■連載/あるあるビジネス処方箋
今回から3回にわけて、「ジョブ型雇用」をテーマにメガベンチャー企業のメンバーズ(東京都中央区、社員数約1,800人、2022年3月時点)の人事担当役員・高野明彦氏にインタビュー取材を試みる。メンバーズは、主に企業のデジタルマーケティングを支援する。
ジョブ型雇用は日本でも浸透するのか
ジョブ型雇用は、欧米企業でよく見かける。欧米企業は日本企業よりは、社員や従業員が担当する職務内容や範囲、報酬(賃金)が明確で、厳格と言われる。採用の現場では、企業側と雇われる側との間で職務の内容、範囲、賃金などが詳細に書かれたディスクリプション(職務記述書)を交わし、合意となる。契約社会とも言われる国々だけに、労使間のトラブルを防ぐためでもあると言われる。
私が知る範囲で言えば、日本ではジョブ型雇用を1980年代は否定的に語る企業経営者や経営学者が多かった。例えば、「厳格な職務構造の職場では、従業員が互いに支え合う文化が浸透しない」「職務記述書に書かれてあること以外をしない社員が増えると、サービスの質が下がる」などだ。
だが、90年代後半から人員削減を主な目的とするリストラが盛んになり、総額人件費の厳密な管理が求められる。それ以降、一転してジョブ型雇用を肯定的に捉える学者が目立つようになった。特に2020年からは、日本でも新型コロナウィルス感染拡大に伴い、在宅勤務が増え、雇用のあり方が変わりつつあるのに伴い、激変している。今や、大企業やベンチャー企業で採り入れようとする動きが増えている。新聞やテレビ、ニュースサイトなども、基本的には肯定的に報じているように見える。
しかし、私がそれらの報道に目を通すと、事実誤認や事実を歪曲していたり、大切なところをカットしていたりする内容が多い。そこで今回は、ベンチャー企業の雄であるメガベンチャーの気鋭の人事担当役員に取材を試みた。
高野明彦(たかの あきひこ)氏
株式会社メンバーズ取締役 兼 専務執行役員。1999年、一橋大学卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。新生銀行を経て、2005年、メンバーズ入社。2006年11月の株式公開を始めとし、リーマンショック後の全社変革プロジェクト、人事制度改革、中期経営計画の策定・実行、ミッション・ビジョンの策定・浸透プロジェクト、働き方改革、東証一部上場など全社的な重要プロジェクトの推進を数多く担う。2011年執行役員、2016年に常務執行役員、2018年に取締役就任。
正社員約1,800人(2022年3月時点)の配属部署は、主に次の3つに分けている。
・EMC事業(Engagement Marketing Center):約900人
クライアント企業1社につき、1つのデジタルマーケティング支援専任チーム(数人~100人規模で構成)を編成し、総合的にサポートをする。職種は主にプロデューサー、ディレクター、エンジニア、デザイナーなど。
・PGT事業(Product Growth Team):約700人
成長性が高いインターネットおよびベンチャー企業に対して自律型チーム(ディレクター、エンジニア、デザイナーなど)によるデジタルプロダクト(製品・サービス)の開発支援を行う。
・管理部門・その他:約200人
総務、人事、経理、財務、広報、経営企画などに関わる。
Q、「ジョブ型雇用」を採用する大企業やベンチャー企業が増えていますが、メンバーズは採り入れていないようですね。
高野:私たちは、欧米企業に見かけるような「ジョブ型雇用」といった考えは人事の方針としてかねてから持っていません。この場合のジョブ型雇用は、次のようなものを意味します。
各職務で詳細な仕事の内容を書きこんだディスクリプション(職務記述書)がある。各職務には、賃金(報酬)があらかじめ決まっている。これらのディスクリプションや賃金を心得たうえで各々が会社と労働契約を交わす。入社後は基本的にはディスクリプションに従い、仕事をする一方で、通常はそれ以外のことはしない。
このようなスタイルも確かに1つの雇用のあり方だとは思いますが、私どもの会社は一定のペースで業績を拡大しています。それにともない、社員数が増えているのです。新卒採用でいえば、この5年は2022年に484人、21年に364人、20年に236人、19年に173人、18年に160人が入社しました。社内の組織や役職は、状況に応じてしょっちゅう変えています。社員各自の担当する職務も変わることが多いのです。仮に前述のようなジョブ型雇用にすると、組織や担当職務が変わる都度にディスクリプションを作り直すことになりますが、会社としてそのことにメリットを見つけることができないのです。
若手(20~30代前半)を大きなプロジェクトのリーダーに抜擢することは、多々あります。例えばマネージャーに任命する場合、ジョブ型雇用ならばマネージャーというポジションに一定の賃金があらかじめ定められているはずです。仮に抜擢をした若い社員が十分な働きができずに、マネージャーから離れるとします。その時には、賃金を下げざるを得なくなるのです。これは、若手育成に重きを置く我々の本意ではありません。
もう1つ言えることは、社内にはデザイナーやデジタルクリエイターなど専門職が約1,600人います。専門職の社員たちはポジションよりは、自らのスキルを上げていきたいと願っていることが多いのです。これらを踏まえると、弊社には職務やポジションに報酬を付ける、という考え方は広く浸透しないように思えるのです。
Q、新卒採用では総合職としての採用ではなく、職種別採用でしたよね。確認ですが、そのことはジョブ型雇用ではないのでしょうか。
高野:総合職としての採用ではなく、職種別の採用をしています。年次により多少の違いはありますが、例えばプロデューサー職(22年は180人程)、エンジニアやデザイナーなどのクリエイター職(22年は300人程)などです。これは、ジョブ型雇用ではありません。
通常、ジョブ型雇用とは例えば一つのポジション、仮にマネジャーがあるとします。そこに何らかの事情で欠員が生じた時に、新卒や中途にとらわれることなく、採用試験を行い、それにふさわしい人を採用するものです。新卒者か、もしくは経験者のいずれを採用する場合、おそらく後者になるケースが多いでしょう。経験や実績があり、それを裏付けるスキルがある人を優先するのはその場合においてはごく普通のことだと思います。
ジョブ型雇用を本格化すると、おのずと中途採用が活発化するはずです。企業によっては、新卒者よりは中途採用者の採用を増やしたりするでしょうね。私は、基本的にジョブ型雇用とは新卒採用とはマッチしないと考えています。
次回に続く
文/吉田典史