SDGsへの興味関心が高まり、企業の取り組みも活発化する中、ビジネスモデルの再構築やカーボンニュートラルへの取り組みにおけるバリューチェーンの可視化、特に食品業界における産地や品質、流通経路の改ざん防止などは、持続可能でよりよい社会を実現するために欠かせない。
それらすべてを解決に近付ける手法として注目されているのが「トレーサビリティ」だ。
そこで今回は、ブロックチェーンを核にトレーサビリティを構築することで、セキュリティ高くデジタル化を実現した富士通株式会社の事例とともに、消費者におけるメリットを探る。
ブロックチェーン上にすべての取引履歴をつなぐ
トレーサビリティとは、商品製造における原料の生産から消費までの過程を追跡可能にすることを指す。
特に食品分野では、食中毒などの事故等が発生したときに、各事業者が食品を取り扱った際の記録を保存しておくことで、 問題のある食品がどこから来たのかを調べ、 追跡することができる。導入が推奨されてはいるが、事業者間をつなぐ大規模な取り組みであることから、なかなか進まないという現状も ある。
そうした中、富士通は「Fujitsu Track and Trust」というトレーサビリティ基盤を備えるソリューションを提供している。これは原料生産者から消費者まで、取引に関わるあらゆる立場の人々をつなぎ、ブロックチェーン上にすべての取引履歴を記録することで、新たな価値を創出するビジネス環境(エコシステム)を実現するものだ。
課題抽出や解決策の提示といったコンサルティングから、スモールスタートでの効果検証、既存業務システムとの連携を考慮したシステム構築、そして本番環境での運用保守などトータルにサポートする。
ブロックチェーンとは、情報を記録するデータベース技術の一種だ。「ブロック」と呼ばれる単位でデータを管理し、それを「チェーン=鎖」のように連結してデータを保管する。各ブロックは「ハッシュ値」と呼ばれる固有のデータを持っているが、データを改ざんすると、ハッシュ値も変わるため、データの破壊・改ざんが極めて困難な技術とされる。
トレーサビリティはブロックチェーンと相性が良い
トレーサビリティにブロックチェーンを用いることで、どのようなメリットが生まれるのか。富士通の同ソリューションに関わる、Uvance本部 グローバルインキュベーション事業部 グローバルオファリング開拓部(2022年5月1日以降はグローバルDXソリューション部)のマネージャー 植村幸代氏に話を聞いた。
「トレーサビリティは、原料の生産者から加工業者さらには消費者まで様々な関係者の間のモノの流れを、信頼できる情報として提供することを目的とします。これを実現するためには、関係者間の取引を正しく記録保存し、つなぎ合わせ、可視化できることが必要となります。しかし実際には、数多くの関係者が取引に関わるため、すべての取引を相互に信頼できる形で記録保存することは、とてもチャレンジングな課題です。
ブロックチェーンには、一旦記録された情報を変更できないという特徴、つまり『耐改ざん性』があります。さらにブロックチェーンのルールに従って取引をすれば、実際の取引と取引記録に齟齬がなくできるために、結果的に信頼できる取引が可能となるという特徴があります。これにより、関係者が納得できる形で取引を正しく記録保存できるのです。
このため、ブロックチェーン技術はトレーサビリティととても相性が良いといえます」
消費者にとってのメリット
トレーサビリティにブロックチェーン技術を用いることで、消費者にとってはどのようなメリットや変化があるのだろうか? 植村氏に、従来のトレーサビリティと比べて解説してもらった。
「現在でも、商品に原産地情報や生産者の顔写真を貼ったり、QRコードを読み取ると製造・流通などの履歴が読み取れたりといった取り組みは行われています。
しかし、先述の通り、ブロックチェーンには、書き込まれた情報の改ざんが不可能という特長があるため、消費者に情報公開する際の信ぴょう性をより保証できます。
消費者にとっては、企業が提供する製品やサービスに対して、安心・安全であること、環境負荷低減に即していること、公平で誠実なものであることを、テクノロジーで保証された信頼できるデータをもって認識できるようになります」
ビールの付加価値を上げた「AB InBev」の事例
同ソリューションの事例の一つに、ビールブランド「Leffe(レフ)」を主力とする世界的醸造業者の一つであるAB InBev社(本社はベルギー)の事例がある。
ビールの原材料や製造方法に興味を持つ消費者へ情報提供することを目的に 、生産者から消費者までの大麦のサプライチェーンの完全な透明化に取り組んだ。ブロックチェーンを活用してプラットフォームを構築したことにより、生産者から消費者までの一連の取引が透明化され、信頼性の高いトレーサビリティを実現した。
消費者への情報提供の第一弾として、フランスで販売されたビール100万パックにQRコードの付与を実施。消費者はQR コードをスキャンすることで、大麦がどこで栽培、収穫され、麦芽にされたかを確認できるようになった。
この事例について、植村氏は次のように解説する。
「第一弾では、大麦の原料農家、麦芽製造所、ビール醸造所、瓶詰工場をステークホルダーとして巻き込み、プロジェクトを開始しました。トレーサビリティ情報としては、いつ・誰が・どこで大麦を栽培・収穫したかを示す情報、各ステークホルダーからステークホルダーへの輸送状況、また、AB InBev製造設備のデータ、具体的には醸造所に届けられたとき、貯蔵されたとき、取り出されたときなど各イベントにおける追跡データや品質データなどをトレーサビリティシステムで可視化できるようにしました」
消費者には、従来と比べてどのような変化がもたらされたのだろうか?
「消費者は、手にとった飲料を安心して口に運ぶことができるようになるとともに、自身が購入したビールの味・質へのこだわり、また産地偽装や労働搾取がない公平さ・誠実さ、持続可能な生産に向けた取り組み状況など、ビールの付加価値・ブランド価値も一緒に堪能することができるようになりました」
トレーサビリティをブロックチェーンによって実現することにより、消費者が確かな安心・安全とともに商品の価値を享受できるようになる。
多様な商品があふれるいま、消費者も選定に迷うところがある。そうした中、選んだ商品の背景をトレーサビリティによって知ることができれば、より自分が選んだ商品への愛着が湧き、さらにその先にはSDGsへの関心も高まる可能性もある。ブロックチェーンを背景としたトレーサビリティの可能性は想像以上に広がっているようだ。
【参考】
「Fujitsu Track and Trust」
取材・文/石原亜香利