東京高裁は2022年4月27日、バラエティタレントが共演者の意に反してキスをした事件について、80万円の慰謝料支払いを命じる判決を言い渡しました。
相手の同意なくキスをした場合、損害賠償責任や刑事責任を負います。
バラエティ番組の共演者に、仕事の一環としてキスをした場合も例外ではないことが、今回の判決によって示されたと言えるでしょう。
今回は、他人にキスを強要した場合の法的責任や、損害賠償請求の立証ポイントなどをまとめました。
1. キスを強要した場合の法的責任
他人に対してキスを強要した場合、不法行為に基づく損害賠償責任と、犯罪の刑事責任を負う可能性があります。
1-1. 不法行為に基づく損害賠償責任
「不法行為」とは、故意または過失により、他人に対して違法に損害を与える行為です(民法709条)。
キスを強要された被害者は、精神的なダメージ(損害)を受けるのが一般的です。そのため被害者は、精神的損害を金銭に見積もった慰謝料を、不法行為に基づき加害者に対して請求できます。
1-2. 犯罪の刑事責任
他人にキスを強要する行為については、「強制わいせつ罪」という犯罪が成立する可能性があります(刑法176条)。
暴行または脅迫を用いて、被害者の抵抗を著しく困難にしてキスをした場合、強制わいせつ罪が成立します。強制わいせつ罪の法定刑は「6か月以上10年以下の懲役」です。
なお、同じくわいせつ行為に関する犯罪である「公然わいせつ罪」は、キスの強要については成立しないと解されています。
強制わいせつ罪が被害者本人の性的自由を保護するのに対して、公然わいせつ罪は「他人の性的な行為を見るかどうか」の自由を保護しているという違いがあるため、犯罪の成否について結論が異なるのです。
2. バラエティ番組の共演者にキスするのも違法?
バラエティ番組の共演者に対するキスであっても、不法行為に基づく損害賠償責任や強制わいせつ罪の成否に関する法的な要件は、一般の方に対するキスの場合と同様です。
ただし、キスが行われた状況等によっては、特殊な考慮が必要な場合もあると考えられます。
2-1. キスの同意がなければ違法
他人にキスを求められた場合、それに応じるかどうかは、本人が自由に決めるべき事項です。
本人の同意がないにもかかわらず、無理やりキスをした場合、本人の性的自由を侵害する行為と判断されます。
バラエティ番組の共演者に対するキスについても、共演者の同意がない場合には、不法行為および強制わいせつ罪に該当します。
2-2. 「暗黙の了解」によるキスの同意は認められるか?
バラエティ番組の共演者に対するキスは、番組進行の流れなどを考慮して、仕事の一環として行われるケースも一応想定されます。
事前に「今日、番組でキスするから」という予告と承諾のやり取りがあればよいですが、こうしたやり取りが行われていないケースもあるでしょう。
バラエティ番組という特殊な状況・文脈の中では、ごく例外的なケースに限られるものの、「暗黙の了解」としてキスの同意があったと評価すべき場合もあり得ると考えられます。
具体的には、以下の条件が揃っている場合には、キスの黙示的な同意が認定される余地があるでしょう。
・キスされた側が、これまでバラエティ番組で何度も共演者とキスをしてきた
・キスした側とされた側の間に、長年の親交があった
・バラエティ番組の進行や文脈上、キスをする流れが不自然でなく、キスされた側が拒否した様子もなかった
など
ただし、「同意を得なくても受け入れてくれるだろう」という推測だけでキスをするのは、法的にリスクが高い行為です。特にコンプライアンスの厳しい近年では、軽率な行為と言わざるを得ないでしょう。
3. キスを強要された場合、慰謝料請求の立証ポイント
他人からキスを強要された場合、加害者に対して慰謝料を請求できます。冒頭の裁判例では80万円の慰謝料が認定されていますが、さらに高額の慰謝料が認定されるケースもあり得るでしょう。
キス強要の慰謝料を求めて訴訟(裁判)を提起する場合、立証のポイントは以下のとおりです。
3-1. キスされたことの証拠が必要
被害者としては、キスされたことの証拠を集めて提出する必要があります。
キスされたことの証拠の例としては、以下のものが挙げられます。
(例)
・キスされた場面の写真、映像
・キスが行われた前後のやり取り(メール、LINEなど)
・キス前後における当事者の関係性の変化を示す資料
・目撃者の証言
・家族や知人の証言
など
加害者に対する慰謝料請求を行う場合には、できる限りたくさんの証拠を集めておきましょう。
3-2. 同意の有無はキスした側が証明する
これに対して、キスに同意していなかったことについては、被害者が積極的に立証する必要はありません。キスの同意があったことは、責任を否定する加害者に立証責任があるからです。
被害者としては、キスの同意について加害者がどのような主張をしてくるか見極めて、適切に反論を行うことがポイントになります。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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