世の中には、「多汗症」と呼ばれる、汗が人より多いことや、起きている時間帯ほぼずっと汗をかき続けること等で悩んでいる人たちがいる。人には認識されにくいと共に、人前に出る職業では汗が目立つことで支障が出るなど、社会生活を送りにくいと感じる人が多いことがアンケート調査で分かっている。
多様性への受容が求められる今の時代、もし周囲に汗で悩む人たちがいるならば、少しでも理解を進めたいものだ。
そこで今回は、患者をサポートしQOL向上を目指すNPO法人多汗症サポートグループの代表理事に、患者の実態や現在の取り組み内容についてインタビューを行った。
ワキ汗に悩む人の日常生活
科研製薬が2021年8月に、日常的にワキ汗に悩む全国の男女608名に対して実施した「ワキの多汗症に関する意識・実態調査」の結果によれば、日常的にワキ汗に悩む人は、日常生活に様々な制限が生じQOLが大きく低下していることが分かった。
約8割が「洋服の汗ジミが気になる/洋服を選んでしまう」、約7割が「異性と接するときに気になる」、約6割が「つり革につかまるのをためらう」と回答。仕事への影響については、「希望の職をあきらめた経験がある」人は6.6%となり、15人に1人に上ることが分かった。
またワキ汗(多汗症)について、どの程度、周囲の理解を得られていると感じられるかを聞いたところ、ワキの多汗症という病気やその症状については、4割以上が「理解を得られていない」と回答した。汗で悩む人たちは、周囲に理解されにくい精神的・社会的苦痛を感じている可能性があることが分かった。
この調査結果を受け、多汗症治療のスペシャリストである池袋西口ふくろう皮膚科クリニック院長 藤本智子氏は、「希望の職種・職業をあきらめた経験があると答えた方が6.6%もいたことは驚きを隠せません」と述べ、「これまで腋窩多汗症(ワキ下の多汗症)の治療というと、保険適用外の外用薬や保険適用であるものの痛みを伴う局注療法(注射)、手術が一般的でしたが、最近は、より手軽な保険適用の塗り薬も出ており、治療の選択肢が広がってきています。今後は多汗症の診療意義についての認知の普及とそれに伴う啓蒙活動を、患者さんのみならず、受け皿となる医療機関にも充実させ、環境を今以上に整えていく必要があると考えています」とコメントした。
【プロフィール】
藤本智子氏
池袋西口ふくろう皮膚科クリニック院長
東京医科歯科大学医学部附属病院や東京都立大塚病院などで多様な皮膚科疾患の診療、大学病院の発汗診療などでも長年中心的な役割を担ってきた多汗症治療のスペシャリスト。2017年に池袋西口ふくろう皮膚科クリニックを開院し、一般診療とともに多汗症診療にも力を注いでいる。
多汗症患者の診断と割合
2022年6月7日に開催された科研製薬主催の「ワキ汗・多汗症」疾患啓発のセミナーでは、多汗症患者が自ら登壇するなどして、実態が紹介された。
登壇していた藤本氏によれば、一般的に多汗症と呼ばれる「原発性局所多汗症」の診断基準は、原因不明の過剰な局所性発汗(掌蹠・腋窩・顔面・頭部)が6ヶ月以上持続して認められ、以下の6項目中2項目以上を満たすものという。
・発症が25歳以下
・両側性かつ左右対称性
・家族歴がある
・睡眠中は発汗症状がみられない
・1回/週、以上多汗のエピソードがある
・日常生活に支障をきたす
汗の量ではなく、汗でどれだけ支障を感じているかによって診断しているという。
藤本氏が行った調査では、原発性局所多汗症全体の有病率は10.0%であり、部位別では「腋窩」が5.9%で最も高かった。次いで、「頭部・顔面」が3.6%、「手掌」と「足底」がそれぞれ2.9%、2.3%となった。受診経験率は全体で0.7%と低く、まだ見ぬ多汗症患者が大勢いることが分かっている。
●多汗症の生活の悩み
多汗症の人々は、生活の中でさまざまな悩みを抱えているという。
手足の多汗症の場合、握手ができなかったり、PC、モバイル全般の操作に支障が出たり、サンダルが履けない、ピアノ、鉄棒、武道などに困るほか、授業や試験の場面で悩みが生じる。
腋窩の場合、汗の影響があるため、洋服の色、素材で困る、手を挙げられない、発汗に伴う臭いが気になる、洋服の黄ばみ等が気になるなどの悩みが尽きない。
プロダクト開発などQOL向上のための取り組み
こうした状況を受け、多汗症患者のQOL(Quality of Life)向上のための活動を行っている団体がある。2022年4月1日に設立された、NPO法人多汗症サポートグループだ。
代表理事の黒澤希氏は、自身も掌蹠多汗症で、小学生の頃から40年ほど経っても認知度は相変わらず低い状況を嘆いている。認知向上やサポートなどの活動を行うなか、今後、さまざまな多汗症向けのプロダクトを開発し、QOLを向上し、生活を変えるという展望を持ち活動している。
【取材協力】
黒澤希氏
NPO法人多汗症サポートグループ 代表理事
2022年4月に、多汗症の人たちがつながり、情報を共有し互いにサポートし合うことや、多くの人たちに多汗症を知ってもらうこと、多汗症状がある人にも過ごしやすい社会となるよう働きかけていくことなどを目的として「NPO法人多汗症サポートグループ」を設立。幼いころから多汗症患者として生活をしてきた経験や足裏の汗が原因で階段から落ち骨にヒビが入ってしまった失敗談まで、自身の様々な体験談を発信している。
https://npo-hsg.org/
そのプロダクトの中でも、手掌多汗症用の筆記補助具や、腋窩多汗症用の汗染み対策シャツの構想があると黒澤氏は述べる。現在、筆記補助具については類似の商品はなく、汗染み対策シャツについては、一部のアパレルブランドでは取り扱うものの、その数は少ない。
「筆記補助具に関しては、手掌多汗症用パットを先行し、リリースに向けて開発を進めている状況です。手掌多汗症に悩む方の多くが『筆記の際に紙が汗で濡れてしまい文字が書けなくなる』というトラブルに直面します。社会に出るようになってからは筆記の習慣も減りはするものの、依然として小学校から高校にかけては筆記をする機会も多く、汗のトラブルにより授業に集中できない、試験の際にパフォーマンスが発揮できないという課題があり、その課題を解決するために本プロダクトの開発に着手しました。すでに原料メーカーとの話し合いも終了し、量産化へ進められる状況です。その他、ある文房具メーカーとの共同開発の話も進めています」
汗染み対策シャツについては試行錯誤の中、進めているという。
「腋窩多汗症に悩む方は基本的に、汗染みが目立つ関係で服の選択肢に限りがあるという課題があります。さらに汗の量の問題もあり、健常者のそれと比較にならない大量の汗をかいてしまう関係上、現在市場に出回っているいわゆる吸水速乾系の商品に関しては多汗症に悩む方の解決にはつながらないのが現状です。
そこで、そもそも汗が目立たない生地の開発ができないかと発想の転換を行い開発に向けて活動を開始しました。しかしながら汗を目立たなくさせるというのがむずかしく、現状としてまだ状況に進捗がないのが現状です」
これらの多汗症の方のQOL向上プロダクトにより、世の中にどのような影響をもたらしたいと考えているのか。
「当団体としては、ソーシャルグッドの観点から、たとえ多汗症であっても、制限なく本来の力を発揮できる、生きやすい社会を目指しており、その一環としてプロダクトの開発を進めております。プロダクトの開発は当団体だけでは決してできるものではなく、さまざまなステークホルダーとの連携が必須となります。
我々の活動に共鳴いただける企業様・個人様と連携をし、商品開発を行うことで社会に対し、様々な角度から情報の発信ができると考えており、開発過程等の情報発信を通じてプロダクトを必要としている人がどのような悩みを抱えているかを少しでも知ってもらえたらと思っております」
●医師の感想
こうした取り組みについて、藤本氏に感想を尋ねたところ、次のように回答した。
「多汗症に対しての治療は様々ありますが、汗に関してのすべての困りごとが一つの選択肢によって、すべて解決するというものではありません。多汗症の治療は複合的に行うものであり、医療が提供する治療薬のみならず、日常生活がしやすくなるように設計された日用品なども良いと思われます。多汗症の方が設計したということは、患者さんの困っていることに配慮した設計であろうと思われ、今後も裾野が広がっていくことは歓迎できます。その行動自体が、社会的に多汗症が認知されることにもつながる、良い試みなのではないでしょうか」
多汗症だけでなく、当事者ではないとなかなか理解がむずかしいことは、世の中に多くある。その一人一人の悩みを知り、少しでも理解をしようと試みることが重要といえる。そのために、患者のQOL向上を目指すプロダクトが世の中に送り出されることも一つのきっかけとなるのかもしれない。
取材・文/石原亜香利