1969年に初代が登場して以来、半世紀以上にわたって日本を代表するスポーツカーとして世界中で愛されてきたフェアレディZ。これまでに180万台以上が販売され、すでに“車文化の一翼を担う”といって過言ではない存在となった。そして今回、7代目となる最新モデルが登場。ハイブリッドでもなく、ましてやBEVでもなく、純粋なエンジン車としていま姿を現したスポーツカーが、私たちに伝えようとしていることはなんだったのか?
煌びやかさの陰に潜む、たおやかな心地よさ
「夏に聞きたい、夏と言えば、どんな曲?」という回覧メールが、知り合いのパーソナリティから回ってきた。多分、自分の番組の参考かなにかにするのだろうが、吉田拓郎の「夏休み」と井上陽水の「少年時代」と即答しておいた。どちらの名曲も、ジリジリと焼けるような陽の光も、入道雲が湧き上がる青空も、浜辺を駆け回る水着姿も、プールサイドのパラソルも、すぐにイメージできるような曲ではない、と個人的には思っている。
そこにあるのは夏の底抜けな明るさや、浮き立つような心情ではなく、憂いや郷愁やほろ苦さなどと言った思いを投影できる詩と曲だった。そして耳にした途端、すぐに「いつの頃からだろう、子供のようになんの屈託もなく夏を喜べなくなったのは?」と、つい考えてしまうのだ。
夏を経験すればするほど、その動的な煌びやかさの陰にある、一種の悲しさ、静寂のようなものまで見え、それがかえって夏の明るさを際立たせているのだろうと、こじつけるように納得する。拓郎や陽水の表現した世界には、風が緩やかに吹き抜ける日陰の心地よさがあるのだ、と勝手に思うのだ。
ひょっとするとフェアレディZも「夏休み」や「少年時代」と同じような世界観の中にあるのではないだろうか。半世紀前に登場したときは、誰もがカッコ良さと高性能に酔いしれ、スポーツカーの持つ底抜けな明るさだけが際立っていた。それが許された時代だったから世界中で、支持者が増えていった。
だが、世代を重ね、さまざまな状況を経て来た事により、スポーツカーとして存在するための憂い、いやひょっとすると“社会的責任という重荷”なのかもしれないが、速さやカッコ良さだけに屈託無く浸ることが出来なくなってしまったような気がする。もちろんそれは決して悪いことではない。数多くの経験値を積んできたスポーツカーだからこそ表現できるしっとりとした空気感やたおやかさは、言わば日陰の心地よさである。
そんなことを思いながら目の前に登場した7代目新型フェアレディZを眺めると、どこか懐かしく、とても愛おしく見えてくるのである。あの幼い頃に憧れた佇まいと、心の昂ぶりと、そして「よくここまで来たな」と言う感情であった。その佇まいについては「初代Zへのオマージュ」などと表現する向きもあるが、なぜか、そうは感じなかった。新しさの中に息づく“らしさ”は感じたが、それはオマージュなどではないと思ったからだ。
煌びやかな夏を懐かしむ最後のスポーツカーか?
ポルシェ911を見て貰えば理解できるだろうが、歴史あるスポーツカーは変えるべきところは変えるが、残すべきところはしっかりと残すのである。それがあるからこそ、一見しただけでどの時代のモデルも911とすぐに認識できる。だからロングノーズとショートデッキ、そしてフロントグリルとヘッドライトのレイアウトやデザイン的関係性が、フェアレディZならではのDNA上にあるからと言って、それはオマージュではなく必然なのだと思う。ちょうど911における立ち気味のフロンガラスとティアドロップ型のサイドリウインドウ、そして台形のリアウインドーの関係性に似ている。このバランスが狂うと911ではなくなる。そうしたデザイン的要素があるからこそ、瞬時に個性を特定できるのだ。
その意味からして今度のフェアレディZは、実に納得できる。2020年7月に肺炎のため逝去した初代フェアレディZのデザイナー、松尾良彦氏にコロナ禍の直前に、何度か会ったことがあった。(ここからは松尾さんと呼ばせて頂くが)松尾さんは、幼い頃から「流線型」が大好きだったという。電車もロケットも自動車も、とにかく流線型がもっともカッコいいと思い、そんな絵ばかり描いていたという。話の途中で、流線型フォルムが美しいパーカーの万年筆まで取り出して、見せてくださったほどである。そんな松尾さんは、この新型を見たらどう言うだろうか? 今となっては確かめることも出来ないが、多分、「カッコいいじゃない」とおっしゃるはずだ。
そのボディサイズは全長4380mm×全幅1845mm×全高1315mmという、今のスポーツカーとしては小柄なボディの中に、最高出力405PS(298kW)、最大トルク475Nm (48.4kgf・m)を発生する3LのV型6気筒ツインターボを搭載している。そして6速MTか9速ATのどちらかと組み合わせている。もはやこのスペックを見ただけでパフォーマンスは十分に想像できていたし、実際に走らせてみれば、そこにあるのはなにひとつとして、期待を裏切ることがない仕上がり具合であり、とにかく感心させられるのだ。
決して超が付くほどの速さではないが、ワインディングでの乗り心地と、スポーツカーらしいキレの良さを両立させた走りのバランス具合が抜群。どんな速度域でもスポーツカーだけが持つフィット感と優れた心地を存分に味わえたのだ。そして少しクールダウンすると、目の前にはダッシュボード上にZのアイコンである、丸型3連メーター、そして丸型のスピードメータやタコメーターの針の動きがあった。
個人的には9速ATで楽しむのもいいが、冷静に考えると6速MTで、と最後まで迷う。これを「オヤジ世代のスポーツカー」などと評する人もいるだろう。ひょっとすると、BEV全盛ともなれば、いやハイブリッドであっても、この感覚や光景は経験することは出来なくなるだろう。だからこそ、昔を知っている人たちに「これが最後だよ」と訴えかけようとしているのかもしれない。いつも内燃機関オンリーのクルマに乗ると、こんな「惜別の念」のような言葉を口にしてしまうことが悲しくもある。
行く夏を惜しむレクイエムと言いたければいえばいい。だが、♪それ~でも待ってるぅ、夏休み~♪(吉田拓郎『夏休み』) なのだ。夏の強烈で煌びやかな陽の光と、キラキラとした木漏れの中で時折吹き抜ける心地いい風を楽しむ、あの少年時代の懐かしい感覚。だからこそ若い世代にも輝きだけでなく、どこか憂いを偲ばせたようなスポーツカーを味わいたければ、コイツに乗れ! と言っておきたい。いや若い世代ほど、この雰囲気を五感に刻み込ませた上で、新しい時代のスポーツカー像を見つけて欲しいのである。なにより、名曲は決して色あせることはないのだから、である。
少し長めのノーズと初代から続くサイドウインドウ形状、そしてなだらかなルーフラインとストンと切り落としたショートデッキ。カッコ良さのすべてが詰まっている基本フォルムだが、今後はその基準も変化はずである。写真はバージョンST
シャシのベースは先代のZ34であり、「マイナーチェンジ」という方が正確かもしれない。だが少し乱暴だが、そんなものはどうでも良くて、エンジンを搭載したフェアレディZが、こうして存在していることが重要だと感じた。
機器類の配置や全体のレイアウト、そしてデザインはZが創り上げ、進化させてきた佇まいだが、古さを感じさせない。
レザーとスエード調のファブリックを組み合わせたSTバージョンのシート。ホールド性の良さが印象に残るシートだ。
ズラリと並んだときの迫力。基本骨格を成すパワートレインやドライブトレイン、そして電装品などの多くを進化させ、部品で見れば8割以上が新しいという。残念ながら今年分はすでに売り切れとか。さらに来年はまた新たな価格設定になるかもしれないという。
ダッシュボードセンター付近に祖萎靡された電圧計、ターボ回転計、ブースト計(左から)と丸型メーターが3連で並ぶ。この光景もZ由来の景色とも言える。
メーターパネルには12.3インチの液晶画面を採用。視認性の向上など、情報の伝達速度を考慮している。
9速ATによってスムーズで切れ目の少ない加速感、そして適切なギアリングを実現。スポーツカーらしい走りを味わえるATだ。
9速ATで十分と思った直後に試した6速MT。シフトのストロークも短く、コキッコキッと、あまりに心地よくシフトが決まるので、また迷うのである。
軽量なアルミ製リアハッチを開けると、2人で1~2泊程度の旅行なら十分に対応できそうなスペースがある。
リアのコンビネーションライト(上)にCピラーの丸いZエンブレムなどなど。「伝統と最新技術の融合」と言うデザインテーマのもと、歴代Zに受け継がれてきた細かな要素が細部に散りばめられている。
(価格)
6,462,500円~(バージョンST・MT&ATとも/税込み)
<SPECIFICATIONS>
ボディサイズ全長×全幅×全高:4,380×1,845×1,315mm
車重:1,590kg
駆動方式:FR
トランスミッション:7速AT
エンジン:水冷V型6直列DOHCターボ 2,997cc
最高出力:298kw(405PS)/6,400rpm
最大トルク:475Nm(48.4kgf・m)/1,600~5,600rpm
問い合わせ先:日産自動車 0120-315-232
TEXT:佐藤篤司(AQ編集部)
男性週刊誌、ライフスタイル誌、夕刊紙など一般誌を中心に、2輪から4輪まで“いかに乗り物のある生活を楽しむか”をテーマに、多くの情報を発信・提案を行う自動車ライター。著書「クルマ界歴史の証人」(講談社刊)。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。
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