
ビジネスマンにも求められているコンサル的な目線
1970年代から、日本にもアメリカの経営コンサルティングファームが次々に日本に進出してきました。そこで活躍されたコンサルタントの方々は、今でもその名が通るほどで、これにより経営コンサルタントというものに注目が集まるようになりました。
当時の日本の企業では、業務を定量的に見たり、自分の部署だけでなく会社全体の事業において、何がどうなっているかを定量的にも定性的にも見える化したりするといった発想が、あまりありませんでした。ましてや、そうした見える化だけでなく、その上であるべき姿を語るようなことも。
そこで働く人のなかには、自分の業務をこなしながら、自分の部署の仕事は他の部署とどうつながっているか、会社全体のことを考えたら自分の仕事はどう進めていったらいいのか、といった視点を持つ人も当然います。そうした人たちは、そのうちに会社の中で頭角を現していくことになります。実行力や人の心を惹きつける能力がある人であればなおさらです。
実行力や人の心を惹きつける能力があるかどうかは、コンサルティングスキルだけではどうにもならないところもあります。しかし、視座を高くして視野を広げ、視点を変えて物事を見る能力は、実は経営コンサルタントに求められる基本的な「コンサル思考的仕事術(スキル)」であり、しっかりとトレーニングさえすれば、必ずある程度以上は身につけられます。
これからの時代、この「コンサル思考的仕事術」は、求められる以前に、そもそも前提とされることになります。海外のビジネスマンと比べると、実行力も含めて日本人ビジネスマンのビジネスの基礎体力とスキルに、圧倒的に差がついてしまったように感じることがよくあります。
そこで今回は、「コンサル思考的仕事術」をどのようにしたら習得できるのかについて、お伝えしたいと思います。
短期間で多くの業務に関わる経営コンサルタント
経営コンサルタントになると、最初の1年間で普通の会社の3年分の仕事経験ができるといわれています。
例えば、ある企業の物流部門のコンサルティングを担当していて、業務の分析をして、事業計画を立てるサポートをしていくうちに、物流がある程度分かってきたなと思ったら、今度は「退職する社員が増えていて、人事部が困っているんだけど、どうしたらいい?」などと突然言われることがあります。
それで今度は人事部に行って、会社の企業文化について尋ねたり、退職した人たちはどんな人たちで、どういう理由で辞めたのかといった聞き取り調査をしたりして、退職者が増えている原因を探って対策を考えていきます。
そうするとさらに、営業部や海外部門の相談事もされたりして、短い期間にその会社でのさまざまな業務に関わることになります。普通の会社で、ある部署に所属して仕事をしていると、一つの部署で少なくとも2、3年は実務経験を積んで、ようやくその部署でそこそこ仕事が分かってきたなとなり、さらにもう少し経験するか、そろそろ異動して経験の幅を、ということになります。
こうして経験を深めながら、社内外の人脈も作りながら昇進していくのが、日本のこれまでの大企業でした。そして、その中で「他の部署のこと」に首を突っ込むことは、けっこうな確率で嫌われる、または上司から叱られる行為となってしまうことがよくあります。ある程度の役職につかないと、その他の部署のやっていることなどに意見をする機会自体が持てないのです。
一方、経営コンサルタントとして勤務すると、冒頭の例のようにさまざまな「課題」に集中して一定の期間すごく深く時間を使います。それを繰り返していると、通常の会社で普通に業務経験を積むことと比べると、必然的に経験の幅や深さが広がることになります。
そして最終的には、「このことは経営にどう関係するか」という視点で整理しなければなりません。こうしたことを求められる経営コンサルタントは、必然的に目的思考や優先順位、全体俯瞰をした上であるべき姿を考える、という姿勢とスキルが身につくことになります。
もちろんこれは、経営コンサルタントのほうが能力的に優れているからというわけではありません。企業に一時的なサポートをするだけの経営コンサルタントと、その会社の将来を担っていく社員では、求められる仕事内容やそれに伴う責任が異なることからきていることを説明しているのです。
社内の情報がビジネス戦略を立てるカギに
会社の業務を自分からの視点ではなく、組織のより上位の視点から俯瞰的に見るということを経験する場数が多いのが経営コンサルタントというわけですが、では、企業の社員がコンサル的な経験や視点、仕事術を自分で身につけるにはどうしたらいいのでしょうか。
「コンサル思考的仕事術」と一言でいっても、そこにはさまざまなものがあると思いますが、ここでは社内の情報を得ることについてお話ししたいと思います。
経営コンサルタントは、一つの企業をサポートしていくなかで、その企業に関するさまざま情報を集めていき、それを分析して戦略を立てていきます。そのため、適切な情報さえ得ることができれば、立てる戦略も有用性のあるものになる可能性が高くなります。
しかし、社外の人間である以上、得られるのは断片的な情報だったりすることもあるので、肝心なところが分かっておらず、全く違う方向性の提案をしてしまうリスクもあります。
経営コンサルタントと同じような発想を持つ
私がクライアント企業で社員の方々から聞き取りをする際、気をつけていることがあります。限られた時間のなかで、単に調査に必要なことを聞いていくのではなく、その人がその会社でどんな経験を積んできたのか、今まで自分のハイライトだと思ったのはどんな仕事だったか、何が一番辛かったかなど、調査内容とは全く関係ないことをまず聞いて、その人なりの考え方や性格を私なりに把握させていただいてから本題に入るようにしています。
「私はあなたの仕事についてだけでなく、あなた自身にも興味がありますよ」という態度を示すことで、相手からの信頼が得られ、その後の聞き取りでも有用な話を聞くことができるようになるのです。
一方、社員同士であれば、すでに気心が知れた間柄であるわけです。特に同期社員であれば、仲間意識はさらに強いと思います。
自分とは異なる部署に就いている同期社員に事あるごとに相談したり、向こうの部署の状況などについて話を聞いたりするなど、同じ会社でも自分の業務とは異なる部門の情報を集めることで、会社の事業の全体像が見えてきます。
これにより、前述した「自分の業務をこなしながら、自分の部署の仕事は他の部署とどうつながっているか、会社全体のことを考えたら自分の仕事はどう進めていったらいいのか」といった視点を持つようになり、経営コンサルタントではなくても、それと同じような発想で仕事をしていくことができるようになるのです。
最後にもう一度、念のための確認です。経営コンサルタントは万能で、素晴らしいという趣旨でこの記事を書いたのではありません。経営者の支援をすることを生業とする経営コンサルタントは、常に経営へのインパクトを考えて仕事をする。それと同じことを、社内ですることができればよいのではないか、という趣旨です。違いは、生業として経営コンサルタントをすると、一社だけでなく複数の企業で複数の課題解決を担当するため、解決という観点からはスキルや経験値が上がります。
一方、組織という生身の人間が所属する集団を導く真の経営者は、スキルだけでなく、人の気持ちへの寄り添いや、論理だけでは答えが見つからない課題にも、方向性を決めて実行していくというリーダーとしての行動が求められます。こうしたリーダーとしての行動は、組織の内側にいないとそもそも発揮できないものです。
どちらの仕事がよいか、というよりは、経営にインパクトがある仕事をする、という観点で整理していただければ、というのが本稿の趣旨となります。
本稿で説明した「コンサル思考的仕事術」を使いこなせるようになると、より責任の大きいポジションについたり、インパクトのある大きな仕事を早く任せてもらえたりする可能性を高めることができるようになると思います。
文/太田信之
OXYGY株式会社 代表取締役/アジアパシフィック代表パートナー。1966年、東京都出身。国際基督教大学卒業後、ソニーに入社。イタリア駐在時にマーケティング部門でマネジャーを務める。その後、GEにて事業開発や事業統合の業務を経験。複数のコンサルティングファームを経て、外資系コンサルティングファームのValeocon Management Consultingのアジア代表に就任。同社経営陣の一員として、英国系国際法律事務所、Bird & Birdの経営コンサルティング部門とのM&AによりOXYGYを設立、アジアパシフィック代表を務める。2019年から現職。専門セクターは、ライフサイエンス、食品、製造業(素材、部品)。実施内容は会社、事業単位でのトランスフォーメーション。