■連載/阿部純子のトレンド探検隊
直径約80mm、質量約250g の超小型の変形型月面ロボット「SORA-Q」
JAXAは、研究が進められている月面でのモビリティ「有人与圧ローバ」の実現に向けてJAXA、タカラトミー、ソニー、同志社大学の共同開発による変形型月面ロボット「SORA-Q(ソラキュー)」を使い、日本の宇宙ベンチャー企業ispace社が実施予定の月着陸ミッションを活用して、月面でのデータ取得を行う。
SORA-Qは直径約80mm、質量約250g の超小型の変形型月面ロボットで、玩具開発で培われた技術によって超小型、超軽量を実現した。
SORA-Q はJAXA の小型月着陸実証機「SLIM(スリム)」に搭載され、2022年度中に月へ旅立ち、月面でのデータ取得を行う予定だ。
SLIMは2機の小型探査機(LEV-1、LEV-2=SORA-Q)を搭載。月へ到着してSLIMがメインエンジンを停止した後にLEV-1を分離し、同時にSORA-Qも分離、月面に放出される。SORA-Qは球体のまま着陸すると変形を開始、走行可能な探査機に姿を変える。
左右の車輪を自在に動かし移動。2種類の走行モードが平地だけでなく、レゴリス(月の表面を覆う砂)の傾斜地での走行も可能にした。前後に搭載されたカメラは、前方のカメラで着陸機や周囲の状況を、後方のカメラでは轍などを撮影。前後2つのカメラで撮影した画像を別の探査機を経由して地球に送信する。
開発者が語るSORA-Q誕生秘話
6月に開催された「東京おもちゃショー2022」にて、SORA-Qが一般向けに初公開され、JAXAやタカラトミー、同志社大学の開発者らによるトークセッションが開催された。
下記画像右から、タカラトミー事業統括本部 常務執行役員 SORA-Qプロジェクト責任者の阿部芳和氏、タカラトミーのOBで在籍時にSORA-Qプロジェクトを立ち上げた、同志社大学 生命医科学部 医工学科 教授の渡辺公貴氏、JAXA 宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系 教授の久保田孝氏、アナウンサーで、2022年4月よりサイエンスコミュニケーションを研究、実践していく専任研究員として同志社大学 ハリス理化学研究所に勤務する桝太一氏、タカラトミーキャラクタービジネス本部 SORA-Qプロジェクトリーダーの赤木謙介氏。
――SORA-Qが誕生するまでの経緯について
同志社大・渡辺教授「タカラトミーは2007年に身長16.5cm、体重350gという当時世界最小の二足歩行ヒューマノイド型ロボット『i-SOBOT(アイソボット)』(下記画像)を発売。継続してロボット開発をしていく上で、研究開発法人と共同で開発できないかと模索していました。
2015年夏に産学連携によるイノベーション展示会が開催され、会場でさまざまな研究法人にお声掛けしました。その中で小型昆虫型ロボットの開発を進めたいという研究開発法人を見つけたのがきっかけとなり、SORA-Qプロジェクトは2015年にスタート。そして2016年に公募されたJAXA の『宇宙探査イノベーションハブ』共同研究提案に応募したのがきっかけです」
JAXA・久保田教授「おもちゃと宇宙は何の関係もなさそうに思われるかもしれませんが、タカラトミーさんは小型、軽量、乾電池で動く低消費電力という素晴らしい技術を持っています。宇宙でも小型、軽量で、低消費電力は必要な技術であり、宇宙ミッションと相通じるところがあります。
宇宙探査機は高機能化、大型化により開発が長期化している中で、小型軽量で複数のロボットをたくさん持ちこんで共同探査ができたなら、宇宙探査のやり方が大きく変わるのではないかと、タカラトミーさんと多くの議論を重ねました。
おもちゃの場合、子どもが対象なのでどのように使うのか予測できないところがあります。宇宙も行ったことがない環境で活動するため信頼性が必要で、安全で信頼性のあるものという点では、おもちゃと宇宙で使用するものは共通しています。そしておもちゃも宇宙も共に夢を与えるもの。面白いロボットを作りたいと渡辺さんとお話しして開発が始まりました」
――開発にあたって苦労したことは?
渡辺教授「2016年からJAXAのイノベーションハブで共同研究し、4種類の試作機を作り、その中の1台をJAXAの成果発表会に提示して、かなり高評価を得ました。ところがこのロボットは大きな弱点がありました。月面はレゴリスという砂で覆われていて、大型のローバでも移動が難しいのですが、SORA-Qは80㎜、250gという小型軽量ロボットで、地球の6分の1の重力の環境で本当に動くのかという問題がありました。
地球ではあらゆるテストをして、走行、環境テストもパスしましたが、唯一テストできていないのが、レゴリスでの6分の1重力挙動。実際に月面で動かしてみるしか解決策がないので、SORA-Qが月面の軟弱基盤のもと自立制御で動くというデータが、今後のJAXAの月面での走行モデルの検証になればと思っています」
――SORA-Qは独特な動きをしますが、この動きにはどのような意味があるのでしょう?
渡辺教授「自然界のハゼとかウミガメが砂浜を動く動作などをSORA-Qには取り入れています。SORA-Qは30度の傾斜を昇ることができますが、最初はまったくできませんでした。どうしたらいいのかと悩んでいた時に、開発技術者の一人が寝ようと布団に入ったらウミガメがデコボコの海岸を移動する動きがひらめき(笑)、普通の回転だとなかなか移動できないため、生物の動きを取り入れたのです」
タカラトミー・赤木氏「どの状況でどう変形するのかなどのSORA-Qへの指示はAIで事前に入力されているので、月ではSORA-Q自身が判断して動いていきます。核部分にあったものが2つに変形して車輪となって左右を動かします、
砂浜を這う生き物のような動きをしているのが特徴で、左右同時に動かしている時はバタフライのような動き、左右交互に動かしている時はクロールのような動きで、愛着がわいてくるような動作です」
――SORA-Qの月におけるミッションとは?
久保田教授「SORA-Qのミッションは、月面の低重力環境下における超小型ロボットの探査技術を実証することです。月面に到達すること、SLIM から分離して月面に着陸すること、月面のレゴリス上を走行し動作ログを取得、保存すること、着陸機周辺を撮影し、画像を保存すること、撮影した画像データ、走行ログ、ステータスをSLIM とは独立した通信系で地上に送信すること、この5つのポイントでミッションに挑みます。
SLIM は月面着陸の実証を行いますが、100m精度のピンポイント着陸をして将来のミッションにつなげるという役割があります。SORA-Qは着陸前に分離されて月面に降り、動きながら着陸地点の写真を撮るため、SLIM が着陸する際の状況を知ることができるので、SLIMのミッションに大きな貢献をしてくれると期待しています」
渡辺教授「ミッションの成功はもちろんですが、私の希望としては地球をバックにSLIMの画像が撮れたらうれしいと思っています」
――おもちゃの技術が宇宙探査に使われるというのは夢がありますね。
タカラトミー・阿部氏「当初はおもちゃ屋の我々が作るロボットが本当に宇宙に行けるのかと思っていましたし、難しい課題も多々ありました。
おもちゃは子どもたちにとって大切な宝物です。タカラトミーはトミカやプラレールといった子どもたちが大好きな製品を作っています。子どもたちに宇宙の面白さを伝えるには、玩具を作るタカラトミーならではの伝え方があるのではないかという想いで開発を進め、実現することができて本当に良かったと思います。
今まで宇宙は空想の世界でしたが、これからの5年~10年の間に宇宙は子どもたちにとって身近な存在になっていくと思います。おもちゃから宇宙に興味を持って、将来は宇宙に関わる仕事に就くかもしれません。子どもたちが夢を実現できるようなおもちゃ作りを今後もJAXAさんと共に取り組んでいきたいと思っています」
桝氏「“科学をより身近に”をテーマにさまざまなことに取り組んでいますが、私は科学に最初に触れる機会はおもちゃだと思っています。おもちゃは人にとって最初のサイエンスコミュニケーションの手段ということですね。
SORA-Qでおもちゃと宇宙がわかりやすくつながることにより、自分たちの手元にあるものが宇宙へ行くという感覚もあるでしょうし、裏を返せば宇宙が自分たちの手元に来ている感覚も味わえるとも思うのです。子どもたちにとって、ごく自然に宇宙が身近にあるものと感じるきっかけになってくれたらと思いますね。
サイエンスコミュニケーションのテーマはいかに地続きにするかということ。日常生活の中に科学があることをどう伝えられるか、自分たちと科学はつながっていることを伝えるのが肝心だと考えていますので、今回のプロジェクトは子どもたちと宇宙をつなげる地続き、そして地球と宇宙をつなげる地続きになるコミュニケーションでもあると思います。
今、SDGsが問われていますが、地球の中だけで解決しようとするのではなく、宇宙を含めて解決していこうという考え方が、SORA-Qから広がっていくのではないかと期待しています」
【AJの読み】ゾイドやトランスフォーマーの技術がSORA-Q開発に活かされている
「SORA-Q」という名前は、宇宙を意味する「宙(そら)」と、宇宙に対する「Question(問い)」「Quest(探求)」、「球体」であること、横からのシルエットが「Q」に似ていることなどから名付けられた。
「『宇宙ってなんだろう?』『月には一体何があるのだろう?』と、人類が問い続けてきたこれらを探求するロボットとして、そして子どもたちがこれまで以上に自然科学領域に興味を持ち、宇宙の面白さを知ってもらうきっかけとなってくれるようにとの想いもSORA-Qの名に込めています」(タカラトミー 赤木氏)
「SORA-Q」は、リアルムービングキット(組立式駆動玩具)「ZOIDS(ゾイド)」シリーズ(1983年~)や、渡辺教授のトークにあった、二足歩行ヒューマノイド型ロボット「Omnibot 17μ i-SOBOT」(2007年)、変形ロボット「トランスフォーマー」(1984年~)など、タカラトミーのこれまでの玩具開発において培われた知見が活かされている。
ゾイドのリアルムービングキット(組立式駆動玩具)は、電動モーターもしくはゼンマイが付属し、組み立て完了後にまるで本物の生命体のように動き出すことが特徴。SORA-Qの開発にもその小型駆動のノウハウが活かされている。
そして変形ロボットといえばトランスフォーマー。筆者は初代アニメ(1985年)の頃からのガチなトランスフォーマーファンだが、乗物からロボットに変形するトランスフォーマー玩具の変形機構はもはや神業。SORA-Qの開発にも、30年以上にわたり開発を続けてきた変形機構の技術や知識が活かされている。
実写版トランスフォーマーを彷彿とさせる、球体から走行可能な状態に一瞬で変形するSORA-Qの姿はTFファンにとって感無量!SORA-Qの月でのミッションは子どもたち(大人にも)大きな夢を与えてくれますね、コンボイ司令官。
※下記画像:2022年7月下旬発売予定 トランスフォーマー「PF SS-05 オプティマスプライム」(希望小売価格6,380円)
©JAXA ©TOMY
文/阿部純子