[第1回]開発者が語る“無洗米の真実” 東洋ライス株式会社社長・雜賀慶二
「無洗米」とは?
多くの方が「無洗米は炊飯の手間を省くためにつくられた」と思っておられます。でも、それは勘違い。無洗米を開発した私が言うのですから間違いありません。
では何のために開発したのか。それは綺麗事でなく、実は「海の美しさを守る」ためでした。
私は1956年に、当時婚約者だった家内と一緒に和歌山から船に乗って淡路島へ旅行しました。当時、紀淡海峡(きたんかいきょう)は非常に蒼く美しかったことを覚えています。しかし1976年にもう一度同じ旅をしようと船に乗ると、海はひどく濁っていたのです。この頃、日本では公害が大問題になっていました。今では考えられませんが、様々な企業や工場が排水や排気を海や空に垂れ流し、水俣病やイタイイタイ病や光化学スモッグが発生していたのです。誰の目にも、これ以上自然を汚してはいけないとわかる状況でした。
私が創業した東洋ライスは、玄米からぬか(糠)をとって白米にする「精米機」という機械などを開発するメーカーです。その研究過程で、私はお米の研ぎ汁も研究していたため、とぎ汁が栄養豊富で、量も多いことを知っていたのです。私たちはお米を炊く時、何とも思わずお米のとぎ汁を下水に流しますが、私は「とぎ汁が海洋汚染の一因になっているに違いない」と考えました。
少しだけ精米の仕組みをお話しさせてください。まず、お米は収穫されると籾殻(もみがら)をとって玄米にします。白米にする場合は、玄米を精米(せいまい)します。精米機を通して、玄米の表面にある「ぬか層」をとるのです。
しかしぬかは完全にはとれず、白米の表面にはうっすらと粘着性の高い「肌ヌカ」が残ります。肌ヌカが付いたままだと、炊飯時にぬか臭いご飯になってしまうことから、我々はご飯を炊く時、これを水で洗い流すのです。
電子顕微鏡で撮影したお米の表面。左が玄米を精米した「精白米」で、右が無洗米。左はうっすらと肌ヌカが残っていることがわかる。
この肌ヌカが海を汚したのではないかと考え、私は試しに、肌ヌカがどれくらいの量になるか計算してみました。実は、精米したお米を研ぎ洗いすると、約3%もの肌ヌカが流されます。意外と多いのです。ざっと計算すると、全国で1日あたり大型ダンプカー約100台もの肌ヌカが水で流されている計算になりました。肌ヌカは油分も豊富に含みます。その油分だけでもドラム缶約200本分にのぼりました。
私は戦慄を覚えました。毎日、これだけの量の肌ヌカが流され、海が汚れずにすむはずはありません。川や海に流された栄養分は、腐り、ヘドロになり、悪臭を放ちます。その中には肌ヌカ由来の栄養分が多かったのです。
ここまでお読みになって疑問を感じた方もおられるでしょう。「日本人は昔からお米を食べてきたではないか。なのになぜ昭和になって突然海を汚すようになるのか」と。
答えは簡単、昔、各家庭から川などにつながる水路は、護岸工事がされておらず、自然の浄化力があったのです。今は、コンクリートで塗り固められ、そのまま、海や川や下水処理場へ流されます。下水処理場でもチッソやリンは殆ど分解されず、これらの栄養素が含まれた状態で海や川に流されます。それによって各水域では「富栄養化」という現象が起こり、植物性プランクトンが異常発生し、それが死んでヘドロとなり悪臭を放ったりするのです。
これが本当の“ぬか喜び”
私が無洗米の開発に着手したのは、この水質汚染の現状を目の当たりにしたからでした。昔から米穀業界では永遠の夢と云われてきた「無洗米」を開発する以外ないと考えたのです。いつかここでも書きたいのですが、私はお米のなかから石粒を取り除く「石抜き機」という機械を開発しています。昔のお米には、たまに石が混ざっているのが当たり前だったのですが、実は私が石を抜く機械を開発したのです。そんな経緯もあったから、私は当時誰もが不可能と考えていた無洗米の開発も、「やればできる」と考えました。
私はまず、精米したお米を水で洗い、水がお米に染みこまないうちに乾燥させる方法を試しました。すると、これが見事に成功したのです。肌ヌカがとれ、かつおいしく炊けたことで私は大喜び。肌ヌカを含む水をどう処理するかを汚水処理業者の方に相談しました。
ところが、業者の方は「これは処理できないね」と仰います。
汚水に含まれる成分が沈殿するものなら浄化しやすいのですが、米のとぎ汁は1日おいても白く濁ったまま。沈殿させて処理できない成分はバクテリアの力で浄化するのですが、リンやチッソのような無機物はバクテリアも処理できません。この時点で無洗米自体の開発は成功していたのですが、私は販売を断念しました。これが普及しても海や川は綺麗になりません。私は“ぬか喜び”していただけだったのです。
それまでに、私は排水の分析も終えていました。このなかに「台所からの排出に含まれるリンは9割以上が米のとぎ汁に由来する」というデータもありました。米のとぎ汁が河川や湖沼でプランクトンを増殖させ、赤潮やアオコの発生につながっている証拠と言えました。だからこそ、私はあえて、この開発を世に送りだすことを見送ったのです。
無洗米開発のヒントは「ズボンについたガム」
私は、思考には“集中思考”と“拡散思考”があると思っています。“集中思考”はテストの問題を解く時のようなもので、短時間、集中して答えを出すことを指します。一般的に“考える”と言うとこちらを指すのでしょう。一方“拡散思考”は、テレビを見ていても、お風呂に入っていても常に頭のどこかでヒントを探している、という状態を何年も、時には何十年も続けることを指します。そして、ヒントは自然界や他の機械など様々なところにあって、それが解決したい何かと、ふっと、結びついた時、今まで見えなかった何かが見えるようになるのです。
無洗米の開発で大きなヒントになったのは、何と、私のズボンにガムがくっついたことでした。
私はその頃「水を使わずに肌ヌカをとるなら、粘着性を持つ何かにくっつけてみようか」と考え、お米を水あめやガムテープにくっつけていました。そんな実験を行っている時、ふと、ズボンにガムがくっついて困った時のことを思い出したのです。あれはいつだったか……なかなかとれずにいたのですが、人から『ガムは同じ種類のガムをつけるとはがれる』と聞き、試したらうまくいきました。ならば「肌ヌカで肌ヌカをとることはできないだろうか?」と考えたのです。
肌ヌカは、集めるとネチョッとしています。これにお米を当てれば、お米の表面の肌ヌカが、集まってネチョネチョしているほうの肌ヌカにくっつくと思ったのです。さっそく実験開始――これは、和歌山県の小さな研究室で、石抜き機の開発に続いてお米の歴史が変わる瞬間になりました。なんと、非常にうまくいったのです。
その後、私はこの方法を機械化しました。ステンレス製の円筒に精米したお米を入れ、小さな突起で撹拌すると、ステンレスの壁に肌ぬかが付着します。そして、さらにお米を入れると、ステンレスの壁にどんどん肌ぬかがくっついていくのです。私はこの無洗米を「BG無洗米」と名付けました。「B」はBran(ぬか)、「G」はGrind(削る)、すなわち「ぬかでぬかをとる無洗米」という意味になります。その完成は1991年のこと。汚れた紀淡海峡の海を見てから15年の歳月を経ていました。私はこの間、仕事中も、お風呂でもどこでも、心のどこかでずっと、肌ヌカをとる方法を考え続けていたとも言えます。
その時、消費者が味方になった
その後、私は思わぬ事態に直面しました。私がBG無洗米を開発した直後、他社が雨後の竹の子のように水で洗った無洗米を開発、これがおいしくなかったため「無洗米はまずい」という評判が立ったのです。しかし、ここで味方になってくれたのが消費者でした。私がたびたび試食会を開催すると、食べた人たちが「無洗米の中でもBG無洗米はおいしい」と人に話し、口コミで評判が広がっていきました。同時に、私は全国各地域にあるお米を卸す会社に声を掛け、共同でBG無洗米を生産する会社も設立。BG無洗米の出荷量は年々増え、現在は無洗米市場のシェア7割以上を占めるとまでいわれています。
東洋ライス社内の様子。同社は精米機のメーカーでもあるが、同時に自社でも全国各地から届くお米をBG無洗米などに精米し販売している。
無洗米のメリットは環境保護だけではありません。取り除いた肌ヌカはいい肥料や飼料になるため、当社は『米の精』という商品名で販売しています。栄養分が多く、農業者、畜産業者の方々は口々に「いい作物ができる」「いい肉がとれる」と仰います。しかも、無洗米にするとお米のおいしさは長く保たれます。肌ヌカには油分が多く含まれていて、これが酸化するから味が落ちるのです。しかしBG無洗米には、その肌ヌカがありません。
これが「無洗米の真実」です。いかがでしたでしょうか。
実を言うと、お米はこれほど毎日のように食べるものでありながら、皆さん、様々な誤解をされています。例えば無洗米には別の誤解もあります。「無洗米も洗うと水が白く濁る」「だからサッと1回水ですすぐのがよい」などと仰る方がいるのです。これはとんでもない誤解で、水が白く濁るのはお米の旨みの成分が出ているだけ。無洗米に限らず、普通の白米も、洗いすぎるとお米をねっとりとさせる成分などが抜けてしまうのです。
皆さんもぜひ、日本の環境を守るためにも「BG無洗米」をお召し上がり下さい。ご存じの通り、家事の手間も少しだけ減らせます。
そして私は、こんな「お米に関する誤解」を解いていきたいと思っているのです。
取材・文/夏目幸明