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食欲を我慢しなくて済む「自制心のコスト」にいくら払える?

2021.11.18

 東京の街は自転車が多い。けっこう利用客の多い駅の周辺でも自転車が普通に走っていたりするものだ。ついさっきも自転車とすれ違ったが、乗っていたのは例の大きな立方体のバッグを背負ったサイクリストだった――。

配達サービスのことを考えながら東中野を歩く

 広い歩道を後ろからやって来た自転車が追い抜いていく。自転車を漕ぐ人の背中には、例の立方体の黒い大きなバックがついていた。バッグに記されたあのロゴマークもよく目立っていた。見かけはじめた頃にはかなり奇異に映ったが、今ではすっかり見慣れた路上の存在だ。

 飲食店からのテイクアウトを代行するサービスということになるのだが、この度のコロナ禍もあって瞬く間に社会に浸透してきたといえる。最近では飲食店の料理だけでなく、特定のコンビニやスーパーの商品も届けてくれるようになっているという。つまり“買い物代行”サービスも行っているのだ。

 三鷹市某所での用件を終えて中央線を東中野で降りて少し歩くことにした。夜8時を過ぎていたが街の明かりはまだ灯っている。再び“時短”にならないことを願うばかりだ。駅前の山手通りの歩道を落合方面へと歩く。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 もちろん例の自転車以外にも、自転車の通行は少なくない。個人的には自転車はまず乗らないほうではあるが、総じて日本人は自転車が好きなのではないかとも思えてくる。特に駅前などでは何らかの規制をかけなければすぐに放置自転車だらけになってしまうほどだ。

 なぜ自転車に乗るのか、普通に考えればそれは移動時間の短縮のためというのが第一だろうが、自分の場合は徒歩移動を日常の中での運動にもしているので、自転車に乗ろうという気がしてこない。そして自転車であれば気になった店にフラッと寄ってみることなどもむずかしくなるだろう。そして店に食べに行く過程を含めて“外食”だととらえているので、基本的には配達サービスも利用することもない。

 配達や代行サービスはもちろん、対価を払ってもそれを利用することで実利を得られるからこそ利用するのだが、得られるものは広い意味で時間ということになるだろう。つまり飲食店やコンビニまで行って帰ってくる時間をこの種のサービスを利用することでほかのことに使えるのである。

 しかし物事には程度問題があり、普通の人であれば1000円のハンバーガーを届けてもらうのによほど不便な場所にいたり、何らかの特別な事情がない限り1000円の配達料を払うことはないだろう。今はスマホアプリなどから事前に店に注文していおいて料理の出来上がりを待たずに引き取りに行けるシステムもある。

 とはいえ極論すれば個々の利用者が配達料を払っても得だと思えば利用するだろうし、損だと思えば利用はしないことになる。それでもこの配達サービスが商業的に機能しているということは、その“損益分岐点”の一線が絶妙だということなのだろう。

 山手通りを進む。こうして夜が更けても街の飲食店の明かりが消えない事態を迎ることになった。どこかの店で何かをおいしいものを楽しんでもいい時間帯ではある。東中野は山手通りを挟んで東西どちらにもかなりの飲食店がひしめいているのだ。

 小腹が減っていないこともないのだが、今日は昼に入った中華料理店で思いがけない量の豚肉と白飯を食べてしまっていた。住宅街にある普通の店だったのだが、知らずに注文したしょうが焼き定食のボリュームがすごかったのである。カロリー的にもじゅうぶんな量であったが、それよりもこれ以上炭水化物を食べることが憚られてくる。

 軽くアルコールを飲んで酒の肴だけで済ませるという考えもあったが、もう今日は止めておくほうが賢明であるように思えた。帰宅してから寝る前に少し寝酒を嗜む程度にしたほうがよさそうだ。

 何かと誘惑の多い駅の東西の飲食店街は見ないことにして、山手通りを先に進むことにした。自分で自分をコントロールできたということで、素直に自分をほめることにしたい。

※画像はイメージです(筆者撮影)

食欲を我慢しなくて済む「自制心のコスト」にいくら払えるのか

 何かと誘惑の多い飲食店街を意志の力で振り切ったわけだが、もしも何らかのサービスを利用することで、自制心を発揮することなく誘惑に勝てるとしたら、いったいどのくらいの対価を払うだろうか。最近の研究で人々は余分なカロリーとなる魅力的な食べ物を見送る手段にどれくらいの対価を払うのかが検証されていて興味深い。その“損益分岐点”は、その人物が晒されているストレスと、余計なものは食べないという動機の強さによって変動するということだ。


 研究チームは、私たちが日常生活で自制心を働かせる必要を回避するためにとる対策を特定しました。これは人間の行動を動機付けるものについての新たな洞察を提供する発見です。

「自制心を発揮できないことは、人々が毎日直面する問題ですが、その背後にある認知プロセスや、それをする必要がなくなる時間の長さについてはほとんどわかっていません」

「この研究では自制心の必要性を排除するために人々が喜んで支払う対価を決定し、さまざまなレベルの誘惑、動機付けのインセンティブ、およびストレス暴露の下で、それがどのように変化するかを測定することができました」

※「New York University」より引用


 米ニューヨーク大学の研究チームが2021年8月に「PNAS」で発表した研究では、人々は食べ物を我慢することをどのくらいのコストと考えるのかが実験によって検証されている。

 飽食の時代を迎えて久しい今日、ご存知のように“娯楽”としての飲食行為が社会に蔓延していることはいうまでもない。それだけに体重増加を懸念する人々にとって、魅力的なフードアイテムの数々はこれまでにないストレスの発生源にもなっている。日常生活の中でこうした食べ物を視界から排除し、考えなくて済むようにできる手段があるとすれば、それに対価を支払うことをいとわない人も決して少なくはないのだろう。つまり自制心を金で買う行為であり、これは「自制心のコスト」と呼べるものになる。

 これまでの見解では、自制心の発揮にはかなりの精神的努力が必要であり、その精神的努力が“割に合わない”と感じられた時に失敗が起こると考えられてきた。

 たとえばスナック菓子を我慢したことで褒められ、ご褒美として100円もらっていたとする。しかしいつからかそのスナック菓子を我慢するためにゼロカロリー飲料を飲むようになり、毎回飲料代の120円を出費していたことに気づけば、多くはこの努力が続けられなくなるだろう。しかし中には差し引き20円の対価を“自腹で”払ってもゼロカロリー飲料を飲みつつスナック菓子を我慢することを選ぶ者もいるかもしれない。この“損益分岐点”を左右するものは何なのか。

 この問題に対処するために研究チームは「自制心のコスト」を明らかにするために、さまざまな状況下で魅力的なフードアイテムを回避するためにダイエット実践者が支払う金額を正確に定量化する一連の実験を行ったのである。

 実験ではたとえば、チョコレートブラウニーなどの魅力的なフードアイテムを目の前で30分間見せられるのを回避するためであれば、多くのダイエット実践者が10ドル支払うことをいとわないことが明らかになったのだ。つまり「自制心のコスト」はかなりの金額にまで高騰し得るのである。

 さまざまな条件下での実験を通じて研究チームは、被験者がストレスを受けた時、および魅力的な食べ物を食べないようにと強く動機付けられている場合に“損益分岐点”が上昇することを突き止めた。どちらの条件でも、参加者は誘惑を取り除くためにより多くのお金を払っており、これは行動制御においてストレスが及ぼす経済的コストの解明の糸口となる重要な発見であるということだ。

 さらに参加者がより魅力的であると評価するフードアイテムほど、回避する手段に多額のコストを支払うこともわかった。これらのコストは参加者が誘惑に抗うことを嫌悪していることのあらわれであるという。いやはや、それほど食に関する誘惑は抗しがたいのである。

「自制心のコスト」を支払って“ロカボ”なメニューを楽しむ

 さらに通りを進む。もうここまでくれば、東中野の飲食店街の誘惑に後ろ髪をつかまれることもないだろう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 少し思ったのは、徒歩で移動しているからこそさまざまな誘惑に抗い難くなるわけであり、こういう時に自転車に乗っていれば何も考えずに自宅を目指すのではないかということだ。徒歩移動の自由気ままさが、多くの不確実性を生み出しているといえるのかもしれない。しかしそれでも自分はいろんなことを考えながら街を歩くのが好きである。

 街の“重力場”が弱まり、歩く速度も自然に早まってくるのだが、しかしそこに思わぬ“伏兵”が待ち構えていた。前方に牛丼店が見えてきたのだ。……牛丼の並盛りくらいならサッと食べて帰るのもよさそうに思えてくる。まったく現金なものだ。

 だんだんと牛丼店が近づいてくる。いや、自分が店に近づいているのだが……。こうしたケースでも確かに今自分が自転車に乗っていれば、何の迷いもなく店の前をさっさと通り過ぎるだろう。しかし今の自分には迷いが生じてきてしまっている。さてどうするか。

 幸か不幸か、解決策になりそうな案が浮かんできた。今まで食べたことはなかったのだが、この店にやや例外的なメニューがあることを何かの記事で見て頭の片隅に残っていたのだ。だったら今この機会にこそ、そのメニューを味わってみてもよいのだろう。店に入ることにした。

 通りに面してガラス張りの典型的な牛丼店である。小さなU字カウンターと小さなテーブル席が5、6席という思ったよりもこじんまりとした店内だ。

 お店の人に好きな席に着くようにと促され、座った席でメニューを広げてその存在を確認する。あった。某トレーニングジムの名前が冠されたそのメニューをさっそく注文する。これだけではなんとなく寂しいので豚汁も追加した。

 帰宅してひと段落してから、酒と酒のつまみくらいは食べるつもりでいたが、今日はもう何も食べないことにしよう。まぁ、アルコールは少しは嗜むのではあるが……。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 料理が運ばれてきた。分類上は牛丼ではなくサラダになるメニューなのだが、見た目はそこそこのボリュームだ。牛肉のほかにコロコロした鶏もも肉も盛られていて、ブロッコリーの存在感もかなりのものだ。低カロリー&高タンパクであるだけに確かに“罪悪感”は少なく、なによりも白飯を食べていないという点が大きい。さっそく口に運ぶとけっこう噛み応えがあり、それは食べ応えにも通じるのだろう。

 ここではない別の牛丼チェーンでも白飯を食べない低炭水化物メニュー、いわゆる“ロカボ”が用意されていて、普通の牛丼が牛皿とサラダになるオプションが用意されている。はじめからサラダがついている定食メニューを“ロカボ”にすると、サラダが2皿ついてくるというやや奇妙なことになるのだが、野菜をたくさん食べられるという点ではそれもありだ。

 ダイエット、つまり体重の減量を目指すのであれば、単純に摂取カロリーを制限することが求められるのだが、それでも1日3食食べたいというのは人情だろう。そこでこうした低カロリーなメニューが登場することになる。1食抜けばその分の食費はゼロ円だが、こうしたメニューを食べれば当然ながらそれなりの出費にはなる。むしろ牛丼の並盛りを食べるより高くつく。

 それでもこのメニューを選んで食べるのは、1日3食のうち1食を抜くという自制心を発揮したくないことに起因していることになる。自制心を発揮しなくていいという「自制心のコスト」がこのメニューの価格なのだ。そして自制心を発揮しなくて済むのであれば、当事者はそのコストをある意味で喜んで支払うことになる。こうしたことが世に“ダイエット食品”が存在していることの根本的なメカニズムなのだろう。

 さて自分もまた「自制心のコスト」を支払ってこのメニューを食べたのだが、思っていたよりも満足できる食体験である。齢を重ねご多聞に漏れず基礎代謝が落ちている中にあって、なるべく小食を心がけたいものだが、時にはこうした「自制心のコスト」を支払って“ロカボ”なメニューも楽しみたいものだ。さて、腹ごなしに夜の散歩を再開するとしよう。

文/仲田しんじ

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