■連載/Londonトレンド通信
現代なのに戦時下。そのシュールを実感できるのが、イリナ・ツィルク監督によるドキュメンタリー映画『地球はオレンジのように青い』だ。スマホを持ち、パソコン作業する日常に、ロウソクと防空壕が入り混じる。
詩人でもあるツィルク監督が選んだ映画タイトルは、ポール・エリュアールによる詩の一節だ。もしエリュアールをご存知なくとも、フランソワーズ・サガンの小説『悲しみよこんにちは』ならご存知では。あちらも、エリュアールの詩からとったタイトルだ。
印象的な『地球はオレンジのように青い』と名付けられた映画は、サンダンス映画祭での2020年1月のお披露目以来、各国で上映され、数々の賞を受賞してきた。
ロシアによる侵攻後には、英高級紙ガーディアンが、ウクライナで起こっていることを理解するための20本にあげている。
映画の主人公はドンバス地方の一家族、女性と子供だけの世帯だ。今回の侵攻以前から紛争が続くドンバスは、すでに戦時下だった。
その中で、一家は映画を撮っている。映画制作者を目指す長女が、カメラを構える。カメラ前に連れてこられた弟は、いつものわんぱくぶりをひそめ、黙り込む。
攻撃があると、一家は物置兼防空壕としている地下の小部屋に避難する。
使用中の防空壕など、それこそ映画やドラマでしか知らず、もんぺ姿の女性がいるようなイメージだ。それが、ウクライナでは現役で日々使われていたのだ。
もちろん、町にも、もんぺ姿などなく、あたりまえだが、みな現代的な姿だ。傷だらけの町で、ドレスとフルメイクで美しく装い自撮りする女の子たちの卒業風景もある。
映画は、ツィルク監督による映像と一家による映像が上手くブレンドされ、ウクライナを身近に感じさせる。
親密な日常が撮れていることで、そこに割り込む非日常が際立つ。
母は「町を再建するために、誰か残らなくてはいけない」と言う。一方で、この暮らしが子供たちにとってどうなのかジレンマを抱えている。
それでも、一家には明るいニュースもある。長女の映画学校入学試験合格だ。
自分たちの周辺を撮り続けてきた長女は、戦争を「エンプティネス」の一言で表す。空虚、からっぽ、無意味、むなしさ、また、空腹の意味もある言葉だ。戦争にはそのどれもがあてはまる。
建物も、人も、形あるものは、爆撃を受ければ一瞬で崩れ落ちる。日々積み重ねた生活も、希望も、同じく一瞬で無に帰す。
イギリスで昨年劇場公開されたこの映画は、この3月にBBC4で放映された。放映では、テロップで主人公一家の現在が伝えられた。難民としてドンパスから逃れたという。
防空壕で映画を撮ったあの家には、もういないのだ。もっとも、その家さえもうないかもしれないが。
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(C)「地球はオレンジのように青い」アジアンドキュメンタリーズ
文/山口ゆかり
ロンドン在住フリーランスライター。日本語が読める英在住者のための映画情報サイトを運営。
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