【連載】もしもAIがいてくれたら
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第1回:私、元いじめられっ子の大学副学長です
第51回:梅雨時の食中毒対策でAIができること
テスラの値上げと完全自動運転の実現に必要なデータ共有の矛盾
米電気自動車(EV)テスラの主力小型車モデル3の値上げ幅が1年で約120万円となっています。イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)の13日のツイッターによると、「原材料と物流において重大なインフレ圧力に直面している」ということです。しかし、テスラの業績は絶好調で、過去最高の利益率です。EV市場を牽引する企業には、企業努力で値上げを抑え、EVの普及に努めていただきたいところです。
完全自動運転の実現やロボタクシー車両の製造に莫大な資本が必要になるために、原材料費の上昇の中、無理をせずに値上げしても、売れるなら値上げしておきたいのかもしれません。
しかし、完全自動運転車が実際の道路を走るには、シミュレーション可能な理想化された環境での学習ではなく、一般道での多様な環境で得られるデータが必要です。実際、テスラのモニターには次の文言が表示され、同意が求められます。以下は原文のままです。
データ共有
Teslaはオートパイロットの安全機能を向上させ、完全自動運転を実現できるよう開発に力を注いでいます。お客様は、診断と使用状況の車両データを共有することで、Teslaの取り組みを支援することができます。このデータには、車線や道路標識、信号機の位置などを認識する方法を学習するため、車両の外部カメラで録画した短い動画などが含まれます。より多くの車両から道路状況を学習することができれば、お客様のTeslaのオートパイロット性能を向上することができます。
Teslaは、この短い動画をお客様の車両のID番号と一切結びつけません。お客様のプライバシーを保護するため、個人情報を記録しないこと、プライバシー保護技術による保護、またはTeslaへのレポートの送信前の削除のいずれかが行われます。このデータの収集はいつでも有効または無効にすることができます。
このデータの収集に同意しますか?
〇 はい 〇 いいえ
ちなみに、このようなキャビン内を写すカメラ(別掲写真)も設置されており、車両衝突のような安全にかかわるイベントでの安全機能向上のために、データ共有も求められたりします。
個人的には、自動運転実現のために、外部カメラのデータ共有は納得できますが、内部カメラについては、もう少し説明を受けないと少し抵抗を感じます。
2019年にアマゾンのAIアシスタントAlexaが、「音声認識能力向上のため」という理由で、ユーザとの会話を録音していましたが、そのデータを従業員たちが聞ける状態にあり、面白い会話を共有しあっていたということが報道され、プライバシーの配慮不足が問題になりました(https://news.yahoo.co.jp/byline/shinoharashuji/20190414-00122318)。
自動運転の話に戻りますが、AIの精度向上にデータが必要であることはわかります。実車からのデータ共有が必要なのであれば、できるだけ多くの車両を走らせたいだろうと思います。そのうちの何割が、データ共有に同意しているのかわかりませんが、多ければ多いほどいいはずです。どんなに需要が高まっていると言っても、値上げは、普及の促進に反する動きです。
精度向上がユーザのメリットになることはわかりますが、値上げをするなら、ユーザが動き回ることで集める貴重なデータを共有することに同意した場合、割引が受けられるとか、何らかのインセンティブがあってもよいように感じます。
坂本真樹(さかもと・まき)/国立大学法人電気通信大学副学長、同大学情報理工学研究科/人工知能先端研究センター教授。人工知能学会元理事。感性AI株式会社COO。NHKラジオ第一放送『子ども科学電話相談』のAI・ロボット担当として、人工知能などの最新研究とビジネス動向について解説している。オノマトペや五感や感性・感情といった人の言語・心理などについての文系的な現象を、理工系的観点から分析し、人工知能に搭載することが得意。著書に「坂本真樹先生が教える人工知能がほぼほぼわかる本」(オーム社)など。