2022年4月から、不妊治療の体外受精などの治療の一部はすべて保険適用されることとなった。少子化対策として政府の不妊治療支援は進む一方、働きながら不妊治療を行う人にとって両立がむずかしいという課題がある。
そこで今回は、不妊治療と仕事との両立をサポートするアプリによる不妊治療DXのサービスを2つ紹介する。
不妊治療でパートナーが退職した人は34.6%
メルクバイオファーマが2021年5月に20ー40代男女3万人に行った「第5回 妊活および不妊治療に関する意識と実態調査」の事前調査の結果によれば、25%に妊活経験があり、9.7%は不妊治療を経験していた。
続いて自身またはパートナーが不妊治療を経験した3,521人を対象に、不妊治療のために退職したことがあるかと尋ねると、「自身が退職」15.7%、「パートナーが退職」15.5%、「自身もパートナーも退職」3.4%と、全体の34.6%が不妊治療のために、自分やパートナーが仕事を辞めて専業主婦・主夫になった経験があった。
また ビジネスパーソン1,600人に仕事と妊活について聞いた本調査では、 不妊治療中の53.3%は仕事と「両立できる」と回答したが、24.3%は「両立できない」と回答した。
また不妊治療中の35.7%が「妊活はキャリア形成にマイナスの影響がある」、45.7%が妊活は「収入減になる可能性がある」と回答した。
この調査結果からは、不妊治療と仕事の両立が困難になる場合があることや、少なからずキャリアや収入にマイナスの影響があることがうかがえる。
●仕事と不妊治療の両立がむずかしい理由
なぜ両立がむずかしいのか。その理由として、NPO法人Fine「仕事と不妊治療の両立に関するアンケート Part 2 」(2017年10月)からは以下が上位となった。
1位「急に・頻繁に仕事を休むことが必要」71.9%
2位「周期に合わせた通院が必要なため、予め通院スケジュールを立てることが難しい」47.3%
3位「周りに迷惑をかけて心苦しい」25.6%
不妊治療特有の急な呼び出しや通院のスケジュール面での悩みが多いようだ。
不妊治療DXで改善 浅田レディースクリニックの「浅田アプリ」
こうした状況を受け、各クリニックは不妊治療DXで状況を改善しようと進めている。中でも、東京・愛知で不妊治療を専門に行う医療法人浅田レディースクリニックは、待ち時間や通院回数を削減するために、電子カルテや自動精算機等の設備機器システムなどさまざまな施策を通じて実施している。そのシステムの一つに「浅田アプリ」というスマートフォンアプリの提供がある。
●患者の受診状況
同クリニックに通う患者の多くは、仕事と不妊治療の両立ができているという。
同院理事長 浅田義正氏は次のように状況を話す。
「不妊治療は、勝川(愛知県)にクリニックを開いた2004年の頃には外来患者さんの平均年齢が35歳くらいでした。10年後、2014年頃には平均が5歳上がって41歳になっています。平均としては40歳、もしくは少し超えたくらいとなっています。社会状況も大きく変わりつつあり、我々の不妊治療も変わってきたといえるかと思います。
当院が開催している説明会では、ずっと前から仕事はやめる必要はないと訴えてきました。不妊治療に必要な注射は自己注射といって、自宅でご自身で注射いただく方法をとり、毎日注射のためだけに通院することがないようにしてきました。体外受精に必要な採卵の日もなるべく早くお知らせをしておいて、患者さんの都合をうかがい、大体の予定を立てておけるように、患者さんに寄り添ってきました。
当院では体外受精の際、フリーズオール(Freeze All、全凍結)といって、できた受精卵は一旦すべて凍結してありますので、凍結しておいた受精卵を移植するときには月に3回だけで、余分に受診する必要がない方法をとってきました。さらに受精卵を子宮に戻す『胚移植』の日は患者さんの都合で1週間、場合によっては2週間余裕を持って決められるという治療法をとってきました。それによって成績が落ちるということはまったくありません。
不妊治療のために仕事を辞めましたという方は少ないと思います。不妊治療をした後、2人目、3人目のお子様の希望があったときに保育園の関係などで辞めざるを得ないという方のほうが、当院においては多いのでないかと思います」
●「浅田アプリ」を開発した背景
浅田アプリは、通院中の患者がスマートフォンアプリ上で診療予約やPUSH通知による呼び出し、情報配信などの機能を使えるものだ。開発の背景を浅田氏は次のように話す。
「インターネットやメールで便利になった昨今ですが、『診察予約はWebから』『受精等の報告はメール』『凍結期限は紙の書類』『オペの説明は口頭』など様々な形式に分かれ、患者さま自身の管理も煩雑になっていると感じていました。日中、忙しい働く女性がいつでもどこでも、スマホひとつで自身の治療に関する情報を得られ、また院内呼び出しでもスマホ通知を活用しプライベートに配慮できれば、患者さまの通院の困難さを少しでも軽減できるのではないかと考えました」
●「浅田アプリ」の効果
浅田アプリによって、どのような効果が得られたのか。浅田氏は「患者さんに実施したアンケートでは、アプリによって73.8%が『通院スケジュールの調整しやすさ』を実感されています」
【患者コメント】
『予約や呼び出し、検査結果閲覧がすべてアプリでできるのはとても便利だった。(培養結果を電話して聞くところや、結果を聞くだけの診察がありましたが、仕事をしているとなかなかむずかしい)』
『(院内での)アプリで呼び出しはプライバシーも守られて効率が良い。放送だと聞き取りにくいこともある』
『アプリの説明動画は、事前に流れが分かって安心した』
『システム連携による「待ち時間の削減」に関しては、当院の場合、一番混雑する土曜日は、在院時間が3時間かかっていたところ1.5時間(半分)になりました』
●不妊治療DXは課題解決につながるか
不妊治療DXを率先して行ってきた同院だが、今後、どのように進めることで課題解決につながるだろうか。
「当院では10年に渡ってあらゆるデジタル化を進め、2年前の電子カルテ導入で一旦、院内のデジタル化は完結いたしました。
しかし院外のやり取りでは、学会・医師会・役所に関わることは紙での保存が求められたり、FAXで連絡が行われることが日常です。また患者さまへの説明や同意書は紙でなければならないと決められています。最近、印鑑の廃止がありましたが、公的な機関のさらなるDX化が必要なのではないでしょうか。
公的な機関のDX化により、遠隔診療や同意書のやり取り、配偶者が同席していなくてもオンラインで、Web会議のような形で同意を取る、といったことなども、アプリ活用により可能になるかもしれません。
他にも、病院に行って初めて話を聞くのではなく、患者さんがあらかじめITを活用し情報を収集できれば、診察時間や待ち時間の短縮になるかもしれませんし、受付以外でも顔認証ができるようになれば、患者さんの受精卵の取り違い防止に活用できるかと思います」
不妊治療データ検索アプリ「cocoromi(ココロミ)」
「AI x 女性医療」を軸にサービスを展開する、東京・渋谷に本社を構えるvivola(ビボラ)株式会社は、不妊治療を経て妊娠した人のデータをわかりやすく可視化し、自分に合った治療情報を得られるデータ検索サービス、「cocoromi(ココロミ)」を開発した。2020年6月よりWebサービスとして提供し、2021年4月にはスマートフォン向けアプリをリリースしている。
同サービスを開発した背景には、不妊治療中の人の多くが持つ課題「自分に合った情報が得られない」「通院頻度が多く仕事との両立がむずかしい」「治療の長期化により、経済的・身体的・心理的負担が大きい」があった。
スマートフォンアプリ化した際は、通院スケジュール管理や治療ログといった新機能追加やユーザーインターフェース等の改善を行った。これにより、利用ユーザーは、分析データの閲覧だけでなく、日常的に自分の治療をログしていくことで、より自分に合った治療データが表示されるようになった。
●仕事と不妊治療との両立問題への対応について
vivolaの代表取締役、角田夕香里氏に、仕事との両立問題について、cocoromiはどのように対策になるのかを聞いた。
「仕事との両立が困難に感じる理由として、不妊治療の特徴である、通院頻度の高さや通院日の予測が難しい等の通院負荷が高い状態が今後いつまで続くか分からない、という不安があるかと思います。そのため、治療を含めた自身のライフステージとキャリアをどう考えていけばいいのかわからず、『仕事か治療か』の2択に迫られてしまう方が多いのだと思います。
cocoromiアプリのデータ分析機能では、平均の治療期間を目安として知ることができ、それが統計データだけでなく、例えば自分と近しい年齢、AMH(抗ミュラー管ホルモン)(※)、妊娠するための力である妊孕性(にんようせい)に影響する男女の疾患等で『自分と似た人』がどれくらいの治療期間や治療費がかかっているか、といった自分に合った情報を手に入れることができます。
これだけの情報で、仕事か治療かという重大な決断ができるとは言い切れませんが、cocoromiユーザーさんからは、期間や費用の目安を知ることで、『覚悟が持てた』、『治療にはある程度の期間がかかるので、上司に相談して治療をしやすい環境をお願いするきっかけになった』とフィードバックをいただいています。自分に合った情報を手に入れられることで、治療を医師まかせにせず、主体的に治療と向き合う姿勢をサポートすることが、結果的に治療環境を含めた患者さんの治療生活を支えることになると考えています」
※AMH(抗ミュラー管ホルモン)…極初期の卵胞から分泌されるホルモンで、卵巣内に卵子がどれくらい残っているかという「卵巣予備機能」を最も正確に評価できる検査数値。
●監修医師によるコメント
同サービスは、利用ユーザーのみならず、不妊治療の患者を担当する医師にもメリットがあるという。患者の治療知識が向上することにより、診療におけるコミュニケーションの円滑化も期待できるからだ。
cocoromiの医療監修を行った梅ヶ丘産婦人科 ARTセンター長、国立成育医療研究センター、周産期母性診療センター臨床研究員などを務める齊藤英和氏は、次のようにコメントしている。
「不妊治療に関して、一定のリテラシーを持っていれば、データとともにご自身の状況をよく理解でき、医師とのコミュニケーションが円滑になるメリットが大きいです」(齊藤氏)
一方で、課題もあると角田氏は言う。
「治療を受け始めたばかりの方などは、データを正しく理解できず、逆にコミュニケーションの障害になり得る可能性もあり、アプリでの表示の仕方は、そういった方にもわかりやすいように改善していかなければいけないと考えています。
また、他の医師からは『治療サマリのレポート機能は、患者に渡している検査データや処方薬のフォーマットと同じであり、転院してきた患者がこのレポートを持ってきていただけると、過去のデータを参考にしやすい』というフィードバックをいただいております」
●啓発活動も実施
昨年、同社は令和3年度 経済産業省「フェムテック等サポートサービス実証事業間接補助事業者」に採択された。それに伴い、2021年12月より、企業の従業員および人事・管理職層向けにプレコンセプション・不妊治療と仕事の両立支援セミナーの提供を開始した。
そのセミナーでは、「治療と仕事の両立支援」の動画コンテンツも提供しているという。どのような内容なのだろうか。
「動画は、(1)若手社員、(2)妊活当事者、(3)当事者以外の人事や管理職を対象にした3つの動画があります。特に(3)では、不妊治療当事者を支える立場にある職場環境の方々に、不妊治療患者の治療環境を理解いただくための情報を詰め込んでいます。
簡単な3分のアニメ動画になっているので、啓発動画としてセミナーに参加いただいた企業様にお渡しし、社内イントラ等の社内ネットワークシステムに掲載をしていただき、不妊治療に対する理解を促していただいています」
セミナーでは動画コンテンツとともに、有識者によるセミナーの提供も行っているという。
「セミナーの前半は医師から、生殖医療に関する基礎知識、例えば男女別の不妊の要因、男女ともに年齢とともに低下する妊孕性、年齢による不妊治療による出産率等のテーマで講演いただき、後半は当社や、不妊治療と仕事の両立支援をしているNPOから、福利厚生や助成金の活用等の社内の環境整備について事例とともにお話をさせていただいております。
企業様からは、医学的な知識を理解した上で、社内での支援体制に関する知識が提供されることで、より不妊治療に対する支援の重要性を理解できた、というお声を多くいただいております」
アプリは、不妊治療DXの一部ではあるが、最も患者に近しいところで課題改善に近づくツールといえる。今後、さらなる広範囲のDX促進により、不妊治療の課題解決が進んでいくだろう。
【調査出典】
メルクバイオファーマ株式会社「第5回妊活 および不妊治療に関する意識と実態調査」
NPO法人Fine「仕事と不妊治療の両立に関するアンケート Part 2 」2017年10月
取材・文/石原亜香利
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