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技術の進化の裏で増え続けるトラブル、IT難民を救い続ける日本PCサービス創業秘話

2022.08.02

【Innovator’s NEWS】“IT難民”を救え<前編>

イノベーターの情報を発信するニュース、今回は『パソコン難民』『スマホ難民』を救う巨大市場を見つけた起業家の話をお送りしたい。その人物とは日本PCサービスを起業した家喜信行社長だ。全国に“修理・設定ネットワーク”と呼ぶべきインフラを構築し「パソコンが起動しない」「壊れたスマホの写真データを取り出したい」といった様々な要望に応え続ける企業だ。

IT機器進化の裏で増え続ける“トラブル”

 パソコンのサポートを巡る環境は、あまり人に気付かれず静かに変化していった。

 1999年代は、「パソコンが起動しない」「ネットに繋がらない」といったトラブルが起きたらユーザーはパソコンのメーカーに電話していた。当時は「プロパティを開いてここをクリック~」と対処法が教えてもらえたものだ。しかし次第に「初期状態に戻して再インストールして下さい」といった、比較的素っ気ない対応に変わってゆき、ついには電話が繋がるまで何時間も待たされるようになった。

 海外製パソコンの安さに押され、メーカーはコストがかさむトラブルサポートに人員を割けなくなっていたのだ。トラブルも複雑化していた。パソコンが思うように動かない原因は、OS、ネットの回線やプロバイダの問題、周辺機器や何らかのソフトなど様々だ。すべてメーカーに問い合わせがあったら利益など吹っ飛んでしまう。

 次第に「パソコン難民」が生まれた。パソコンが物理的に壊れ、せめて写真のデータは取り戻せないかと思っても誰にも聞けない。これが「パソコンアレルギー」「ネットアレルギー」を持つ人も生んだ。年齢が高い層は、若い人に質問しにくいものだ。しかも、せっかく設定してもらっても、またネットにつながらなくなったらどうしようもない――。

そこにイノベーターが現れた。日本PCサービスを起業し、10余年で上場に導いた家喜信行社長だ。現在、グループで全国に400を超える拠点を持ち、最短30分で顧客宅を訪問、訪問による対応数は2021年には年間約14万件に及び、スマホ修理の「スマホスピタル」も傘下におさめるなど日本のITトラブルを解決しまくっているのだ。

家喜社長近影、上場時のセレモニーにて。

起業家必聴“運の呼び込み方”

 家喜氏は1990年代後半まで、パッケージソフトを提供する会社の営業マンだった。商品は自動車の修理工場が部品の管理や見積作成のために使うもので、家喜氏は営業成績全国NO.1にまで登り詰めていた。困った人を放っておけない性格が幸いしたのだ。彼はお客さんから届く「これ、どのボタンを押すんだっけ?」といった問い合わせにも真摯に対応していた。

 人には親切にするものだ、これが起業に繋がった。家喜氏は次第に自社商品と関係ないトラブルも相談されるようになった。顧客は「家喜さんしか頼れる人がいなくて……」と申し訳なさそうに言う。彼は「パソコンに詳しくない人は置いてきぼりになってるのかな」と感じた。そんな折、具体的なきっかけがあった。家喜社長が入社以来、お世話になった創業社長が交代。顧客に1人ひとりに寄り添った営業から、利益重視の画一的なキャンペーン営業になった。

 家喜氏は顧客不在の営業方針に反発し、当時の社長へ直談判までしたが、方針は変わらず退職を決意。そして2003年、彼は生まれ育った大阪に、パソコンの設定、修理を行う小さな店を立ち上げた。目標は単純明快だった。

ITトラブルのJAFになろうと思ったんです。急に体調が悪くなったら救急車を呼ぼう、クルマが壊れたらJAFさんを呼ぼう、同じように『パソコンが壊れたら日本PCサービスを呼ぼう』と言われる存在を目指したんです

日本PCサービスホームぺージ。HEMS、AI等にも対応する。https://www.j-pcs.jp/

 ただし、ここで家喜氏は“イノベーターの罠”とでも言うべきものにハマる。チラシを撒いてもお客さんが来ないのだ。

「当時は早すぎたんです。世の中には“そんなんメーカーに電話するもんやろ?”といったイメージもありますし、どんなサービスを受けられるかイメージもわかない。チラシを200万枚撒いたんですが、お問い合わせは5、6件。サービスをご利用いただいたのはたった3件でした(苦笑)。」

 開業資金として用意した2000万円は半年で底を尽き、子供に三輪車をねだられても買ってあげられないような悲哀も経験した。しかし彼は諦めなかった。綺麗事でなく、そこに困った人がいるからだった。

「お客さんはたまにしか来なかったんですが、皆さん、すごく感謝してくださるんです。例えばお子さんが小さかった頃の写真や、亡くなった親族の写真を保存したパソコンが壊れて『データを取り出せませんか?』と依頼されますよね。その後、僕が写真を取りだして『これですか?』とお目にかけると……多くの方が涙を流して喜ばれるんです。『お父さんや! お父さんが笑うてるで!』と。

 お電話の段階で泣いている女性もいました。

「就職活動の試験をネット経由で受けるんですが、こんな時に限ってネットが使えないんです、私、どうしたら」と声が震えてました。すぐ伺って直して、万一にも試験中にまた繋がらなくなったりしないよう試験が終わるまで付き添ったら、もう神様、仏様のような扱いです。そら、嬉しいですよ。お電話でお客様に『すんまへん、神様いてますか?』なんて言われるんですよ」

 のちに家喜氏が上場企業の社長になって様々な会社の経営者と交わると「家喜さん自身が現場に行ってたんですか?」と驚かれることも多かった。しかし、現場を知らずして経営者は務まらない。

「強いニーズは感じましたね。どれだけ多くのお客様が困っているんだろう、と思いました」

 一方で資金は減っていく。彼は次第に追い詰められ、一般家庭に訪問する機会が多い企業をWeb検索し、片っ端から「業務提携を結びたい」と提案書を送った。これらの企業にお客さんを紹介してもらいつつ、WIN-WINの関係を築けないかと模索したのだ。知人のツテも頼り、ついには電話帳を片手に電話をかけまくりもした。そして「明日にも資金が尽きる」という日に電話が鳴った。相手はジャパンベストレスキューシステム(JBR)、水回りや鍵のトラブルから害虫駆除まで家庭のトラブルを解決する企業だった。社長自らが電話をくれ、「今、新大阪にいます。すぐ来られるなら話を聞けますよ」と言う。家喜社長にとっては福音のような電話になった。これをきっかけに、パソコンのトラブル解決もJBRのメニューに加えてもらえることになったのだ。

JBR榊原社長()と家喜社長(左)。今も暖かい交流が続いている。

 これ以降、彼の会社は集客に困らなくなった。家喜氏が振り返る。

「運が良かったですね。あれだけ大きな企業の社長に直接話を聞いてもらえるなんて、なかなかないことだと思います。でも、カッコ悪いくらい必死にならなければ、運も舞い込んでこないのでしょう。

 正直、起業がこんなにつらいものだとは思っていませんでした。ただし逆に言えば――私は起業を楽観していたからこそ、挑戦できたのかもしれません

取材・文/夏目幸明


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