4月25日、サッカー強豪校として知られている秀岳館高校サッカー部のコーチが、部員への暴力行為により書類送検されました。事件発覚のきっかけは、SNSに投稿されたサッカー部の寮内で男性コーチが部員に暴行を加える様子を捉えた動画で、この動画は同じ高校の他のサッカー部員によって撮影され、投稿されたものでした。
一方的に殴る蹴る等の暴行を加えられている部員の様子を目にし、胸が締め付けられるような感覚を覚えた方も多いはずです。私もその1人でした。この動画は投稿後、瞬く間にネットで拡散されて学校側は炎上。文部科学大臣が閣議後の記者会見でこの事件に言及するほどの騒動になります。
さらにその後も、恫喝とも取れる監督の不適切な言動や部員に謝罪動画を制作させていたことも発覚し、批判はコーチの暴力だけでなく、監督や学校関係者の対応にも広がり、収集がつかない事態に陥ってしまいます。これは、問題解決のための『S N S告発』が、結果として問題を複雑化して大きくなってしまったケースと言えるでしょう。
そこで今回は、この暴行事件について改めて状況を整理した上で、発端となったS N S告発のリスクや問題の告発方法について冷静に検討しようと思います。
そもそも事案の発覚経緯とその後の時系列
今回は、SNSに投稿された2つの動画に注目してみようと思います。
●4月20日に投稿された動画
夕方のサッカー部の寮内で暴行事件が発生。動画は暴行後に投稿され、瞬く間に拡散され、熊本県警にも通報が入る。
●4月22日に投稿された動画
夕方に、公式ツイッターやインスタグラムに投稿された選手11名による「謝罪動画」。主将の謝罪の言葉から始まり、暴行を受けた被害生徒、動画を撮影して投稿した生徒たちが顔と名前を出し、今回の事態について説明と関係者に謝罪する。当初は選手たちの自主的な動きと説明していましたが、後に監督の積極的な関与が発覚。
しかし、どうして被害者側が謝罪しなければならないのか。彼らを守る立場にある大人たちがどうして出てこないのか——など、案の定謝罪動画は再び炎上し、この動画は翌日削除されることになります。
さて、今回の暴行事件発覚から現在に至るまで、簡単に所感をまとめるならば、「子どもを守る責任のある大人たちが、自分たちの保身のために子どもたちを炎上の火の粉の盾に使おうとして失敗し、どうしようもできなくなっているのだろう」と思います。
また生徒たちのSNS告発については、閉鎖的な学校環境や、暴力を伴う主従の形で結ばれていた歪な師弟関係の下で問題を解決できないと踏んだ生徒たちの『苦肉の策』だったように感じました。
その上で、改めて『SNS告発』のリスクについて検討してみようと思います。
「今回は不特定多数の第三者が、たまたま大人を叩く方に回っただけの話」
まず、今回のケースのように、昨今は不祥事や犯罪及び迷惑行為の様子をSNSに投稿して状況改善を訴える『SNS告発』は、年々増えているように感じます。
皆さんもイメージできるように具体的な例を出すと、あおり運転の動画が『SNS告発』をきっかけに報道機関に取り上げられて被疑者検挙に至った例などがありますよね。
時に社会を動かすほどの爆発的なネタになる『SNS告発』が一般化しつつあり、それが「悪はどんどんネットに晒して行こう」という雰囲気につながっている気がします。
しかし、私個人としては、このようなSNSを通じて大衆に問題を訴えかける『SNS告発』を無批判に歓迎する風潮は、非常に危険だと考えています。
問題や事件が明るみになることで状況が劇的に改善されることもある一方、投稿者への誹謗中傷や個人情報の特定や漏洩といったリスクを伴うことも忘れてはいけません。
また、受け手側の反応についても言及すると、内容の真偽の確認もそこそこに安易に善悪を断定することは非常に危険なことです。
私は、今回の暴行事件の告発を通じて、被害を受けた選手や動画を投稿した選手が誹謗中傷等の被害に遭わなかったのは、動画を再生した不特定多数の人たちの多くが「たまたま先生や学校を叩く方に回った」からだと考えています。
注目すべきは、「被害生徒を救済しよう」ではなく、「わかりやすい悪を罰しよう」と正義の棍棒を振り落とす先を常に探しているインターネット利用者の集団心理です。
しかし過去には、教師が生徒に暴行を加えている様子を捉えた動画がネットに投稿されて学校側が炎上した事例で、炎上騒動後に、生徒側が意図的に炎上させようとわざと挑発的な言動を続けていたことが発覚し、今度は生徒側が炎上して個人情報が特定されてしまったという事例も存在しています。
そのため、コーチが部員に暴行を加えている場面の動画をSNSに投稿したとしても、情報の受け手の受け止め方によっては、「タイミング良く動画が撮られていることから、被害者たちがグルになって挑発していたのではないか」や「どうせ殴られるようなことをしていたんだろう」と、批判の声が部員に集中し、彼らが炎上してもおかしくありませんでした。
また、今回のケースのように利害関係のある相手方を告発する場合には、当然報復を受けるリスクについても考えなければなりません。
実際、部員の告発後、監督がミーティング中に動画を投稿した部員に「俺は完全に被害者」や「弁護士に訴えたらどうなるか」と恫喝した他、選手たちに顔と名前を出した状態の謝罪動画の制作を指示して公式SNSに投稿させました。
特に謝罪動画については、部員の顔や名前をわざわざ出させている点で、これは単純な騒動の火消しの意味だけでなく「告発者に対する見せしめ」や「連帯責任による部員たちへの罰」の意味もあったのではないかと疑われても仕方ない話です。
しかし、本件においては、たまたま学校側や監督の火消しが下手だったためにそうはなりませんでしたが、選手側に問題があったと責任転嫁される可能性もありました。
ただ、監督の指示で制作された謝罪動画によって、部員の顔と名前がネット上に出てしまいました。今後、彼らの将来への悪影響についても考えなければなりません。本来は大人たちが最大限配慮し、彼らを守ってあげるべきですが、現状それも期待できないほど騒動は大きくなってしまいました。
このように一見メリットの大きいように見えるS N S告発にも、一定数リスクが存在していることは理解していただけただろうと思います。
今回の件のSNS告発について改めて考えてみる。
改めて念を押しておきますが、今回の告発は、先ほど挙げたデメリットもあるといえ、高校生の選手たちが考えた状況改善のための苦肉の策だったと思います。
また、「暴行の様子が撮影されていたこと」や「監督の恫喝の音声が録音されていたこと」も併せて考えると、告発前から部員たちは大人たちを信用していなかったのでしょう。
本件のように、
①外部の目が入らない閉鎖的な環境。
②身近な大人に助けを求められない状態。
③常態化していると思われる不適切な指導を一刻も早く止めさせないといけない状況
特に③については早急に解決する必要があり、SNSに窮状を訴えて早期の状況改善に希望を託すしか方法がなかったのかもしれません。
しかし、やはり個人の告発にはリスクが存在します。
今回のケースだと未成年者が被害に遭っているということですから、テレビや新聞などのメディアの情報提供を受け付けているところに投稿することも、自分たちの身の安全を保つ選択肢として存在していることは覚えておいて欲しいです。
子どもたちだけでは、個人情報の漏洩や報復のリスク管理は難しいです。
一方で、メディアにお願いすれば悪い大人たちの報復や先手を打つ前に対応してもらえる可能性がありますし、情報提供者の個人情報は当然保護されます。
わかりやすく言えば、直接誰かと対峙しようとするのではなく、信頼できそうな第三者を挟むことで想定される様々なリスクを下げる試みをして考えて欲しいのです。
警察でも、弁護士でも、親など……きっと身近にいるはずです。
いなかったら頼りないかもしれませんが、私も力を貸します。
最後に、今回のような体罰事案は、当該高校のサッカー部の中だけの問題ではないと思います。表になっていないだけで、まだまだ数多く眠っていることでしょう。
「悔しい」「一矢報いたい」という気持ちもわかります。
しかし、スマートに問題を解決する方法や手段を持つことも、ぜひ考えて欲しいですし、同世代のお子様がおられる保護者様も家の中で、この問題について話し合って欲しいと思います。
文/犯罪学教室のかなえ先生
2020年9月にデビューした、元少年院教官のVtuber。 登録者2.22万人(2022年3月末時点)。親しみやすい関西弁と幅広い学術領域を横断した事件解説が持ち味。特に、多くの犯罪者と関わってきた本人の目線から語られる事件解説は、その背景にある人間の弱さや社会問題への理解度が深まると定評がある。
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イラスト/©︎ぎんじろ