今年2月に日本で発売されたARグラス『Nreal Air』は、「手軽な拡張空間」を標榜する製品である。
しかし、大きな欠点も含んでいた。それは「Android OS以外ではその機能を100%発揮できない」という点だ。
画面のミラーリングであれば他のOSでも対応できるが、『Nreal Air』独自のマルチスクリーンやそれに付随するAR機能は、Android OSを搭載したハイエンドスマホでしか活用できなかった。
が、8月24日に都内で開催されたメディア向け発表会において、3Dインタラクティブアプリケーション『Nebula』のMac OS対応と専用アダプター『Nreal Adapter』が公開された。
この発表は、『Nreal Air』の今後にとって何を意味するのだろうか?
ARの大衆化
『Nreal Air』が発売された当時、筆者を含むガジェットライターはそのデザインに注目した。
外から見れば、これは普通のサングラスと大差ないからだ。
VRゴーグルにしろARグラスにしろ、我々の知っている製品はどれも無骨で重量感のあるデザインだった。スペックはともかくとして、これは手軽に装着できるものではない。
しかし『Nreal Air』は、そのようなイメージを大きく覆してしまった。
装着しても重量感を感じることなく、極めて自然にそれを利用することができる。『Nreal Air』が目指すのは「ARの大衆化」である。
1080P、201インチ相当の大画面をグラス内部に反映し、最大3画面のブラウザを起動できるアプリ『Nebula』でより複合的なAR空間を実現する。
60Hzのリフレッシュレートは、動画視聴やゲームプレイにも対応。デバイスとの接続はUSB-Cケーブルを用いる。
しかし、日本はiPhoneユーザーが多い国である。Apple提供のOSに対応し切れていなかった『Nreal Air』は、それ故にプラグ変換アダプター『Nreal Adapter』を開発したのだ。
これはiPhoneへの適合のみならず、HDMIデバイスをも想定している。
市販のHDMI変換コネクトと組み合わせることで、様々な機器と接続することが可能になったのだ。
さらに上述の3Dインタラクティブアプリ『Nebula』のMac OS適合化も同時発表。これにより、『Nreal Air』の持ち幅が一気に広がることになる。
会話を字幕にする
AR技術は、具体的に我々の生活をどう変えるのか?
この問いについてしっかり答えられるライターは、何人いるだろうか。もちろんその答えは一つではないはずだが、敢えて一部分だけ挙げれば「音を視覚化できる」という効果がARにはある。
これは国外で実証実験が始まっている取り組みだが、聴覚障害者に『Nreal Air』を装着してもらい、その上で会話をする。すると『Nreal Air』の画面に相手の会話が字幕として出てくるのだ。
同時字幕があるのとないのとでは、会話の難易度にも大きな差が出てくる。もちろんこの技術は、互いに異なる言語を使う会話にも役立つはずだ。
こちらは日本語で相手は英語を話す場合、日本語表記の翻訳文がこちらの『Nreal Air』に表示されるということもできるだろう。その逆も然り。
即ちARグラスは、動画やゲームといった娯楽だけでなく「人と人の間の壁を超えるツール」としても活用できるのだ。が、そのためにはARグラス自体が扱いやすいガジェットでなければならない。
「本格的」より「普遍的」
実際に『Nreal Air』を使ってみよう。
筆者がまず感じたのは、この『Nreal Air』は「完全没入型」ではまったくないということだ。
このあたりはVRゴーグルとARゴーグルの違いと言われればそれまでだが、『Nreal Air』は手元を確認できる設計である。
即ち、これを装着してゲームをプレイしている場合、コントローラーを握っている両手を肉眼で確認できるのだ。
「本格的」ではないかもしれないが、日常の1コマになり得る「普遍的」なARグラス。それが『Nreal Air』である。
そして「普遍的」を目指す以上、『Nreal Air』はあらゆるデバイスとの相性も考慮しなければならない。『Nreal Air』はNintendo Switchとも接続することができる。
201インチ相当の画面でゲームをプレイできるということだが、前述のようにこの製品は「完全没入」を最優先にはしていない。
手前にあるコントローラーやテーブルをちらりと確認しつつ、ゲームに打ち込む。テーブルに乗せたスナック菓子を合間につまみ、コップに入れたコーラを一口飲む。
そうした週末ゲーマーの行動に配慮したARグラス、と表現するべきだろうか。
少なくとも、装着者の視界を完全に覆ってしまうゴーグル型製品ではそのようなことはできない。
最先端テクノロジーをカジュアルなものにして、AR自体の敷居を下げてしまうガジェット。それこそが技術の大衆化であり、ある種の民主主義化である。
今はまだ道半ば
今の時点で、『Nreal Air』にはまだまだ課題がある。
『Nreal Air』は有線ガジェットだ。ケーブルがなければ動作しない。
しかし誰しもが使いやすいARを志すのなら、ARグラス自体の無線化は必須である。
もちろん、そのための道は決して平坦ではないのも確かだ。
イヤホンもそうだが、ワイヤレスはワイヤードにはなかった「大型バッテリーの内蔵」が求められるようになり、さらに無線故の通信遅延問題もある。
それらをどう解消するかは、エンジニアと共に技術手法を開発している最中とのこと。
が、本当の意味で「誰にとっても使いやすいARグラス」の実現はそう遠い未来の話ではない。
さて、そんな『Nreal Air』だが、Amazonでは4万5,980円で販売されている。今後は家電量販店等の実店舗での販売も拡大していくという。
専用アダプター『Nreal Adapter』のメーカー小売希望価格は8,980円。
「ARの大衆化」の道はまだ半ばではあるが、『Nreal Air』がその道標を雄々しく担っていることは間違いないだろう。
(C)Nreal Japan 新製品発表会
【参考】
Nreal Air
取材・文/澤田真一