【連載】もしもAIがいてくれたら
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第1回:私、元いじめられっ子の大学副学長です
第62回:「人の悩みに寄り添えるAI」が登場する日はやってくるのか
行動ルールと相互作用をモデル化したら……
内閣官房に設置されている新型コロナウィルス感染症等対策推進室では、COVID-19 AI・シミュレーションプロジェクトが推進されています。新型コロナウイルス感染症の感染防止対策と経済活動の両立を図るため、テクノロジーの活用可能性を検討しているとのことです。AI等を活用した感染拡大の早期探知等ためのデータ収集、分析やシミュレーションがおこなれているようです。
この分野の優秀な研究者がチームを編成して多角的に検討を行なっています。私も知っている研究者もいますが、今回は公開されている情報のみに基づいて記事を書かせていただきます。
コンピュータによるシミュレーションでは、主に定量的なデータを扱うことになりますが、現実世界は、そのまま数値になっているわけではありません。ウイルスの変異もそうですが、人間に関することも数値化しにくいことが多いと思います。ウイルス側の要因と人側の要因、政治・社会的要因、気象など環境要因など、様々な要因が、刻一刻と時系列に、相互に関連しながら感染の状況を変えていきます。こういった複雑なことをシミュレーションする技術として、マルチエージェント・シミュレーションがあります。
新型コロナウイルスのシミュレーションにAIは役に立つのか? と言われることがありますが、AI分野で1990年代から発展してきたマルチエージェント・シミュレーションは、有力な技術とされています。
マルチエージェント・シミュレーションでは、例えば「人」をエージェントとして、その行動ルールとエージェント同士の相互作用をモデル化してシミュレーションしたりします。それによって複雑な社会現象を説明したり予測したりできるモデルを作ります。良いモデルができれば、仮にウイルスが変異して感染力が変わっても、感染拡大予測ができるようになるかもしれません。
Twitterから「人の心」は抽出できるのか?
しかし、人の行動ルールをどのように設定するかが難しい点だろうと思います。人の行動は、あらかじめ決められたルール通りにはならず、様々な要因で変動する心の動きの影響を受けます。年齢・性別など属性による個人差もあります。どういった場合に、どういったことに恐怖を感じるか、ストレスを感じるか、どうなると油断するか、といった感情の動きが重要です。これらを何らかの形で把握し、モデルに組み込まないと、感染拡大を正確に予測できるモデルもできませんし、どうしたら感染拡大を食い止められるかを教えてくれるようなモデルもできません。
人の心の動きを把握する方法として、マルチエージェント・シミュレーションの研究者が注目しているのがTwitterです。
新型コロナウイルスの感染者が増加すると人のイライラした感情が増加するといった変化を、Twitterで用いられる表現から把握できる可能性について、以前@DIMEの記事でも書きました。
人の心の動きをTwitterで用いられている言葉から推定し、そのような変化を感染者の数やそのほかの社会状況から説明する、といったことはできると思います。しかし、どういった社会的要因、環境的要因、どういったメッセ―ジを誰が発するとどうなるか、まで予測できるようにするのは、なかなか難しいだろうと思います。
1960年代の第1次AIブームも、1980年代の第2次AIブームも、医療の問題や社会問題を解決してほしいという人々の期待に応えられず、AIは冬の時代を迎えました。新型コロナウイルスは、第3次AIブームの最難関課題と言えるでしょう。
内閣官房のCOVID-19 AI・シミュレーションプロジェクトでは、単純な予測ではなく、「……という状況になった場合にどのようなことが起こり得るか」という様々なシナリオに対して分析を行う、としています。予測結果を発表すると、それ自体が人々の行動変容に影響を与えるということで、なかなか難しい舵取りが求められているようですが、このプロジェクトが人々の期待に応えられることを願っています。
坂本真樹(さかもと・まき)/国立大学法人電気通信大学副学長、同大学情報理工学研究科/人工知能先端研究センター教授。人工知能学会元理事。感性AI株式会社COO。NHKラジオ第一放送『子ども科学電話相談』のAI・ロボット担当として、人工知能などの最新研究とビジネス動向について解説している。オノマトペや五感や感性・感情といった人の言語・心理などについての文系的な現象を、理工系的観点から分析し、人工知能に搭載することが得意。著書に「坂本真樹先生が教える人工知能がほぼほぼわかる本」(オーム社)など。