2022年、月面探査車「YAOKI」は民間企業として初めて、月面探査へ飛び立つ。開発したのは社員数8名で、ロボット事業を手がけるダイモン。3年前まで代表の中島紳一郎氏が、たったひとりで経営していたベンチャー企業が、世界から熱視線を浴びるのはなぜか? そして同氏が注力する、YAOIKIを生かしたもうひとつのビジネスとは? 詳しく話を聞いた。
月面の洞窟を探索できるのはYAOKIだけ
YAOKIはNASAの月輸送ミッション「CLPS」に参加し、厳しい技術認証を経て、アストロボティック・テクノロジー社の月着陸船ペレグリンに乗船。地球と通信可能なペレグリンからのWi-Fiを活用し、地上からYAOKIを操縦して、月面を探査する。
YAOKIが注目される理由のひとつは、15×15×10cm、498gの小型、軽量設計にある。中島氏が開発に着手した2011年当時、月面探査車は最低でも5kg以上あるのが常識だった。
小さく、軽いことのメリットは、ずばり輸送コスト。月への輸送は1kgあたり1億円かかるといわれ、5kgの探査者なら1台5億円。YAOKIは1/10の価格で月まで行ける。
しかし現在では、同じレベルの小型、軽量を実現している機体は他にもある。YAOKIの真骨頂は強度と走行性だ。地上100mからの落下実験に耐え、転んだり倒れたりしたとき、どんな体勢からでも起き上がって走ることができる。
これにより、縦穴洞窟の探査や地形の複雑な窪地の走行も可能になる。特に洞窟探査に対応する月面探査車は、中島氏によれば世界中でYAOKIだけだ。
アルテミス計画では、人が居住できる月面基地の活用を予定しているが、月の表面には強力な放射線が降り注ぎ、隕石落下のリスクもある。基地の建設は地下になる可能性が高く、すでに発見されている月面の縦穴洞窟は、有力な候補地だ。
近年、可能性が指摘されている水資源の探査にも、YAOKIへの期待は大きい。月面の温度は日光が当たると100℃以上、当たらなければマイナス100℃以下になるので、水は液体の状態で存在できない。水資源があるとすれば、常に日陰になる窪地=YAOKIでなければ走行できないような場所に、氷状で存在しているはずなのだ。
ダイモン社は、YAOKIがこれから成し遂げることとして、「2024年、アルテミス計画と連携した月面開発への貢献」を示している。実際に基地建設、資源探査の面でYAOKIが活躍する可能性は高い。
「仮想月面旅行」にかける想いとは?
とはいえ、アルテミス計画の月面開発が本格化するのは、まだ少し先の話。同社は、まったく方向性の異なるBtoCのビジネスモデルを、合わせて構想する。
具体的には、2024年に100機のYAOKIを月面へ送り、地球の一般人に操縦権を販売するというもの。VRの技術も活用した「仮想月面旅行」事業だ。
料金やシステムは未定だが、100機のYAOKIで100万〜1000万人規模の体験を提供できると見込んでいる。
この事業には、「競争だけがビジネスではない」という中島氏の思想が反映されている。
現代のビジネスは、いかに「性能のよいものをつくるか」「コストを下げるか」「顧客に時間を使ってもらうか」という競争関係になりがちだ。しかし、競争に勝つため、効率だけを求めすぎると、ユニークなアイデアはうまれず、画一的な社会になってしまう。
YAOKIをアバターとして活用する仮想月面旅行は、月面探査車に従来とまったく違う役割を与え、これまでにない体験を生活者に提供する試み。ライバルに勝つことではなく、自身の可能性を活かして、新たな価値を創造することが目的となる。
(中島氏によれば、YAOKIの開発自体も競争一辺倒の考え方で進めてきたわけではない。「効率を重視すれば2〜3年で開発できたかもしれないが、8年かけてこだわり抜いた(中島氏)」)
月面旅行の体験を通して、「夢は叶うことを、子どもたちに伝えたい」という中島氏の言葉は、ビジネスパーソンにも通じる。それは、科学技術の可能性と同時に、競争に勝たなくても、創意工夫でいかようにも活躍できることを示している。規模や資金の大小、能力の優劣がすべてを決定するわけではない。
取材・文/ソルバ!
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