■連載/ゴン川野のPC Audio Lab
3年ぶりにリアル開催されたOTOTEN2022
オーディオファンが心待ちにしていたOTOTENが有楽町の国際フォーラムに帰ってきた。私が楽しみにしていたのは各種セミナーである。入場無料、セミナー受講も無料という太っ腹対応なので、これを見逃す手はない。私が参加したのはテクニクスブースで11日の13時からおこなわれた、『プロフェッショナルによるバトン渡しで、音楽感動を伝える。「井筒香奈江 Another Answer」特別ラッカー盤再生』である。
MIXER’S LABのレコーディングエンジニア高田英男氏、カッティングエンジニア北村勝敏氏、さらにシンガーの井筒香奈江さんもゲスト参加して、こだわりのレコーディング現場の動画、録音の基礎、アナログレコードの制作過程、イベントのために新たに作ったラッカー盤の再生と盛り沢山な内容が詰め込まれた密度の高いセミナーだった。その様子を皆さんにもお伝えしよう。
MIXER’S LABのエンジニアが明かす録音の秘訣
MIXER’S LABはアナログとデジタルのレコーディングに関するプロフェッショナル集団である。1979年に内沼映二氏が設立、数々のアーティストのレコーディングに携わってきた。今回は日本音楽スタジオ協会会長も務めるレコーディングエンジニア高田英男氏が、編集なしの一発録音をおこなった井筒香奈江「Another Answer」のスタジオ収録動画のダイジェスト版を交えてレコーディングの基礎を解説した。
まず、音の帯域バランスについてはピラミッド型でベースが基本になるという。その割合はローレンジ50%、ミッドレンジ30%、ハイレンジ20%がベスト。ベースの録音レベルは0を基準とすると-6dBを基準にして厚みのある音を狙うそうだ。アーティストの個性にあったマイクを選び、その位置と距離を厳密にセッティングする。「Another Answer」ではピアノのマイクを少し遠目にしたという。
高田氏が音創りで大切にしていることは、ドッシリと安定した低域、音の芯となる中域、そしてダイナミックレンジである。最近の若い専門学校の学生のミキシングを聞くと常に音が鳴っていてダイナミックレンジが非常に狭い音創りになっていることが多々あるが、これはいただけないという。高田氏はこの後、日本音楽スタジオ協会主催による「音楽業界を目指す皆様へ、音楽制作現場の今」という音楽業界を目指す若者向けのセミナーもおこなった。
CDマスター用に複数の方法で録音された中から最適な音源をチョイス
ラッカー盤が出来てから4工程もあるレコードプレス
高田氏が創ったDSD11.2MHz/1bitのデジタルマスターを使って、ワーナーミュージックマスタリングカッティングエンジニア北村勝敏氏がラッカー盤を制作する。レコード盤はどのように作られるのかと言えば、まずカッティングマシンを使って、アルミニウムの板にラッカーコーティングしたダブ・プレートにダイヤモンドなどの針でミゾを刻む。これがラッカー盤である。ラッカー盤は非常に柔らかいので、表面に銀メッキ、ニッケルメッキなどを施してから剥離してメタルマスターを作る。次にメタルマスターからマザーを作り、プレスに必要なスタンパーを作成。スタンパーを使ってレコード盤を量産するのだ。
なぜ、こんな複雑な工程になるかと言えば、最初に彫られたミゾは凹なので、ここから型を取るマスターは凸になる。そこから凹のマザーを作り、また凸にするためのスタンパーが必要なる。今回はセミナーで再生するために特別ラッカー盤が作成された。もちろん、ラッカー盤は音楽を聴くための盤ではなく、原盤として保存するべき貴重な存在なのだが、もっとも音質劣化がないオリジナルに近いマスター盤ということで再生されたのだ。その音はレコードとは思えない程、S/N比が高く、もちろんスクラッチノイズもなく静寂な空間から浮かび上がるように演奏が始まる。厚みのある低域に支えられ、躍動感のあるボーカルが歌いあげる。ハイレゾ音源とは違う再生音に会場にいる人々も固唾をのんでいた。セミナー修了後に数量限定で、このラッカー盤を販売予定というサプライズ発表もあった。
高田氏の創ったデジタルマスターから、北村氏がカッティング作業をおこなう
カッティング工程は非常に複雑なので、ここではかなり短縮化して紹介された
カッティングされたラッカー盤を元にマスター、マザー、スタンパーを作成する
Sing Sing Singで使われたマイクを紹介、TOM TOMには超高域まで録音できる単一指向性マイクを使用
ギターにはクリアーなサウンドが録れるオーディオテクニカのAT-4050をアンプの側に立てた
ベースの音はダイレクトボックスを使ってラインアウトから録音している
ボーカルは2種類のマイクをテストして井筒香奈江さんの選んだノイマンKMS-105を使用
写真・文/ゴン川野