
Interactive(デジタルテクノロジー)、Music(音楽)、Film(映画)の3テーマが複合する世界最大規模のイベント「SXSW Conference&Festivals(以下、SXSW:サウス・バイ・サウスウエスト)」が、3年ぶりにオースティンの街に戻ってきた。コロナ禍で開催直前に中止となった2020年の危機を乗り越え、今年は完全オンライン形式の2021年と従来のライブ感あふれるフェスティバルスタイルを組み合わせたハイブリッド形式で、2022年3月11日から20日にかけて開催された。
会場内で最大規模のブースを初出展したZOZO NEXT
米国テキサス州が、新型コロナウイルス感染予防対策のマスク着用義務や店舗の客数制限を解除した翌日から開催されたイベントは、例年どおりコンベンションセンターを中心に周辺のホテルやレストラン、バーなど、ダウンタウンエリア全体を会場にさまざまな展示会やライブ、パーティーが繰り広げられた。インディーズ音楽業界を盛り上げるイベントがルーツなだけに、Music関連の参加者の安堵と喜びは特に大きかっただろう。
それはFilmも同じで、新作「ザ・ラストシティ」に出演するサンドラ・ブロックとダニエル・ラドクリフをはじめ、アン・ハサウェイ、ニコラス・ケイジといった日本でも知られるスターたちが数多く上映会に顔を見せ、かつてないほどの華やかさで会場を盛り上げていた。
Filmの上映会にはかつてないほど多くのスターが参加していた
提供:SXSW
一方で著者が取材のメインとするInteractive など、ビジネス色が強いところはまだ勢いを取り戻しきれてないようだ。日本や海外からの参加が増え続けて巨大化していた展示会Trade Show は、Creative Industries Expo(クリエイティブ・インダストリーズ・エキスポ)に他の展示会と共に集約され、しかも規模は半分ほどになっていた。企業や行政組織が街中の店舗やスペースを丸ごと貸し切って出展するブースもほとんどなく、著者のように海外からの参加を断念したところは少なくなかったようだ。
こうした数少ない出展状況で勝負をかけたのが、ZOZOのファッションテック子会社であるZOZO NEXTだ。会場内で最大規模のブースを初出展し、アバターを生成するサイネージ「バーチャル・ヒューマン・クリエイター」やスマートテキスタイルが話題を集めていた。ダウンタウンではポルシェが単体でブースを出展。ピクサーの人気アニメ「カーズ」に登場するサリー・カレラの20周年を記念した実車化プロジェクトの紹介でクリエイティビティをアピールし、アートをテーマにオープンスペースで開催されるArt Program とも連動する内容になっていた。
出展者が減る展示会で注目を集めたZOZO NEXTの巨大ブース
提供:ZOZO NEXT
初出展のポルシェはアートを意識したブースを展開
提供:Porsche
ゲームやリクルーティング、ハンドメイド作品のマーケットといった、一般が無料参加できるイベントも減る中では、世界初のノンアルコールスピリッツを発売するスタートアップのSeedlipが自らスポンサーになって、食や健康に関する展示を集めたWellness Expo を開催していた。フードテックやヘルステックのような尖った展示では無いが、健やかな生活を取り戻したいと望むマーケットはこれからますます成長が見込まれるだけに、SXSWの看板展示会として定着するかもしれない。
スポンサーするスタートアップのSeedlipがスポンサーになったWellness Expo
提供:SXSW
カンファレンスにテキサス州知事候補が登場
今年のSXSWを構成する、Festivals、Conference、Exhibitions、Awards の4つのパートの中で、最も盛況だったのがConference だ。毎日1件開催される基調講演をはじめ、話題のトピックを取り上げた9つのサミット、15のトラックをあわせたプログラム数は軽く1000を越えることから、今回は会期後も期間限定(4月17日まで)でオンラインコンテンツが見られるアフターパス(有料)が用意された。一部のセッションや短縮版はSXSWのYouTubeチャンネルに公開されている。
基調講演では、ロックの殿堂入り候補とされるミュージシャンのBeckをはじめ、作家でありジャーナリストとしてノーベル平和賞を受賞したマリア・レッサ、任天堂の米国本社を成功に導いた元社長で著書の出版を予定しているレジナルド・フィサメィ、20年以上前にメタバースやアバターの概念を生み出し、日本でも復刻版が出版されたサイバーパンク小説「スノウクラッシュ」の著者であるニール・スティーヴンスンらが登壇した。
Beckの基調講演はYouTubeで無料公開されている
https://www.youtube.com/watch?v=GnzVGuJHntU
提供:SXSW
そんな彼ら以上に注目を集めていたのが、今年11月のテキサス州知事選に出馬を表明しているベト・オルーク候補だろう。2020年大統領選で民主党候補の指名争いもしていた元下院議員は、現職で共和党のグレッグ・アボット知事と一騎打ちになると見込まれており、会場は熱狂的な支持者たちの歓声に包まれた。SXSWには毎年政治関係者が登壇するが、3年ぶりの対面開催にふさわしいインパクトのあるスピーカーだといえる。
注目のセッションでは、Meta(旧Facebook)CEOのマーク・ザッカーバーグがオンラインで登壇し「数ヶ月中にNFTをインスタグラムに導入する」と発表して話題になった。「NFT,メタバース、Web3の3つが明るい未来をもたらす」と強調するザッカーバーグのメッセージは、肯定的なものとして受け入れられたように見えるが、彼が会社名を変える原因を作ったかもしれない、内部告発者のが今年の登壇者の一人だったというのは興味深いところだ。
Facebookを内部告発したことで知られるフランシス・ハウゲン
提供:SXSW
さらに今年は、SNSでのコロナワクチンに関する語情報の拡散を非難する米厚生省の米国医務総監のビベク・マーシー博士、EU欧州委員会で競争政策を担当し、Googleに巨額の制裁金を科したマルグレーテ・ベステアー上級副委員長が登壇。こうしたテクノロジーがもたらす可能性や経済性だけでなく、国や社会にもたらすマイナス面にも取り上げるSXSWならではともいえるバランス感覚は、他のビジネス展示会にはない魅力になっている。
プロが選ぶスタートアップから世界のトレンドが見える
ビジネスといえばチェックしておきたいのが、各分野で活躍する個人や組織を表彰する8つのAwardsの一つで、世界の注目すべきスタートアップを表彰するSXSW Pitchだ。審査員とメンターの数が驚くほど多く、投資家からの支援をその場で得られるチャンスがあることでも知られる。第14回目となる今回は9部門で45の企業がファイナリストが選出され、そこからプロが今どんなビジネスに注目しているかも見えてくる。
Extended Reality & Immersive Technology部門で優勝したスロバキアのMATSUKOは、日本人にはユニークな響きがある名前に対し、ホログラム技術を使った遠隔コミュニケーションを実現する技術をSaaSで提供する。ホログラム投影に使用するスマートフォン向けアプリをすでにリリースしており、キャプチャされた人物はVRヘッドセットやARなどを使って相手を見ることができる。バーチャル会議やイベントなどに対応できるとしており、これから話題になるかもしれない。
Health, Wearables & Wellbeing部門で優勝したメリーランド州ボルチモアに拠点を置くSonavi Labsは、スマート聴診器とも呼ばれる特許取得済みの医療用デバイスを開発するメドテック系のスタートアップだ。ゲイツ財団の支援を受けてスタートした研究開発をもとにプロトタイプ製作し、2017年に設立された。ジョンズホプキンス大学からテクノロジーのライセンスを取得しており、呼吸器疾患の診断とリモート管理が可能な診断ソフトウェアが組み込まれたアプリを組み合わせた遠隔医療システムFeelixシリーズは、米国の医療機器承認機関であるFDAにも承認されている。
Artificial Intelligence, Robotics & Voice部門では、元Googleのサイエンティストがステルスで立ち上げたHume AIが優勝した。ニューヨークを拠点とするAIスタートアップは、人間の表情や声、言葉などから感情を認識し、幸福度を高めるのに役立つAIの研究開発を行っている。人の感情を分析する感情型AIの開発はすでに数多くの競合が存在するが、同社では世界から集めた膨大なデータセットを元に、様々なビジネスに役立てられるだけでなく社会福祉に貢献するAIを開発することを強調している。
本イベントには毎年日本からもファイナリストが選出されており、今年はAIで社会全体を学校にすることを目指すI’mbesideyouがFuture of Work部門でファイナルピッチに挑んだ。同部門で優勝したLINE Worksのような協働システムを開発するAnthillも含め、全体としては、リモート、バーチャル、AIに関連するものが多いように見えた。
ハイブリッド開催を成功させるヒントとは?
コロナ禍によるデジタルシフトはSXSWにも確実に影響をもたらしていることを感じた。例えば、以前はボードゲームのようなアナログな対面型が人気を集めていたゲームは、今年はeスポーツのイベントにシフトしていた。ネット配信作品がアカデミー賞を受賞するようになったいま、あえてFilmは短編映画に注目し、XRコンテンツを集めた展示会のXR Experience は、ストーリー性の高い作品を制作するクリエイターを支援する方向に力を入れている。
Filmの展示会として開催されたXR Experience Exhibition
提供:SXSW
ブロックチェーンも早くから取り上げていたが、今年はNFT、メタバース、Web3の3つをキーワードに挙げ、いずれかがタグ付けされたセッションは軽く100を越えていた。ミートアップもあちこちで開かれ、新たなビジネスチャンスを掴む場としての模索が始まっていることが感じられた。
現地オースティンの街をデジタルツインでまるごと体験できるイベントとして、昨年のオンライン開催で目玉となった XR Experience Worldも、今年も引き続き開催された。2年連続で参加したVRコンテンツプロダクションを経営するぴちきょ氏は「VRでの参加は、使用するVRブラットフォームに慣れていないと会場にたどり着くのも難しいところもあり、日本からは時差と言葉の壁もあるのでまだ盛況とは言えないが、コンテンツに丸ごとダイブしたような今までにない体験ができる。物理的制約がない中での新しい表現という点でも多くのヒントがあり、今年はウクライナを支援するチャリティイベントが急きょ開催されるなど、現地イベントとの連携も高められていた」とコメントする。
デジタルツインのオースティンに参加できるXR Experience World
提供:SXSW
世界でハイブリッド形式のイベント開催が当たり前になる中、対面の魅力をよく知るSXSWの方が、メタバース時代に近づく方法を見つけられる場になるのかもしれない。来年のSXSWは2023年3月10〜19日に今回と同じくハイブリッドで開催される予定だ。
文/野々下 裕子
フリーランスのライターとしてデジタル業界を中心に国内外の展示会イベント取材やインタビュー記事の執筆を手掛ける。注目分野はデジタルヘルス、ウェアラブル、モビリティ、スマートシティ、ロボティクス、AIなど。神戸市在住。https://twitter.com/younos、https://www.facebook.com/yu.nonoshita
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