
■連載/Londonトレンド通信
「うちの子はテニス・チャンピオンになる!」なんてことを言うお父さんがいたら、親バカと思われるのがおち、ましてや「うちの子2人ともチャンピオン!」だったら、鼻で笑われそうだ。
だが、このお父さん、なんと実現させてしまう。父の名はリチャード・ウィリアムズ、子どもたちの名はビーナスとセリーナ、姉妹揃って数々の記録を打ち立てた、あのウィリアムズ姉妹の父親を主人公にした映画が、2月23日公開のレイナルド・マーカス・グリーン監督『ドリームプラン』だ。
原題は父の名からとって『King Richard』、リチャード王と言えば、シェイクスピア劇にもなっているイギリス国王が浮かぶが、大きな計画を長い年月をかけて駒を1つずつ進め実現させていくところなど、それこそ王のような父親だ。
演じるのはウィル・スミス、『メン・イン・ブラック』シリーズなどでお馴染みのしなやかな体躯を、もったり気味にして登場する。
「もっと大きいサイズのウェアを着なさいよ」と言われたりする、ぴっちりして窮屈そうなウェア姿だが、育ち盛りの子らはともかく、自分の中年太り(?)に合わせ新調できるほど楽な暮らしではなさそうだ。警備員の仕事をしながら姉妹をテニス指導、同じく妻も働きながら指導にあたりつつ、5人の子どもを育てている。
そうまでして我が子を特訓するのは、リチャードが姉妹誕生以前から立てていたドリームプランによる。ドリームプランとは、簡単に言うとテニス・チャンピオン養成計画だ。
我が子にそんな夢を重ね、しかも大真面目なあたり、星一徹を思い出した。大リーグボール養成ギブスを息子に装着させたお父さんだ。ギブスに苦しむ飛雄馬に、その弟を見守りながら柱の陰で泣く姉、明子と、星一家はなかなか大変そうだった。だが、ウィリアムズ一家にそういう悲壮感はない。
名前通り頑固一徹オヤジの一徹と、ドリームプランを実行していくリチャードは、信の強さでは似通っているが、その出し方が違う。リチャードは明るくユーモラスだ。
団結して姉妹をサポートするウィリアムズ家は温かい。それでも、とんとん拍子とはいかない。一家から2人のテニス選手を育てあげるのには、経済的な困難はもちろん、黒人である彼らへの差別意識という困難もあった。それが、ますます一家を結束させたのかもしれない。
加えて、一家の暮らしたカリフォルニアのコンプトンは、治安がよろしくなさそうだ。テニス練習に通う近所の公園には、度々、ストリート・ギャングからの邪魔が入る。ボコられるリチャードの姿も痛ましいが、腹に据えかねたリチャードの方があわや殺人犯に?という場面まである。この場面含め、映画で描かれるのは実際に起きた事をベースにしている。
地元で偏見やギャングに対するリチャードも頼もしいが、その強さは、エスタブリッシュメントに対した時、より際立つ。相手が有名コーチだろうが、大手メーカーだろうが、引くことなく我流を貫く。その道のプロが言う「この世界ではこうする」が、娘たちにとって不利と思えば、おいそれと従うことはしない。娘たちに最善と思われる道を、認めさせてしまう。あっぱれだ。
そんな強気のベースに、姉妹の実力があったことは言うまでもない。リチャードの信が妄信でなかったことは、今や姉妹が世界に証明している。
我流で姉妹をテニス界に押し上げたリチャードに、勇気づけられる人は多いだろう。10月のロンドン映画祭での上映には、オーディション番組でスターの座をつかんだアレクサンドラ・バークとサッカー選手ダレン・ランドルフのペアなども姿を見せた。
文/山口ゆかり
ロンドン在住フリーランスライター。日本語が読める英在住者のための映画情報サイトを運営。http://eigauk.com