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薄味が電気の力で濃い味に変わる!?キリンが開発を進める箸型味変デバイスへの期待

2022.06.20

■連載/阿部純子のトレンド探検隊

「電気味覚」の技術を用いた味変できる箸型デバイスを開発

2017年からスタートした社内起業の取り組み「キリンビジネスチャレンジ」は、食から医にわたる事業領域においてイノベーション創出を目指し、新たなビジネスアイデアを自ら具現化する志のある人を支援するプログラム。年々応募数が増加し、2021年には150件以上のエントリーがあり、2022年4月現在、複数の案件が事業化している。

2019年度のキリンビジネスチャレンジで通過した案件で、事業化に向けて開発が進められているのが、キリンと明治大学 宮下研究室の共同開発による「味を調整できる食器」。

“電気味覚”の技術を応用したもので、人体に影響しないごく微弱な電気を用いて、塩味の基となる塩化ナトリウムなどが持つイオンの働きを調整し、疑似的に食品の味を濃くしたり薄くしたりすることで、味の感じ方を変化させる技術だ。

プロトタイプとして箸型デバイスを開発、このデバイスを使うことによって、薄味の減塩食でも塩分量を変えることなく「濃い味」と感じさせることができる。

日本人の食塩摂取量はWHO基準の約2倍と、塩分を摂り過ぎている傾向にある。塩分の過剰摂取は高血圧や慢性腎臓病をはじめとした生活習慣病の発症や重症化を招く要因とされる。

開発を担当している、キリンホールディングス ヘルスサイエンス事業部 新規事業グループ 佐藤愛さんは、塩分の過剰摂取という健康課題の解決に向けて研究をスタート。担当業務に限らない自発的な研究に割ける業務時間は10~20%と規定されており、通常業務の合間のわずかな時間に大学と共同研究していた“アングラ研究”の技術シーズを活用して、キリンビジネスチャレンジに本事業を起案したという。

「私は清涼飲料の研究開発や新規食品素材の事業化、食領域の研究企画に携わっており、大学病院の先生と共同研究する機会もある中で、食事療法で辛い思いをされている患者さんが多いことを知りました。特に生活習慣病の方々は、もともと濃い味のものがお好きで、薄味の食事に慣れずに苦労する方も多く、中には耐えきれずに病院での指導から逃げ出す患者さんもいると聞きました。

おいしいものを我慢するというのはとても辛いことです。食事療法の患者さんにお聞きすると食欲が落ちてしまったり、途中で挫折してしまう方が多く、やはり人はおいしいものを食することで楽しさを実感し、おいしくないものを食べ続けると気分が沈むのだと感じました。味を調整できる食器では塩分の過剰摂取という課題解決に向けて、減塩食でもストレスなく食事を楽しめることを目指しています」(佐藤さん)

減塩の手段として、塩分をカットした代替塩やだしを効かせる方法もあるが、既存の方法の多くは20~30%の減塩が限界だった。そこで佐藤さんは、電気信号を使えば大きく味を変えられるのではないかと、電気味覚フォークや、ディスプレイに表示された食べ物をなめて味わえる「味わうテレビ」の開発など、バーチャルリアリティーの研究分野で、電気信号で味を再現する研究をしている明治大学の宮下芳明教授にコンタクトを取り、共同研究がスタートした。

食事を摂ると唾液中に溶けた、塩味の基となるナトリウムイオンが舌に触れて味細胞(=味蕾)が反応し、その刺激が味覚神経を通って大脳に伝わることで、塩味として認識する。

開発中のデバイスは、微弱な電流を流すことで、舌の味細胞からナトリウムイオンを引き離して分散、途中で電流を反転させることで、引き離されたナトリウムイオンを一気に舌の味細胞に受容させる。

ぽつぽつと分散していたナトリウムイオンを電気の力でドン!と一ヵ所に集中させて、塩味が増強したように感じさせるようなイメージ、と言えばわかりやすいかもしれない。

ナトリウムイオンの動きをコントロールすることで味細胞に受容しやすくさせているだけなので、もともとの食品中にあるナトリウムイオンの量は変わらず、減塩食にもかかわらず、濃い味だと錯覚させることができる。

「この箸を使って食事をすると、腕に装着したデバイスから電流が出て、箸先にある電極を通じ電流が食品を介して舌に伝わり、腕デバイスに戻るという回路が形成されます。このときに調整した電流の波形を流すことで、食品中のナトリウムイオンの動きをコントロールすることができます」(佐藤さん)

電流の波形がこの技術のキモになっているとのことで、電源と電流の波形をコントロールするコンピュータが腕に装着したデバイスに入っており、使用する際はデバイスを、箸を持つ利き腕に装着、腕のデバイスと箸をマグネット装着のコードをつなぐ。

食品に箸をつけることで、ナトリウムイオンの働きを調整し、疑似的に食品の味を濃くしたり薄くしたりと味の感じ方を変化させることができ、食品から箸を離すと元の味に戻る。

アンケート調査での“感じた塩味強度”の平均値は、1.5倍(約50%)増強という結果に。また、実際に減塩食を実施している人を対象に行った調査では、31人中29人が「塩味が濃くなった」と回答。事業のターゲットにしている層にしっかり効果を感じてもらえる結果となった。

「まだ研究段階で課題もいくつかありますが、そのひとつが効果の持続時間の短さ。回路が形成されている間は機能しますが、電極を離してしまうと0.5秒後に元の味に戻ってしまいます。よく噛んで食べる必要がある肉などの固形の食品は噛んでいるうちに薄味に戻ってしまうため、効果の持続時間を先生と共にさらに研究を進めているところです。

今は味噌汁やスープといった汁ものが中心なのは持続時間の課題といった面もありますが、減塩を開始するとまず止められるのが味噌汁やラーメンであり、『減塩前のあの頃の味』を楽しめることも開発目的のひとつなので、味噌汁やラーメンを主に想定しています。ラーメンの場合、ある程度水分のある食品だと電流を還すので、麺が箸に触れていればスープと同様に塩味を増した味に感じます」(佐藤さん)

「開発当初はパソコンに手作りの箸をつないだ状態で、そこから現在の小型デバイスになるまで1年以上かかりました。プロトタイプではありますが、デバイスと箸というセットにまとまり、やっと社会実装に近づいたと先生方も期待されています。

しかし実際問題として、腕のデバイスとコードでつながった箸はかなり使い勝手が悪く、調査でもデバイスやコードをつけて食事をしなくてはいけないということがネックになっています。

箸に限らず、食品に触れるもので回路が形成され、電源や基板のコンピュータが搭載できれば形状は問わないので、カトラリーや食器の形でも可能です。2023~2024年の事業化を目指していますが、製品としてはリリースする際は、通常のカトラリーや食器と変わらない形状で出せるようにさらに研究を進めています」(佐藤さん)

キリンでは新事業としての中核を担うヘルスサイエンス事業を立ち上げ、免疫や脳機能など健康という社会課題解決に取り組む事業を推進し、2027年までに売上2000億円を目指している。本事業もその一環であり、“減塩=我慢”の概念を覆し、食生活をよりおいしく、より楽しく、より健康にする革新的な製品を目指す。

「病院や高齢者施設での使用も期待されていますが、さらにその手前の、日常の食生活で塩分のコントロールをすることで生活習慣病にならないための製品を目指し、30代~60代の生活習慣病予備軍の方々に使ってもらいたいと思っています。

昨今、みなさんの健康意識は高く、7~8割の方は減塩をやらなければいけないと意識していますが、実践されているのは2割ほど。実践していたが辛くてやめたという方も多く、そういった方々に使っていただけるスタンダードにしたいと考えています。

しかし本製品は、減塩食がなければ意味がありません。減塩食は市場規模も拡大していて、社会全体として変えていこうとする動きが各企業で起こっており、食品メーカーでも減塩を意識した商品が増えています。今後はメニュー開発にも力を入れ、キリンのみならず、他の食品メーカーさんとの協力も視野に入れて、減塩食についても開発していきたいと考えています」(佐藤さん)

【AJの読み】健康課題の解決、新しい味覚体験など、さまざま可能性を秘める画期的な製品に期待

箸型デバイスの体験にあたって、筆者はもともと塩味の強い味が苦手なので、かなり薄味の味噌汁を用意していただいた。そのまま飲むとほぼ塩味を感じず、食事制限の減塩食に近い味わいかと思われる。

塩味の強さは4段階の調節が可能。人によって求める味は違い、料理によっても異なるため、塩を振って味を調整するのと同じ感覚で選ぶことができる。平均すると2~3レベルぐらいがちょうどよい味わいとのことで、レベル2で試してみた。

汁に箸の先端を浸し、違いがわかるようにまずは電源オフの状態で食べてから、レベル2で電源を入れてもらった。薄味だった味噌汁が一転して「しょっぱい」に変わる。舌の上で塩味がぎゅっと凝縮されたような感覚だ。「薄味だから塩を足してしょっぱくしてみた」時の感じそのもの。

実際には回路が形成されるまで0.5秒の時差があるそうだが、食べているときに時差は感じなかった。レベルが上がると電流の値が大きくなり、より塩味を感じるとのことで、最高レベルの4で試してみると、2と4と比べると明らかに味の濃さに違いがあった。正直、4レベルの塩味は普段の生活では絶対に摂らない濃さだった。

微弱な電流なのでピリピリとするような電気的な刺激はまったくなかったが、人によっては刺激を感じる場合もあるそうで、その際は強度を下げて調整するとのこと。

塩味の基となる塩化ナトリウム、旨味の基になるグルタミン酸ナトリウムなどが持つイオンの働きを調整することで、疑似的に食品の味を濃くしたり薄くしたりすることができるため、塩味だけでなく旨味や酸味もコントロールすることができるとのこと。だしの旨味や醤油の味はぐっと増強して感じるという。

この技術で苦手とするのが甘味とのこと。しかし、塩味を少し足すことで甘味を増強するといった効果を生むこともあり、甘味についても研究は進められており、将来的には不可能ではないという。

おいしくない、辛い、続かない減塩食を調味料感覚でおいしくて楽しいものに変える「味を調整できる食器」。健康課題の解決への大きな一歩となり得るだけでなく、バーチャルな味覚体験という新しい価値を生み出す可能性もある画期的な製品で、実用化に向けてますます期待が高まる。

文/阿部純子

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