれど、「1台のスマートフォンに、ペアリングをしているイヤホンは5つあります。」といったことは、あまりない。
房野氏:ワイヤレスイヤホンは今、「スマートフォンメーカー発」と「オーディオメーカー発」の2タイプが主流かと思いますが、みなさんはどのような印象をお持ちですか?
石野氏:スマートフォンメーカーのワイヤレスイヤホンは、ソフトウエアの処理性能にアドバンテージがあるなぁと思います。ファーウェイとかサムスンが代表的ですね。
法林氏:ワイヤレスイヤホンにとって、僕が重要だと思っているのは独自アプリです。各メーカーから専用のアプリが出ていますが、ちゃんとファームウエアのアップデートもするし、イコライジングができるアプリも多いです。
石川氏:そうですね。再生している音源は、YouTube Musicだったり、Apple Musicだったり、ストリーミング配信サービスを利用する機会が増えています。そんな中、イヤホンの性能を音質だけで語る時代ではなくなってきていると思います。それよりも、ケースの蓋を開けただけで簡単にペアリングができたり、使っていくうちに楽しめる仕掛けがあるといい。例えばソニーは、ペアリングも簡単ですし、使用時間がアプリに蓄積されていって、あとから確認できるようになっています。どちらかというと、UIでの勝負になってきていますね。
石野氏:ソニーのイヤホンって、ケースを開くとAndroidスマートフォンにペアリングのポップアップが表示されますよね。それこそ「AirPods」みたいに。
法林氏:最近使ってみた製品でいうと、「Google Pixel Buds Pro」もポップアップからペアリングができた。あと、Pixel Buds Proを触っていて、個人的にいいなと思ったのが、初期設定をする時に、イヤーチップの適合テストがあって、音漏れしているかどうかのチェックができることかな。
それから、イヤホン本体のタッチ操作で音量の調節ができる機種とできない機種があるので、注意が必要だと思います。
石野氏:そうなんですよ。意外と重要なポイントです。確かAirPodsは非対応ですよね。
法林氏:そう。アップルの場合は、Apple Watchからできるけどね。Pixel Buds Proは、スワイプ操作で音量調節ができます。音量の調節がスワイプでできる製品は、実は少ないです。
房野氏:ファーウェイの「HUAWEI FreeBuds Pro 2」も、スワイプでの音量調節に対応していますね。
石野氏:AirPodsの場合は、Apple Watchでの操作のほかに、Siriを呼び出して設定することもできますが、街中では使いにくいです。
房野氏:レイアウトはメーカーによって様々なので、統一してほしいという声もありますよね。
法林氏:個人的には、統一する必要性はないと思います。それよりも、「うちはこういうレイアウトです」というのを、もっとアナウンスしないといけません。
石川氏:再生デバイスとの連携はアップルが抜きんでていましたが、最近はグーグルが頑張っていて、いろんなメーカーの製品と簡単に繋がるようになってきました。カメラも一緒で、光学性能勝負だけではなく、いかにAIで画質を上げるかの勝負になってきているので、ますますスマートフォンメーカーのアドバンテージが出ていますよね。
法林氏:アクティブノイズキャンセリングがいい例で、外の音を耳に入れずに消す技術なので、音を発生するドライバーの性能がすべてではない。オーディオメーカーは、半導体やソフトウエアに磨きをかけない限り、結構厳しいです。
あと、いろいろなプラットフォームで使えることが大事。例えば、Windowsでも同じようなアプリが用意されているとか、マルチポイント(複数のデバイスとペアリングできる機能)で切り替えができて、優先順位がちゃんと設定できるといった要素が大事になってきています。
石川氏:耳の中に向けてマイクを配置し耳の中で響いている音を拾い、音質を上げているイヤホンもあります。また、IDと紐づけて簡単にPCやタブレットと連携できるモデルも多く、どこかに置きっぱなしにしても、場所を特定できるイヤホンも増えています。
法林氏:完全にコンピューターの世界だよね。
石川氏:そうですね。コンピューティングの世界になってきているので、純粋にオーディオ性能だけで戦うのは厳しいです。
法林氏:そう考えると、サムスンが数年前にJBLやAKGで有名なHarman Kardon(ハーマンカードン)を傘下にしたのも納得です。音の技術は欲しいけれど、ソフトウエアは自分で作れるという話ですね。
房野氏:デジタル製品にあまり詳しくない人の中には、「iPhoneはAirPodsにしか接続できない」と思っている人もいるようです。
法林氏:iPhoneへの接続はかなり容易になってきていますよね。例えばXiaomiとか、ほかのメーカーのイヤホンでも、iPhoneへ簡単に接続できます。逆にAirPodsは、Androidスマートフォンと繋げること自体はできるけど、特別な操作はできない状況です。
石川氏:iPhoneユーザーにAirPodsを買ってもらうというプロモーションが、アップルはうまいですよね。
法林氏:iPhoneにはAirPodsしか繋げられないと思っている人は、ちょっともったいないよね。アップルには、「ユーザーに付属品を買ってもらい売上を増やそう」という動きが少し目につく。iPhone自体も、“Pro”シリーズは多くの人のためになっている? と思ってしまう。オーディオもこれと同じ話です。それより、OPPOやXiaomiの数千円で買えるイヤホンで十分じゃないですかね。
石野氏:個人的にはファーウェイがいいですかね。
法林氏:ファーウェイはちょっとかわいそうだよね。スマートフォンのイメージから、いろいろなものに繋がらない、使えないというイメージがついてしまった。眼鏡型の「HUAWEI Eyewear」とかも含め、いいアプローチをしているんですが、ファーウェイというブランドネームに購入をためらう人もいるみたいで、残念です。
石川氏:一方でソニーの「LinkBuds」は、自社に優れたアクティブノイズキャンセリング性能をもつ製品がある中、パートナーと組んで異なったアプローチを展開しています。例えば内部にコンパス機能を搭載し音の方向性がわかる、そんな体験をコンテンツと組み合わせて提供していますね。ソニーのような会社が新しいアプローチをしているのを見ると、ヘッドホン業界はまだまだ盛り上がっていくのかなと思います。これからさらに、ARとかVR、メタバースが定着してくると、いかに音で臨場感を出せるかという点も重要になってきますし。
法林氏:音の指向性って結構大事だよね。「360 Reality Audio」を試す機会があったんだけど、やっぱりすごかった。普通にスマートフォン端末を置いて音を聞いているだけなのに、音がこんなに広がるんだなと。オーディオの世界はできることがもっとありますね。例えばイヤーチップもそう。密閉型のイヤホンをずっと使っていると、耳がかぶれることがある。調べてみたら、医療用の樹脂を使ったイヤーチップもあるようなので、今度試そうと思っています。こういうことも含め、イヤホンにはあまり知られていない進化がいろいろあります。
「アイワ」がデジタルデバイスを多数発表
房野氏:「アイワ」からデジタルデバイスが多数発表されましたね。
石野氏:イヤホンを出すわけではないですけどね(笑) ソニーに吸収合併されたアイワは、2008年に消滅して、2017年に十和田オーディオが商標を獲得、アイワ株式会社として、オーディオ製品を出しています。今回の新製品は、「POCKETALK(ポケトーク)」とか「MAMORIO(マモリオ)」といった、スタートアップ系のガジェットを、中国・深センの自社工場で作っていた「ジェネシス」が、アイワブランドのデジタル分野の商標権を取得して、発表した形。格安スマホ初期というかMVNO黎明期に、イオンモバイルなどで「geanee」という、かなり安価な自社開発スマートフォンを販売していましたが、あまりうまくいかなかった。それでも自社ブランドをやりたいということで、アイワのライセンス提供を受けて、スマートフォンやタブレットを出す、その第1弾になっています。
房野氏:ジェネシスは日本のメーカーですが、拠点は深センですよね。
石野氏:そうですね。社長は日本の方です。深セン界隈では有名な企業で、日本語も伝わるし深センの工場で作ってくれるということで、知名度は高いです。ポケトークとかが有名で実績もある企業ですが、自分たちでもやりたいということで、いろいろなブランドを探していた中、アイワは抜群に知名度があったという話です。ただし、名が知られているのは40代以上限定みたいですが。
法林氏:アイワのロゴが使えたのは大きいよね。
石野氏:そうなんですよ。やっぱり、自分も含め40代以上の多くの人が気になりますし、訴求効果はあります。ただし、第1弾はアイワというより、ジェネシス感が強いと思います。普通の格安スマートフォンというか。
石川氏:アイワ感って何さ(笑)
石野氏:そういわれると難しいです(笑) アイワもそこまで安かったわけではないですからね。Xperiaでいうと、ソニーがXperia 1、Xperia 5シリーズで、アイワがXperia 10シリーズくらいのイメージです。ただし、第2弾以降は、音響やデザインにもこだわっていくという話ですし、スタートアップ企業と組んでそこの技術を採用するそうです。
あと、音響という話でいうと、「インスタコード」という、ボタンを押すだけで、簡単にコードが鳴らせて誰でも演奏できるという楽器をジェネシスは製造していて、アイワ版も出すみたいです。これはアイワっぽいかなと思いましたね。
法林氏:個人的に、アイワはパソコン通信時代のモデムのイメージが圧倒的に強いです。
石野氏:そういう意味では、スマートフォンを出すのも正しい姿かもしれませんね。
法林氏:まあ、元々のアイワは家電メーカーというより、エレクトロニクス屋さんのような企業ですよね。マイクが一番有名でした。
石野氏:僕はラジカセを使っていましたね。
石川氏:ちょっと、「VAIOフォン」に通じるものを感じます。
法林氏:ブランドを担ぎ出す理由はわかるけど、かつてブランドに関わった人が絡むのか、それともブランドネームだけを利用するのか、差があります。
石野氏:VAIOフォンと決定的に違うのは、アイワにはVAIOのような高級品というイメージが元々ない点ですかね。
石川氏:過去にいろいろなブランドからスマートフォンが出ているけど、みんな期待値を上げすぎて失敗している。アイワは、いい意味で期待値がそこまで高くないのが、功を奏するかもしれません。
石野氏:そうですね。第1弾としてはこれでいいか、と思われるかもしれません。期待値を必要以上にあげるよりはずっといいです。
法林氏:ブランドネームってやっぱり大事だよね。「あのアイワのスマホ」といわれるだけで、食いつく人もいるはずです。
石川氏:ただし、アイワというブランドネームが響く層にあのスペック、あの値段のスマートフォンが刺さるかというと、それはちょっと違う気もしています。
石野氏:第1弾の製品は、どちらかというと法人向けという感じもします。ジェネシスはそういうのが得意な会社で、ジャパンタクシーのタブレットも有名ですよね。あと、アイワは東南アジアにも強いブランド力があるようで、海外展開も狙えるかなと思っています。
房野氏:今は飲食店やタクシーなど、どこにでもタブレットがありますしね。
石野氏:そうですね。そういうのをジェネシスが取り扱っているので、そのうち飲食店のタブレットが、気づいたらアイワになっている可能性はあります。そこから、だんだん製品を改善していって、アイワらしさを出していくという方針は、わかりやすいですよね。
石川氏:だから、アイワらしさって何(笑)
法林氏:逆にいうと、ブランドを買った別の会社だからできる話。存続してきた会社は新ジャンルに手を出しにくいですからね。
石野氏:アイワの場合は、ソニーのサブブランドのような時代が長かったので、Xperiaを真似しても面白い(笑)
法林氏:それは意匠権的にアウトだよ。逆に、アイワの意匠権を一緒に買えているのであれば、背面はカセットボーイ(1980年代に販売されていたアイワのポータブル式カセットプレーヤー)のデザインだけど、表は普通のスマートフォン、といった製品が出せるかもしれない。でもそれは、iPhoneケースでいいんじゃない? とも思いますけど(笑)
石川氏:あえて、Xperia Aceシリーズよりもスペックが低くて、安い端末を出しても面白いです。
石野氏:Xperiaのデザインを想起させるようなものが出ると面白いですよね。
石川氏:ディスプレイのアスペクト比が21:9で、スペック的には“Xperia 15”くらいのモデルですね。
石野氏:そうですね。やっぱり、ソニーのサブブランド的なイメージを活かしたほうがいいと思います。
法林氏:ソニーが許可しないでしょう。
石野氏:できないとは思いますが、可能な限り寄せていったり。
法林氏:とりあえずパープルを出すとか(笑)
石野氏:そうですね(笑)
石川氏:今のソニーはブランドイメージ的に、あまり安い製品をリリースできないので、その下位の製品を作るのはありです。かつては、ソニーじゃなくて、アイワかシャープかみたいな時代もありましたから。
法林氏:ラジカセの時代は、高いのはソニーとかナショナル(松下電器)製品で、安いのはサンヨーとかアイワって感じだったしね。
……続く!
次回は、通信キャリアの決算について会議する予定です。ご期待ください。
法林岳之(ほうりん・ たかゆき)
Web媒体や雑誌などを中心に、スマートフォンや携帯電話、パソコンなど、デジタル関連製品のレビュー記事、ビギナー向けの解説記事などを執筆。解説書などの著書も多数。携帯業界のご意見番。
石川 温(いしかわ・つつむ)
日経ホーム出版社(現日経BP社)に入社後、2003年に独立。国内キャリアやメーカーだけでなく、グーグルやアップルなども取材。NHK Eテレ「趣味どきっ! はじめてのスマホ」で講師役で出演。メルマガ「スマホで業界新聞(月額540円)」を発行中。
石野純也(いしの・じゅんや)
慶應義塾大学卒業後、宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で活躍。『ケータイチルドレン』(ソフトバンク新書)、『1時間でわかるらくらくホン』(毎日新聞社)など著書多数。
房野麻子(ふさの・あさこ)
出版社にて携帯電話雑誌の編集に携わった後、2002年からフリーランスライターとして独立。携帯業界で数少ない女性ライターとして、女性目線のモバイル端末紹介を中心に、雑誌やWeb媒体で執筆活動を行う。
構成/中馬幹弘
文/佐藤文彦