【連載】もしもAIがいてくれたら
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第1回:私、元いじめられっ子の大学副学長です
第49回:AIアートの進化は目覚しいものがあるが人間の仕事が奪われることはない
乗客には「責任者を信じる」しかない
4月23日午後、北海道・知床半島西部を巡る観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」は、乗員・乗客26人を乗せて消息を絶ちました。その後、執筆時点(2022年5月3日現在)に至るまで、豊田徳幸船長ら乗員2人、子ども2人を含む乗客24人の計26人で、生存者の報告はありません。
乗船時に不安を抱きながら乗船した人もいたかもしれませんし、途中で恐怖を感じて引き返したくなった人もいたかもしれません。そのような思いを持ちながら、船が沈んでいくという事態に直面した時、どのような思いだったかと思うと、胸が苦しくなります。
以前、高速船で伊豆大島に行く際に、台風の後で波が高め、ということで不安を感じながら乗船したことがあります。酔い止めを飲めば大丈夫、といったことを同乗者たちに言われ、一人だけ乗らないという選択肢は考えられませんでした。「出航する判断を責任者がするなら、大丈夫なのだろう」と、素人としては信じる以外ありません。
判断というのはとても難しいものです。周囲の声に惑わされることなく、客観的で冷静な判断を常に行うことは非常に難しいことです。そこで、もしも客観的で冷静な判断が得意なAIがいてくれたら、何ができただろうか、と思いました。AIがいれば助かったのに、というつもりではなく、今後の対策の可能性の一つとして考えてみました。
「転覆予測AI」がないからこそ
AIに、天気予報と、その時の波の高さの情報をセットで学習させれば、現場の波の高さや、地形に基づいて場所ごとのリスクを確率的に予測できるようになるかもしれません。現状AIまで使わなくても、天気予報から波の高さは予想できていたのかもしれません。しかし、波の高さがどのくらいになるかまでは予報でわかっても、そうだとするとどのくらい転覆のリスクがあるかを確率的に予想するのは、経験値に基づく人間の判断では難しいだろうと思います。
なぜなら、転覆を経験するということは普通ないため、「多少波が高くても大丈夫だった」という経験値が積み重なる恐れがあるのではないかと思います。
人間の判断だけに委ねる場合、その判断を示された側の人は、不安を言い出しにくくなるかもしれません。その人を疑っているようで申し訳ない、という気持ちになってしまうかもしれないからです。そのような時、AIが客観的な数値でリスクを呈示したら、「AIはこういっていますよ」と、言いやすくなるかもしれません。AIのせいにしてしまえばいいからです。
仮に上司が「なぜ出航しないのだ?」と言ったとして、部下の立場で言い返すことは勇気がいるかもしれません。そのような場合も、「AIがリスクが高いと言ってるんですよね」と言うことができれば、進言しやすくなるかもしれません。
しかし現状、天候による転覆などのリスクを判定するAIも、船舶が転覆するかどうかを予測するAIも存在しません。
今回のようなことは、別の状況でも起きうるのではないかと思います。リスクを伴うような場所では、日ごろの安全確認も人間だけの判断ではなく、AIなど機械によるチェックを二重三重に導入し、リスク回避を図れるような対策が望まれます。
坂本真樹(さかもと・まき)/国立大学法人電気通信大学副学長、同大学情報理工学研究科/人工知能先端研究センター教授。人工知能学会元理事。感性AI株式会社COO。NHKラジオ第一放送『子ども科学電話相談』のAI・ロボット担当として、人工知能などの最新研究とビジネス動向について解説している。オノマトペや五感や感性・感情といった人の言語・心理などについての文系的な現象を、理工系的観点から分析し、人工知能に搭載することが得意。著書に「坂本真樹先生が教える人工知能がほぼほぼわかる本」(オーム社)など。