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【深層心理の謎】なぜ透明性が高い場所では素直で謙虚な気持ちになるのか?

2022.03.04

 何の不満もないのだが、それがどれほどよいものであるのかは評価のしようがない…というのが正直なところだ。購入した商品に点数をつけろといわれても見当もつかない。

“評価”について考えながら賑やかな商店街を歩く

 ついさっきチェックした電子メールの中に、某ショッピングサイトからのメールがあった。購入した商品を評価してほしいという依頼のメールだ。この類のメールには毎回困惑させられる。

 このショッピングサイトでとある調味料を購入したのだが、それはこれまで買ったことのない種類のものだった。届いた商品には何の不満もなかったが、評価などできるものではない。比較できるようなものをこれまで使ったことがないので、自分の中に評価基準はないからだ。

 東武東上線大山駅で降りた。コロナ禍もあって久しぶりだ。駅の南口を出るとすぐに賑やかな商店街が延びている。夕方6時過ぎの買い物で賑わう通りを右に進む。一日の中でも最も人出が多い時間帯なのだろう。せっかくなので少し街を歩いてどこかで何か食べてから帰るとしたい。

※画像はイメージ(筆者撮影)

 高級品や粗悪品ならともかく、いたって普通の商品は評価するのが難しいと感じる。例えば一生のうちに購入する数は限られている冷蔵庫や洗濯機などについて、一般の人間がどれほどの見識を養えるというのだろうか。

 モノを評価するというのも難しいのに、人間を評価するのはもっと難しいことのように思えてくる。冬のオリンピックも無事に終わったが、冬季五輪で競われる種目で、目立つのはフィギュアなどの採点競技種目の数々だ。ご存知のようにスキーのジャンプも単なる飛距離だけではなく審査員による「飛形点」も得点に加えられている。

 男子スノーボードハーフパイプ決勝では2本目の採点の“疑惑”が持ち上がり波紋を呼んだことも記憶に新しい。もちろんひと昔前にくらべれば、今やそうした種目の採点基準は細かい要素に分けられて、かなり客観性のあるものになっていそうだが、それでも人間が行っている限りは“疑惑”が生まれてくる余地は残されているのだろう。とすれば今後、採点をAIが行う日がやってくるのかもしれない。

 時折こうして“疑惑”が取り沙汰されるものの、昨今は“ジャッジ”のテクノロジー化も進んでいる。プロテニスの試合の多くは線審が最終的はビデオ判定に委ねられているし、サッカーやプロ野球でも最近になって本格的なビデオ判定のシステムが導入されてきている。いずれにしても“疑惑”の生まれる可能性はどんどん少なくなってきていることは間違いなさそうだ。そして選手たちはどんなにその判定に不服であったとしても、証拠が客観的に示されれば黙って従うしかなくなるだろう。ジャッジの過程に“透明性”があれば、当然ながら審判に盾突くなどの身勝手なことはできなくなるのだ。

 駅前の踏切りを渡らずに左に延びるアーケードの商店街を進む。テイクアウトの焼き鳥の店にちょっとした行列ができていた。どうやら割引販売が始まったタイミングであるようだ。焼き鳥に刺身や惣菜などを買って帰って、部屋で飲んでもじゅうぶん満足できそうだ。この商店街が徒歩圏内にある人々が羨ましい。

“透明性”が高いと人は素直で謙虚になる

 屋根付きの商店街を進む。人通りが多く活気に溢れている。小さい子どもを連れた家族連れや学生のグループ、年配の方々まで年齢層も幅広い。歩いている人の多くは夕食の買出しに来たり、どこかの店で外食しようとしているのだろう。自転車の通行も多い。

※画像はイメージ(筆者撮影)

 こんな時代だけにこの商店街にも当然、防犯カメラが各所に設置されているに違いない。隅々までが可視化され“透明性”が確保されている場所であれば、人々は勝手なことはできないし、利用する側も安心できるだろう。そのぶん自分たちも見られていることになり、防犯カメラの映像から特定の人物がいつここにいたのかが容易にわかることになる。

 審判のジャッジや審査員の採点、そして街の防犯においても“透明性”が最も重要であるといえるだろう。最近の研究でも透明性がより公正さ(fairness)を感じさせ、利己的で身勝手な行動を抑制することが報告されている。


 競争的文脈における手続き的公正についての不確かな信念は、人々が自己奉仕的でエゴイスティックな方法で行動する動機を与える可能性があります。

 この論文は、実際に努力を傾ける競争における利己的な行動について、公正な競争の場に関する情報の因果的影響を研究しています。

 公正な競争の場に関する情報は、競争の敗者たちの利己的な行動を減少させますが、勝者たちの行動は影響を受けないままであることがわかります。

 公正な競争の場についての情報を与えられなかった参加者は、この競争は彼らに対して不平等性が加えられていると信じていました。これは競争の敗者に特に当てはまる傾向でした。

※「ScienceDirect」より引用


 スウェーデンのリンショーピング大学をはじめとする合同研究チームが2021年8月に「Journal of Economic Behavior & Organization」で発表した研究では、公正な競争の場(level playing field)の情報開示が競争参加者に及ぼす影響を実験を通じて検証している。

 444人が参加した実験では、さまざまな難易度の数学的課題が出されてその正答率をお互いに争った。つまり数学テストの成績を競ったのだ。このテストの後、各参加者には自分が“勝者”に属しているのか“敗者”であったのかが知らされることになる。

 そして勝者は受け取った賞金を敗者に分け与えることが求められ、一方で敗者は勝者の賞金からどの程度の金額を受け取りたいのかを報告したのである。その際、参加者を2人に分けて、今回の数学テストがいかに公正であったのかを示す情報を一方には提示し、もう一方にはこの情報を知らせなかった。

 数学テストの公正性を知らされなかった敗者は、勝者から多めの金額を要求する傾向があり、一方で知らされた敗者はより少ない金額しか要求しない傾向があることが確かめられた。つまり競争が公正であったことに納得した敗者は、敗北を素直に認めて謙虚になっていたのである。

 一方で勝者のほうは競争の公正性を知らされても知らされなくとも、敗者に分け与えたいと考える金額にはほとんど差は出なかった。勝者にとっては勝利した時点で競争の公正性は過去のものになっているということになる。

 ともあれ競争の公正性が誰の目にも明らかになっていれば、つまり競争と採点のプロセスに透明性があれば、負けた者も素直に負けを認めて“疑惑”や言いがかりを持ち出したりはしなくなるということになる。その意味でも透明性はきわめて重要なのだ。

店頭が情報満載の中華料理店でチャーハンを味わう

 商店街をさらに進む。物見遊山に歩いているばかりでなく、どこか入る店を見つけたい。コロナ禍で久しぶりとはいえ何度も訪れている場所なのだが、この近辺で食事をしたことはなかった。もう少し先を左に折れる路地にあるもつ焼き屋には一昨年に訪れたが、今日はアルコールがメインではないので別の店にしたい。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 それまでは真っすぐだった商店街が少しばかり左にカーブしている地点にやってくると、真っ赤な看板と店構えの中華料理店が見えてくる。店頭に置かれたテーブルの上にはプラ容器に詰められた餃子や炒めものなどいろんな種類の総菜が並べられていて、何人かが足を止めて物色し購入していた。店先には料理の写真がふんだんに使われた展示がある。おすすめのメニューやお得なセットメニューなどが一目瞭然だ。

 目立つ店なのでもちろんこれまでにも何度も見かけているのだがまだ利用したことはなかった。この機会に入ってみてもよいだろう。

 かなり広い店内で、明るい店内のインテリアはまさに本格中華料理店である。店員さんの導きで入口に近い場所にある2人掛けのテーブル席に着かせていただいた。

 テーブルに置いてあったけっこうな厚さのメニューやラミネート処理されたおすすめメニューなどに一通り目を通し「レタスチャーシューチャーハン」に小皿メニューの中から「豚肉ともやし炒め」を選び、ウーロンハイと共に注文する。飲みに来たわけではないが1杯くらいはいいだろう。小皿料理があることやアルコール類が安いことは店先の掲示ですでに知っていた。

 先にウーロンハイがやってくる。それにしても店先にこれ見よがしに掲示されていた料理写真の数々はこの店の“透明性”を体現しているものともいえそうだ。単純に分かりやすいし自分のように初見の客でも入りやすい。店の前に来た時点でいろいろと情報を入手できるからだ。

 チャーハンがやってきた。玉子スープもついてくる。さっそくスープを口に運んでいると、もやし炒めもやってきた。チャーハンは想定していたよりも薄味だったがこれはこれでいい。レタスのシャキシャキ感もまたよかった。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 店先の掲示が情報満載なこのような店がある一方で、ご存知のように店先には店名以外の情報が何もない店もある。中には店名すら表示していなかったりもするいわゆる“隠れ家”的な店は、熱烈なファンの支持があるからこそ成り立っているのだろう。

 また大衆居酒屋や大衆食堂を名乗ってはいても実際は常連客ばかりで事実上の会員制のような店もある。かつてその種の店に間違って入ってしまったこともあるのだが、基本的にはそういう店にはあまり関わりたくはない。もちろん個々の店の営業スタイルを否定できるものではないが、店と客の一線は越えたくないものである。

 そうした店について何か考えてみてもあまりいい時間の過ごし方ではないだろう。もやし炒めも美味しかったし、ウーロンハイを飲みながらゆっくり食事をすることができた。店を出たら腹ごなしにここから一駅歩いてから電車に乗って帰ることにしようか。

文/仲田しんじ

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