■連載/Londonトレンド通信
英アカデミー賞受賞『フル・モンティ』(1997)で知られるピーター・カッタネオ監督の新作『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』が、5月20日公開になる。
『フル・モンティ』は失業した男たちがストリップを始めるコメディだ。そして、新作は軍人の妻たちがコーラスを始めるコメディ、さては2匹目のドジョウ狙い?と思いきや、今回はもとが実話だった。
実在するMilitary Wives Choirs(軍人の妻合唱団)にインスパイアされた映画で、原題も『Military Wives』だ。
軍人の妻合唱団は、イギリスのキャタリック駐屯地で始まった。アフガニスタンに従軍した夫を待つ妻2人が、駐屯地で合唱に興味がある人を集めた。パートナーの帰りを待つ女性たちに、何か集中できるものを与えること、サポートすることが目的だった。
2010年、初リハーサルを行った軍人の妻合唱団は、BBCの人気TV番組『The Choir』の合唱指導者ギャレス・マローンに手紙を送る。番組で取り上げられたMilitary Wivesは、キャタリック駐屯地から大きく広がり、各地で次々と軍人の妻合唱団が結成され、その中から生まれたオリジナル曲『Wherever You Are』は2011年のクリスマス全英No.1ヒットになった。
映画は、それをなぞることはしていない。マローンは登場させず、女性たちの名前もキャラクターも変え、合唱団内の対立を見せ場にしている。
主人公となるケイト(クリスティン・スコット・トーマス)は、息子を戦地で失い、夫(グレッグ・ワイズ)をアフガニスタンに送り出す妻だ。
駐屯地に残る妻やガールフレンドたちの新リーダーとなるリサ(シャロン・ホーガン)が気楽に活動するのに対し、やる気満々のケイトがリーダーのようにふるまい始める。
息子を亡くし、夫はアフガニスタンで、1人きりになったケイトこそ、集中できるものを必要としているのは明らかだ。
お堅いケイトに、イージーゴーイングなリサが、譲る形で何とかやっていく。
リサは年頃の娘に手を焼いていて、一方のケイトにはもう手を焼く対象もない。性格も立場も相反する2人のぶつかり合いが、物語を展開させていく。
この映画の見どころはそこ、女同士の対立と連帯だ。
2女優ともに名演で、特にトーマスは素晴らしい。一見、勝手にリーダーシップをとる口うるさく煙たい女性に見えるケイトの、奥にある辛さ、寂しさをにじませる。
アフガニスタン紛争を背景にした映画だが、紛争への論議には踏み込まず、あくまで女性たちの物語にしている。
一ヵ所、町へ出た彼女たちに、戦争反対を訴える青年が声をかける場面はある。 リサが「私たちは戦争と結婚してるの」と軽くいなし、通り過ぎる。戦争にどういう意見を持っていようが、否応なくパートナーが戦争に駆り出されるのが彼女たちだ。
それが彼女たちを連帯させる絆でもある。
心情をそのまま歌いあげるオリジナル曲でなくても、彼女たちが歌う時、聞きなれた曲まで印象を変える。例えばシンディ・ローパーのヒット曲『タイム・アフター・タイム』は失くした恋を想うラブソングだが、軍人の妻たちが歌う「あなたが倒れたら、私が受け止める、私は待っている」という歌詞は、もう比喩ではない。病院のベッドに横たわる兵士のイメージが生々しく迫る。
ストーリー展開はフィクションの映画だが、実際の軍人の妻たちも歌うことで繋がっていったのであろうことが伝わってくる。
5月20日(金) ヒューマントラストシネマ渋谷・有楽町、グランドシネマサンシャイン池袋 他全国順次公開
配給:キノフィルムズ
(C)MILITARY WIVES CHOIR FILM LTD 2019
文/山口ゆかり
ロンドン在住フリーランスライター。日本語が読める英在住者のための映画情報サイトを運営。
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