
AIの目覚ましい進化といい、医療のすさまじい進歩といい、これまでSF映画で見てきたような世界が現実になりつつあるーー。
「宇宙なう」「着いちゃったよ宇宙。ほんとにあったよ。」
前澤友作さんが国際宇宙ステーション(ISS)から連日投稿しているSNSを手のひらのスマートフォンから眺めて、今ますますワクワクしたり、宇宙が近く感じられていたりする人は多いのではないか。
そんな折、東京日本橋で宇宙の仕事をテーマにしたイベント『HELLO SPACE WORK! NIHONBASHI 』が開催。スペシャルトークセッションでは、宇宙飛行士の金井宣茂さんや山崎直子さんが生登壇したほか、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地からは、前澤さんのバックアップクルーである小木曽詢さんやISSにスタジオを有するKIBO宇宙放送局を主宰する朴正義さんらがリモート登壇するなど、なかなかお目にかかれない宇宙のプロたちが次々と貴重な話を情熱たっぷり、カジュアルに吐露。連日、盛況を博した(※アーカイブ公開中。後述にて)。
トークセッションのなかでも、最後のQ&Aで質問が終わらないほど盛り上がったのはSession 2。先月、13年ぶりに宇宙航空研究開発機構(JAXA)が宇宙飛行士を募集していることが発表されたことを受けて、応募を表明した(!)日本テレビのアナウンサー辻岡義堂さんがMCを務め、金井さんや小木曽さんが経験されたことを詳しく共有してくれた。
あなたも宇宙飛行士に 宇宙飛行士の素養とは?
宇宙飛行士といえば、子どもの頃から憧れて脇目もふらず目指してきた優秀な人材が選ばれるといったイメージが強い。ところが、金井さんは「キャリアアップの延長線上にあった」と話す。海上自衛隊で特殊環境医学を専門に勉強してきたため、「上を目指したところ、宇宙こそ究極の特殊環境ということに気づいたことがきっかけなんです」と金井さん。
さらに、宇宙飛行士の素養についても、文系だろうと理系だろうと関係ないと前置き、「私も理系といっても、ロボティクスなどエンジニアリングは門外漢でしたから。専門外のことであろうと訓練で伸び代が証明できれいいのだと思います」と説く。
実際、「まったくの文系」という小木曽さんは、今や過酷な訓練を乗り越えたバックアップクルー。前澤さんが何らかの理由で宇宙に行けなかった場合の代替要員とはいえ、まったく同じ訓練をこなし、完璧に準備を整える必要があった。衝撃だったのは、メディカルチェックに通るため、手術までしたという事実だ。
「副鼻腔炎といいまして、かんたんに言うと鼻の壁が詰まっていたり、分厚かったりする。外から見てもわからないレベルですが、私は骨が曲がっていたんですね。だから、それを急遽まっすぐにして、壁の肉を削ぐという外科手術を施しました」。こうしてクルーとして名を連ねた小木曽さんは、宇宙飛行士としての素養があることは証明されたも同然だろう。
宇宙飛行士でなくとも宇宙をビジネスに
宇宙に行かなくとも、地上からでも宇宙にかかわることはできる。例えば【宇宙×ファッション】のSession7。こちらでは宇宙船内服の開発を手掛ける企業の製作秘話をはじめ、かかわる人たちによる情熱あふれる仕事ぶりが伺えた。
シタテル株式会社はラーメン店『一風堂』の新ユニフォームをコーディネイト。代表の河野秀和さんは、「厨房は熱や匂いなど過酷な環境下にある」と宇宙にも通じる点を挙げつつ、「ストレスをより少ない状況で着られる洋服を目指す」と配慮の行き届いた素材や着心地について解説した。
株式会社ワコールは、「手と足ではなく、4本の手ぐらいの感覚で使える」という宇宙靴下を開発。同社の髙木映子さんが登壇し、無重力下での船内作業に適するよう、グリップが効くようシリコンプリントを施しながら、足の甲はクッション性のある生地で保護し、足首は固定したことなど、丹念なものづくりを説明した。
登山用ウェアなどアウトドアの衣服を製造してきた株式会社ゴールドウインは、最先端の消臭テクノロジーを活用したブランドMXPを展開。実際に宇宙飛行士の星出彰彦さんがISSで着用したのと同じTシャツなどを披露し、参加者からも質問攻めだった。
一見すると普通のおしゃれなTシャツに見えるが、驚くほど丈夫で強力な消臭効果は洗濯しても持続するハイテク素材だ。同社の大坪岳人さんによると、「ビジネスマンによく売れています。汗や加齢臭などにも消臭効果があるため、家族間のプレゼントとしても人気ですね」とのことだ。
宇宙でストレスが軽減されることを目指してつくった衣服は、地球でも快適さが追求された優れた商品になる。ラーメン店が宇宙につながって、足は手のように使えるようになり、星出さんが着ていたおしゃれで臭わないTシャツが着られるのだ。
細やかなこだわりを完成させるために、糸、生地、縫製など日本各所で様々なエキスパートと組んでつくっているのだという。宇宙のための企業や個々の努力が、地球のためにもなり、日本のものづくりが世界にも発信されていく。そんな好循環が感じられた。
ほかにも、サラリーマンが隙間時間で宇宙開発に勤しむ「リーマンサット・プロジェクト」の方々がスピーカーとして登壇したSession4、山崎さんはじめ、宇宙業界で活躍する女性たちによるSession5など、どのトークセッションも希望と未来がリアルに感じられるので、アーカイブでぜひ見てほしい。
Session 3, Session 4, Session 5, Session 6
Session 7, Session 8, Session 9
また、今回のトークセッションでは、IBMデザイナーの山田龍平さんがリアルタイムで、盛り上がった内容を文字やイラストによる「グラフィック」で可視化。アーカイブ視聴の前後に答え合わせのように見てみると、さらなる気づきが得られるはずだ。
非日常と思っていた宇宙は、可能性と未来がつまった日常なのだ。なにより印象深いのは、携わる人々がもれなく、情熱と思いやりにあふれていること。Closing Sessionで朴さんが言っていた「みんなが宇宙視点を持てばいいのに」という願いがよくわかる。宇宙を目標に掲げると、多様性もSDGsも実現へと加速するのかもしれない。
なお、COREDO室町テラス2F 誠品生活日本橋に、金井さんと野口聡一さんが着用したフライトスーツ、宇宙飛行士たちの名言が展示されている。すぐ斜向いには、同企画とコラボした限定ドリンク『もくもくblue sky』も台湾茶スタンド『happylemon』にて発売中。レモン果汁とカルピスと生クリームが爽やか。こんなふうに日本橋と台湾と宇宙が一緒くたになっている空間そのものも目新しく感じられた。
取材・文/松山ようこ