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【深層心理の謎】魅力的な名画を観るとそこに意味を見出そうとするのはなぜ?

2022.05.15

 改札を抜けて駅舎を出ると、午後の澄み切った快晴の空の下に、見通しの良い駅前広場を目の当たりにする。腕時計を見て時間を確認するが、もちろん時計の文字盤は歪んでいたりはしない―。

目白駅前を歩きながらまだ見慣れていない腕時計を見る

 腕時計に何気なく目をやった時など、ごくたまにではあるがサルバドール・ダリのあの有名な絵画を思い出す。まるで餃子の皮のようにグニャグニャになった懐中時計が木の枝に架かっているあの絵だ。かつてこの絵の実物をニューヨーク近代美術館で眺めたことがある。

 JR目白駅の改札を出て駅前広場に足を踏み入れた時、何気なく腕時計を見た。午後2時45分だ。この腕時計は少し前に買った電波ソーラー時計なのだが、まだあまり見慣れていないこともあってか、例のダリの絵が頭をよぎるという稀な現象も起きた。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 新しい腕時計がアナログの文字盤であることも影響しているのかもしれない。デジタル表示の腕時計であったとすればダリの絵が思い出されることはまずないだろう。

 所用を一件終えて目白に戻ってきたのだがこの後もう一件、移動しなければならない用事がある。アポまでは少し間が空いているので、ひとまずこの界隈で昼食にしてみたい。

 初夏の日差しを浴びた駅前の広場は、都会のど真ん中にある駅とは思えないほど清々しく質素なコンディションを保っているのだが、それには理由があることにあらためて気づく。この広場の地下にはなかなか広い駐輪場があるのだ。この地下駐車場のほかにも駅周辺にはいくつか駐輪場があり、徹底的に放置自転車をなくす対策がとられているのである。

 うろ憶えではあるが30年前くらいの目白駅前には大量の自転車が駐輪されていた光景が記憶に残っている。駅舎の右に立ち食いそば屋があった時代だ。もちろんその自転車のほとんどは通勤通学で駅を利用する者の自転車である。

 当時それが違法駐輪であったのかどうかはわからないが、その後に当局がかなり徹底的に放置自転車の撲滅に着手したことは間違いのない事実だ。そして今のこの端整な駅前広場がある。この土地固有のこうした経緯を振り返ることで、この場所への理解が深まるのは悪くないことだ。史跡を観光しているわけではないものの、今自分がここにいることにちょっとした意義や意味も感じられる気がする。

 目白通りを渡る横断歩道で信号を待つ。感染症禍はまだまだ予断を許さないが、それでも人出は多くなっている。1年半ほど前と比べれば街の人出は雲泥の差だ。

※画像はイメージです(筆者撮影)

優れた名画を観ると脳は意味を見出そうとする

 信号を渡る。歩きながら再び腕時計を見た。この界隈についてあくまでも表面的なことではあるが、いろいろと理解が深まっている。その一方でわからないのはあのダリの歪んだ時計の絵だ。もう一度腕時計を見るがもちろん文字盤はあの絵のようにグニャグニャになったりはしていない。

 いわゆる“シュールレアリズム”の代表的な作家と呼ばれているダリだが、あの絵を目の前にすればいったいこれは何なのだと当惑してしまう。わからないものはわからないまま放っておけばいいともいえるのだが、自分の脳は絵を放置することはできずに、そこに何か意味が隠されているのではないかと、視線の向かう先を変えながら絵を凝視してしまう。

 最新の研究では美的体験とは、脳が芸術作品から積極的に意味を意味を見出そうとして注目している状態であることが示唆されていて興味深い。


 お気に入りの芸術作品を鑑賞している時に、脳内の何百万ものニューロンが何をしているのか疑問に思ったことはありませんか?

 審美的に魅力的な経験によって生成された脳波を測定する作業についての調査結果は、美的体験が芸術作品から積極的に意味を構築することと、注目を集めている状態にあることの両方と密接に関連していることを示唆しています。

 非常に個性的で意味に関連した解釈の視覚体験の例として芸術鑑賞を適用することにより、私たちが環境を理解することに喜びを感じる方法と理由の謎を解き明かすことを目指しています。

※「Max Planck Institute for Empirical Aesthetics」より引用


 オランダのブレダ応用科学大学、ティルブルフ大学、ドイツのマックス・プランク経験美学研究所の合同研究チームが2022年2月に「Journal of Cognitive Neuroscience」で発表した研究では、脳活動を分析した実験によって、芸術作品によって脳波がどのような動きを見せるのかを解明している。

 人間の脳のニューロンは絶えずお互いに通信しているのだが、こうした通信はきわめて高速な振動に依存している。研究チームは芸術作品鑑賞中の脳活動のプロセスを調査するために、EEG(Electroencephalography)を使用して脳波を詳しくモニターした。キャップ型のEEGを被った参加者はさまざまな芸術作品を見て、脳波を測定されながら各芸術作品がどれだけ美的に心を動かされたのかを評価したのである。

 参加者が魅力的であるとわかった芸術作品を鑑賞すると、そうでない作品を観た時に比べて脳の特定の部分できわめて速い振動のガンマ波が発生していることが突き止められた。そして興味深いことに、これらのガンマ波はすぐには出現せず、芸術作品を目にした約1秒後から発生していたのだ。この遅れは、参加者が芸術作品の視覚的特性に単に反応していたのではなく、これらの脳波が意味形成のプロセスを反映していたことを示唆しているということだ。つまり脳は芸術作品を観てそこから意味を見出そうと活動をはじめているのである。そしてこの脳波の状態はその後何秒も続くこともあるという。

 さらにガンマ波に加えて、いわゆるアルファ波も観測された。こうした脳波は中程度の評価が与えられた画像と比較して、高評価と低評価の両方の芸術作品でより顕著であり、参加者が特に好きかまたは特に嫌いな芸術作品を鑑賞中に顕著となっていた。つまり好きな作品と同じくらい、嫌悪を感じる作品にも我々は心を動かされていることになる。

 研究チームは今回の研究が人々が芸術をどのように評価するかについての理解を深めるものになることを望んでいるが、彼らはそれをより大きなクエスチョンの一部としても見ている。視覚体験の例として芸術鑑賞を採用することにより、我々が周囲の環境を理解することに喜びを感じる謎を解き明かすことが期待できるということだ。

 我々は芸術作品はもちろん、周囲の環境から意味を見出すことに喜びや快感を感じる生き物であることが示唆されているのである。現在の駅前広場の端整な佇まいを実現している地下の駐輪場の存在の意味を理解して気をよくしたり、ダリの歪んだ時計の絵から何とか意味を見出そうしたくなったりするのは、ある意味では自然な脳の働きであるということになる。

久しぶりの“日式”ドライカレーに舌鼓を打つ

 信号を渡り終えて歩道を左折する。コンビニや銀行、不動産屋などが連なっている。通りのどちら側も商店街だ。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 飲食店は反対側の歩道沿いのほうが多い。しかしこちら側には線路を跨いで反対方向に駅前唯一の複合商業施設があり、その中には飲食店も数多く入っている。

 向かう先の不動産屋とカフェチェーンの店の間には、地下に降りる喫茶店の階段があった。入口すぐにあるショーケースのサンプルから食事も充実していることがわかる。今の腹具合では喫茶店の軽食でじゅうぶんだ。入ってみよう。

 ウッディなデザインの階段を降りていくと、その雰囲気のままの喫茶店の店内に通じている。入口近くに置かれた消毒液のボトルをプッシュして手を消毒して店内に入るとお店の人から好きな席に着くようにいわれ、やや奥の2人掛けの小さなテーブル席に着く。午後3時になろうとしていたが、店内のテーブルは7割ほどが埋まっていて、大半はカレーやナポリタンなどの食事とのセットメニューを注文していた。界隈の人気店であることは間違いない。壁も床もテーブルも木目調のインテリアで落ち着ける雰囲気だ。

 すぐにやってきた店員さんにランチのセットメニューのひとつであるドライカレーとアイスコーヒーを注文した。ドライカレーはメニュー写真で見たところエスニック系のキーマカレーやビリヤニのようなものではなく、あくまでもご飯を炒めた“日式”のドライカレーである。すごく久しぶりだ。

 そもそもコロナ禍で対面での打ち合わせなどが極端に減っている中にあって、こういう感じの喫茶店に入る機会もめっきり少なくなっている。“時短営業”の影響もあって昨年、一昨年と喫茶店やカフェに入ったのも数えるほどしかなかった。しかもそれはすべて一人での利用で、考えてみればこの2年間ほどは複数人でこうした店に入ったことは皆無である。返す返すも生活が一変したことを痛感する次第だ。

 ドライカレーとアイスコーヒーがやってきた。まさに“軽食”で適量であることが今の自分には相応しいだろう。さっそくいただこう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 ほどよい辛さのパラパラしたご飯が美味しい。店でドライカレーを食べるのはどのくらいぶりのことなのか覚束ない。コンビニ弁当や冷凍食品のピラフの類は食べないし、ドライカレーを自分で作ることもないので、食べるとすれば店で食べるしかないのだが、一番最近でそれがいつだったかのかはまったく思い出せない。

 今日のようにあえて選ぶ機会を除けば、自分から望んでドライカレーを食べることはまずないので、たぶん最後に食べたのは仕事関係の酒席やパーティーなどでバイキング形式の料理のひとつにあったドライカレーのような気がしてくる。もしそうだとすれば優に10年以上は前の話だ。

 久しぶりに食べるドライカレーだけにどんどん食べ進めてしまう。いったんスプーンを置いてグラスの水を少し飲んでから、アイスコーヒーをブラックのまま飲む。

 食べながら何気なく店の奥に目を向けると、額縁に収まった西洋絵画が壁に架かっているのを認める。おそらくはレプリカであろうその絵には、運河の護岸に沿って停泊した数隻の船が描かれていた。運河に架かった大きな橋も遠くに見える。作品名も作者名も知る由もないのだが、やはり絵画には少しばかり視線が留まる。自分の脳は今、この絵から何か意味を汲み取ろうと活発に活動しはじめたのだろうか。

 …とはいっても、西洋絵画の素朴な風景画からはそれほど奇抜なアイデアは得られないかもしれない。不意に食べる手を休めて左手の腕時計に視線を落としてみたが、当然ながらその文字盤はダリの絵のようには歪んでいなかった。

文/仲田しんじ

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