【不定期連載】孫泰蔵が語るWeb3の本質~キラキラしていたWeb1.0がアップグレードして戻ってきた?Web3は「コモンズ」を目指す~
Web3を解説する連載であるにもかかわらず、前回の記事で「Web3の正体は、まだ誰にもわからない」と言い切ってしまった泰蔵氏。とはいえ、Web3を理解する糸口は、コモンズにありそうだ。
DAOは新しい富の創出のしくみ
私が思うにWeb3は、新しい産業分野が生まれるだけではないインパクトがある気がします。なぜか? これまで人々が集まり、共同して大きなことする仕組みは、合資会社、株式会社、クラウドファンディングなどと変遷してきました。が、Web3以降、DAOと呼ばれている新しい富の創出の仕組みが次々に生まれています。DAOはDecentralized Autonomous Organizationで、直訳すると自律分散組織。一般的にはDAO(ダオ)と呼ばれます。ちょっと古くさいですがDAOは組合にも似ていて、クリプトやトークンを用いたエコノミーを持つ新しい組織体です。これが2020年までは全世界で100〜200くらいと言われていましたが、昨年だけで4000も誕生しました。そして、昨年末の総資産は約1兆円弱で、参加者は160万人。ですが、現在(2022年4月)は、たった4か月で参加者は200万人を超え、総資産も1兆円を優に超えているようです。正確な統計が取れないのですが、もう少し数字は大きいとも言われています。とにかく、急速に大きくなっていることが、おわかりいただけると思います。
Zホールディングス シニアストラテジストで、慶応義塾大学環境情報学部教授の安宅和人氏が環境省の集まりで配布した資料(上が74ページ目、下が75ページ)。「企業がコンテンツを提供していたWeb1、ユーザーがコンテンツ提供するWeb2、ユーザーが「場」を提供し、そこの参加者が増加することで、DAOが成長し、トークンの価値が上昇するのがWeb3」というのが安宅氏の分析(2022年2月時点)。前回掲載した図版と照らし合わせると、掴めてくるものがあるかも。
Web3は詐欺? ポンジ・スキーム?
Web3は、オープンソースが強烈に進化したものとも言えます。Web3のサービスって、ソースコードを公開するカルチャーがあって、そうしないと認めてもらえないっていうところがある。なので、いま流行っているものは、大抵がソースコードを公開している。
たとえば、STEPNなら、STEPNのクローンを作るのは、あっという間。DEX(分散型取引所)などのサービスが数か月ですぐ実装できる。
コンポーザビリティ(要素の組み替え可能性)を大事にするんです。いままでのビジネスの常識は、いかに参入障壁を作り、競合優位性を持つかが、勝ち抜く戦略になりました。が、Web3では、既にあるものを、コピってナンぼ、クローンを作ってナンぼの世界。君は、そこに、どんな改良を加えて出すの? っていうのが問われる。だから競争優位性を作るのとは真逆な行動をする。そのかわり、変化のスピードがすごく速い。
だから、Web3のスタートアップを、従来のWeb2や、従来の資本主義の常識だったものさしを当てると、「あれ詐欺じゃない?」「ポンジ・スキーム*1だよ」と言う人が出てくる。
でも、それは間違っていて、メジャーなサービスを目指しているSTEPNとかは、プロトコル*2を目指している、というんです。プロトコルとは、通信の規約、フォーマットみたいなもの。要するに、みんなが使えるコモンズ*3を作ろうとしているんです。
このコモンズを作る、という感覚がWeb3を理解するうえでのキモになると思います。
素敵なコモンズが作れて「ドヤる」世界
Web2はエコノミーのなかで自分のところにお金がたまるためにはどうするかを躍起にデザインするのがビジネスモデルでした。けれど、Web3では、そのエコノミーが、どれだけスムーズに、グルグル回るかの流量、流速、スピードを気にしているんです。自分のところにためる発想をしていると、「澱んでいて、遅いじゃん」となる。自分のところに利益を貯め、蓄積することに重きが置かれてない感覚なんです、作っている人たちは。
だって、公共資産であるコモンズで儲けようって話ではない。むしろ、技術を実装し、それが社会で使われ、どんどん回ることで、みんながすごくいいね、となる。そもそも、使ってくれるって事は、良いってことだから。なので、どんどんオープンにしていくんです。
Web3スタートアップって、こんなに儲かる会社が出来ました、時価総額がこれだけになりました、ということにあまり関心がない。そうではなくて、これだけ多くの人が使ってくれました、そして、こんな素敵なコモンズが作れました、を「ドヤる」世界なんだと思うんです。
トークンで可視化されるコモンズ
Web3では、自分たちが作ったものを、どんどん改良し、これ使えるね、ならば、さらに改良し、さらに良いものが出来る。そうやって改良され続けていくことで、みんなでハッピーになれればいいね、という思想とも言えると思う。
「このコモンズを作りたい」っていう感覚やエネルギーがわからず、いつまでもWeb2の常識でWeb3を見ていると、その新しさがわからない。だからWeb3って、インターネットの新しいマーケティングサービスとか、ムーブメントとか、そういうものじゃないんです。
それがわからずに、STEPNを「あんな靴の絵に10万円とか払うけど、あんなのただの絵やん」「結局最初に買ったやつが稼いでる」「あれってポンジ・スキームじゃん」「3足最初に買うと、一番効率いいよ」とか言われている。でも、それってSTEPNのことをFX取引(外国為替証拠金取引)とかと同じように見ているのかもしれませんね。あれで儲かったから、稼げて、売り抜けたいみたいな。それだったらFX取引をやればいいじゃん、と思う。
わざわざSTEPNでやる必要ないし、そもそもSTEPNが作られる必要がないんです。
Web3は、これまでの経済取引の数値や、GDPなどの指標に表れないこと、言い方を変えると、フィアット通貨*4、現金通貨*5、法定通貨*6でのやり取りになかったもの、入らなかったものの価値の交換を可視化しようという取り組みなんですね。それがトークンなんです。
ある通貨を買って、ある通貨に戻したら儲かった、とかって、それはFX取引ですよね。トークンは、そうしたお金では表せない価値を可視化して、もっといい社会になることを目指す、そのためのコモンズを作ろうとしているんです。
黎明期のインターネット、つまりWeb1はコモンズだった--そう語る泰蔵さんは、当時大学生でキラッキラしながら初期のインターネットに関わっていた。その後、Web2ではギンギンギラギラとビジネスをし、再びキラッキラできるWeb3を見つける。
キラキラとギラギラを振り子のように揺れる
私のコモンズの原体験は、黎明期のインターネットなんです。Web1は、ちょうど青春時代と重なっていましたし。当時のインターネットは、本当にコモンズ感があった。コモンズしかなかったと言ってもいい。ビジネスとか全くなかったし、そもそもクレジットカードの番号を打ち込むなんてことはなかった。SSLとかもなかったのでセキュリティもなかったし。純粋なボランタリでした。
そもそもインターネットって、みんなでつながろう、うちとおたくをつなごう、そっちもつなごう、いいね。こっちもつなごう、いいねって、バケツリレーでバケツを回すように、お前も早く回せよ、OK、OKって出来上がった世界的ネットワークでした。だからインターネット、Web1って、コモンズだったんです。
コモンズは、みんなのものだから、荒らすとメチャクチャ怒られる。一人だけとか、どっかの企業とかが、うわぁ〜っと、トラフィックを食うようなことをやると、めちゃくちゃ怒られる。ウェブマスターと言われる管理者たちから「お前のところから、トラフィックをガンガン出すな、この野郎! 渋滞するだろ」「すいません」って感じだったんです。
そして、Web1は、みんなで育てよう、という感覚で世界的ネットワークになった。みんなで作ったコモンズだから、すごく価値が高かったんです。すると、そこでビジネスができるなっていう人が出てくる。で、プラットフォームをビジネスで牛耳るっていう風になり、最終的にはGAFAMとかのビッグテックが牛耳るようになったわけです。
まぁ、僕もWeb1ではキラッキラしていた目でコモンズ作りを一生懸命やってたんですけれど、Web2になってギラギラしてましたね。うりゃあ! って、ビジネスをやりまくった。でも、なんかそれに疲れ果て、なんか違うなぁ、と思い始めたときに、Web3が来た。俺の大好きだったWeb1がアップグレードされて戻ってきた! そういう感覚があるんです。だから、僕なんかはWeb3に夢中なんです、やっぱり。
Web3をビジネスに活かすという愚
振り返ってみると、東日本大震災後に少し曲がり角かな、って感じがあったかもしれません。Bitcoin*7が2009年にサトシ・ナカモト論文が出てますし、Ethereum*8が2014年。2019年にERC20がリリースされ、2020年にOpenSeaでNFTに火がつきはじめる。で、去年、一般の人たちも「NFT化したらなんか儲かるかも」というのも含めて、ちょっとバブルみたいな感じになっている。それまでは、クリプトカレンシー(暗号通貨、暗号資産)って感じだったんですよね。が、ここ2〜3年で、そういう話だけじゃないことに、多くの人が、ピンと来始めたのでしょう。
そういうなかで、コモンズとビジネスは振り子のようなもので、その間を揺れ動くんだと思う。そして、いま世界中で社会実験しているのはコモンズを作るほう。いま生きている私たちだけではなく、後世にまで残るような公共のインフラみたいなものは、どう作れるのか考えている。そのコモンズのことを、「プロトコル」って言ったりもしています。インターネットのプロトコルであるTCP/IPもコモンズですからね。
何度も繰り返しになりますが、みんなで共有する公共財のようなコモンズを作る感覚がわからないと、Web3は自分事にならないですよね。Web3って、何かの新技術っていうのとは違うし、それをビジネスにどう活かすかって、トンチンカンなWeb2の感覚なので。
たとえば、「ブロックチェーンを業界のサプライチェーンのネットワークに使って〜」みたいな話は、それはブロックチェーンでやる必要あるの? っていう印象ですし、業界のネットワーク云々はコモンズじゃない。
ただ、まだWeb3は黎明期なので、ピンとこないのは当然です。とはいえ、少しずつですが、コモンズの感覚がわかる例がいくつか出てきています。そうした具体例をいくつか紹介することにしましょう。
次回は、「Web3スタイルのサービスが続々登場中」
孫泰蔵(そん・たいぞう)
日本の連続起業家、ベンチャー投資家。大学在学中から一貫してインターネットビジネスに従事。その後2009年に「アジア版シリコンバレーと言えるようなスタートアップ生態系をつくる」という大志を掲げ、ベンチャー投資活動やスタートアップの成長支援事業を開始。そして2013年、単なる出資に留まらない総合的なスタートアップ支援に加え、未来に直面する世界の大きな課題を解決するための有志によるコミュニティMistletoeを設立。
社会に大きなインパクトを与えるスタートアップを育てることをミッションとしている。
*1ポンジ・スキーム
ピラミッド型利殖詐欺,ネズミ講[⇒新規加入者の出資金で依存加入者への高配当がまかなわれるネズミ講の一種.名称は20世紀初頭の米東部で「90日間で出資額を2倍にする」とうたって多額の資金を集めたものの検挙され,破綻したCharles Ponziに由来する](プログレッシブ ビジネス英語辞典 ジャパンナレッジ版より)
*2プロトコル
「世界大百科事典 ジャパンナレッジ版 」では、プロトコルについて、<本来は外交などにおける議定書のこと。転じてコンピューターネットワークなどにおける通信規約の意味に用いられる。コンピューターネットワークにおいては,信号の電気的レベルの規定,伝送路における誤り制御の規定,符号の規定,帳票の形式の規定など多様な規定が必要になる。これらの規定は層状構造で定められる。層状構造としては7層の構造がOSI(open systems interconnectionの略)のモデルとして国際標準化されている。この層状構造の各層の間で定められる規約がプロトコルであり,層間の上下のやりとり規約はインタフェースと呼ばれ区別される。インターネットにおけるプロトコルの基本はTCP/IP(transmission control protocol/internet protocol)と呼ばれている。特にIPでは世界的に一義的に定められたIPアドレスを持つ相手に対して,ネットワークを次々にわたりながらデータを伝達するようになっている。[斉藤 忠夫]>と説明する。Web3では、さまざまな通信規約をアップデートすることを目指していると泰蔵氏は分析する。
*3コモンズ
辞書的な語釈では<入会地(いりあいち)のこと。>(デジタル大辞泉 ジャパンナレッジ版)や<誰でも利用可能な共有の資源>(情報・知識 imidas ジャパンナレッジ版)となるが、泰蔵氏がいうコモンズは、もう少し広い意味のようで、クリエイティブ・コモンズ(<「クリエイティブ・コモンズは「創造的共有」を意味する。2001年、アメリカの法学者レッシグLawrence Lessigらにより設立され、世界各国で、その国の法律に準拠した活動を行っている。>(日本大百科全書(ニッポニカ) ジャパンナレッジ版)」)や、アメリカ独立戦争期の聖典であるトマス・ペインの主著『コモン・センス』の「万人の自由と平等を主張する自然権思想」のようなニュアンスを含む様子。詳細は、泰蔵氏自身の言葉で明らかになるはず。
*4フィアット通貨
日本円、米ドル、ユーロなど、中央銀行が発行した通貨
*5現金通貨
<法律によって強制通用力が与えられた貨幣。中央銀行が発行する銀行券と政府が発行する貨幣(硬貨)の総称>(デジタル大辞泉 ジャパンナレッジ版)
*6法定通貨
<国家によって強制通用力が認められている通貨。日本では、日本銀行券と、造幣局製造の硬貨。>(デジタル大辞泉 ジャパンナレッジ版)
*7 Bitcoin(ビットコイン)
インターネットを通じて流通する暗号資産の一種。単位は「BTC」。ブロックチェーンと呼ぶ、分散型台帳の仕組みを基盤技術とするなどの特徴を持つ。2009年1月にサトシ・ナカモトを名乗る人物の論文をきっかけに開発されたとされるが、サトシ・ナカモトが実在の人物かも含めて詳細は不明。
*8 Ethereum(イーサリアム)
2014年に、当時19歳だったロシア系カナダ人のヴィタリック・ブテリン氏によって始まったプロジェクト。ブロックチェーンを用いて、事前に取り交わされた条件が満たされると、自動的に契約を執行するスマートコントラクトや、分散型アプリケーション(DApps)などのプラットフォームの総称でもある。Bitcoinと同様、マイニングによる通貨もされている。単位は「ETH」。
取材・文/橋本 保 hashimoto.tamotsu@gmail.com