「あの『ジョーカー』の」、と聞いてすぐにその顔が浮かぶ代表作をモノにしたホアキン・フェニックス。彼が新たに選ぶのはどんな映画だろう? 多くの人が気になっていたはず。その答えがこの映画『カモン カモン』だった。果たして「無限の可能性があるように感じた」という物語とは?
初老の独身男と、9歳の甥っこが過ごす数日間
カワイイ巻き毛の少年を背負って少しだけ微笑むのは、無精ヒゲも武骨なホアキン・フェニックス。そんなキービジュアルのこの映画は、妹が家を留守にする数日間、9歳の甥っこと暮らすことになる独身の男の物語であるらしい。そう聞いてなんとなく、超ワガママな子どもに振り回されてボロボロになる大人の姿を描くコメディ映画が思い浮かぶかも?またはその姿で笑わせ、最後にホロリとさせる人情ドラマとか?
でもこれは、そんな映画とはちょっと違う。丹念に練り上げられた脚本にはまず極上のやさしさ、そして厳しい人生についての奥行きのある考察が織り込まれている。一言で言って、とてもハイレベルな映画なのだ。
ホアキン・フェニックス演じるジョニーはラジオジャーナリストで、国中のさまざまな都市を回り、広い年齢層の子どもたちに人生や未来についてインタビューしている。モノクロの映像、場所はまずデトロイト。録音機材を抱えたジョニーが、元気な女の子にマイクを向ける。
「未来はどうなると思う?よくなる?悪くなる?家族の姿は、いまと変わらない?」
どんな子を相手にしても上から目線ではなく、それでいてやたらに相手を子ども扱いすることもなく、ごくフラットに話を聞いていくジョニー。
「大人っていつも、何事についても、自分をボスだと思っているのよ!」
子どもたちはそんな彼の在り方に反応してそれぞれに独自の考えを堂々と、ときに大人がちょっと笑ってしまうような理論を自由に展開して胸を張る。そんなインタビューの様子を見ることで、ああ彼って見た目はちょっといかついけれど、相手が子どもであっても彼らの言葉をまっすぐに受け止めることに慣れている、と感じる。相手が誰だろうと、ごくナチュラルに公正であろうとする人なのかも。観客はすぐに、彼を信用する気になる。
疲れてたどり着いた宿泊先らしいホテルの一室。雑然としたなか、テイクアウトで夕飯を済ませ、今日一日を振り返るような独り言を録音したあと、ある女性に電話を掛ける。すぐにそれが妹ヴィヴだとわかるのだが、それにしてはちょっとよそよそしい。二人の間には、なにか確執があったらしい。ロサンゼルスに暮らすヴィヴは問題を抱えた別居中の夫ポールを手助けするためにオークランドへ行くことになり、その間、9歳の息子ジェシーの預け先を探していた。
こうしてこの物語が始まっていく。
「子どもをお風呂に入れていることについての映画」
監督&脚本を手掛けたのはマイク・ミルズ。『サムサッカー』『人生はビギナーズ』を手掛け、2016年に『20センチュリー・ウーマン』で脚本賞にノミネートされた実力派。そして本人がたびたび語っているのだが、この映画には彼自身の子育ての経験が投影されている。「『子どもをお風呂に入れていることについての映画をつくろう』と思ったのが始まり」であるらしい。そこからもうカワイイんだけど!
いや文字通りにお風呂に入れる話を語りたかった、わけではないだろう。小さな子どもは、一緒にお風呂に入っているとめちゃくちゃおしゃべりになる。今日学校であったこと、いま大好きな漫画の話、お友達を傷つけてしまったようで後悔していること、さっき観たニュースに出てきたよくわからない用語について。
ふだん親はごはんをつくったり片づけたりメールをチェックたりしてなにかと忙しく、子どもがなにかを聞いてほしくても、それにゆっくり耳を傾ける時間がない。心の余裕がない。でもお風呂は閉ざされた空間だから、目の前の子とごくナチュラルにじっくりと向き合える時間になる。あっという間に大きくなって、親と一緒にお風呂になんか入ってくれなくなるまでの、ほんとうに短い間にもたらされる貴重な時間に。
だからジェシーが9歳という年齢に設定されているのは、とても重要になる。学年でいうと、小学3年生。背中に羽が生えてる?と思うような、いつでもその瞬間だけに自分の全存在をかけるような、身体だけ大きくなった赤ちゃんみたいな、ただただ無垢な存在とは違う。大人の都合に合わせるなんてゼロだけど、話せばわかるとは言えない〝怪獣”的な存在から頭ひとつ抜け出す年齢でもある。
時と場合によって話せばわかるようになり、先のことを考えて我慢したり、場の空気を読んだりするけれど、つぎの瞬間には〝怪獣”になって暴れ出すのが9歳。もうママのおっぱいがなくてももちろん大丈夫だし、ママと離れて数日お泊りしても、どうにもならなくなるわけではないお年頃ということになる。しかもジェシーは、母親のヴィヴによると「賢くてとても風変り、成長し、愉快で、すっかり‟ひとりの人間よ”」みたいな男の子。彼との言葉のやりとりは楽しいものになりそうでもある。
そうしてジョニーとジェシーの、かけがえのない数日間が始まる。
なぜこの映画はモノクロなのか?
最初はちょっとだけぎこちなかった二人だが、ジェシーはあっという間に、公正な心を持つジョニーを受け入れる。
「なぜ、ママと話さないの?」
「なぜ、ひとりぼっちなの?」
大人を見ていてずっと疑問に思っていたことを、ふとしたときストレートにぶつけるジェシー。ジョニーはそう聞かれて、うぐっと一瞬言葉を飲みこむが、「君は子どもだからこんなことを言ってもわからないだろうけど」みたいな態度とは無縁に、誠実に正直に自分の気持ちを語っていく。ジェシーはジョニーの仕事に同行し、夜はホテルに泊まったりしながら‟なんだかお風呂に入っているみたいに”二人きりで向き合うような時間を過ごす。
話題はいろいろ。その場にいないジェシーのママやパパについても話す。母親という存在、ひとりで子育てをするという孤独、問題を抱えた父親の楽しい側面について。それでときおりジョニーは寝る前の読み聞かせに、いわゆる子ども向けではない本を読む。
それらの本の一節がまた、読み込みがいのあるセリフのように観る者のはらわたに染み入ってくる。日常を生きていてずっと感じていたけどうまく言葉にできなかったこと、そうした人生の真実をズバっと、でもやさしく突きささるような文章で表現しているものばかりで、なんども読み返したくなるようでもある。
なぜこの映画はモノクロなのだろう? 最初はそれが気になった。でも白と黒の映像で映し出されるからこそ、カラフルな色彩に溢れ、生活音が響き渡る現実の世界が遠く離れたものに思えてくる。リアリティに欠けるという意味ではなく(たびたび挿入されるインタビューシーンはドキュメント)、ジョニーとジェシーの二人だけの世界が際立つようだと。モノクロだからこそ、世界がとても美しいものに思える。
ジョニーとジェシーが本気でじゃれ合ってる感じもカワイイ。ホアキン・フェニックスがその域に達するのは当然だろうが、ジェシーを演じるウディ・ノーマンには驚かされてばかりだった。
(作品データ)
『カモン カモン』
(配給:ハピネットファントム・スタジオ)
●監督・脚本:マイク・ミルズ ●出演:ホアキン・フェニックス、ウディ・ノーマン、ギャビー・ホフマンほか ●TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
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文/浅見祥子
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