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なぜ、人間はストレスに満ちた過去の経験を鮮明に憶えているのか?

2021.11.03

 久しぶりに目にした路上を走るマシンの姿と排気音に懐かしさがこみ上げてくると共に、苦い思い出がよみがえってくる。あの時、一時はどうなるかと途方に暮れたものだった……。

雑司が谷を歩きながらツーリング中のトラウマ体験を思い返す

 長かった夏がようやく終わったと思ったらトントン拍子で急速に秋が深まっている。朝夕はすっかり冷え込むようになり、季節の変わり目の急激な寒暖の差に身体が追いつかない感じだ。

 自分が子どもの頃には、暑くもなく寒くもなく、湿度も低くて過ごしやすい天の恵みのような季節がひと月以上はあったと思うのだが、ご存知のように最近は夏が終わると早くも初冬という感じである。日もすっかり短くなり、今日も晩秋のような気候なのだが、やはり季節が先走り過ぎている証なのか街路のイチョウはまだまだ青い。

 渋谷界隈での用件が終わり、帰路は山手線には乗らずに東京メトロ副都心線に乗って雑司が谷駅で降りた。もうすぐ日が暮れてくる時間だが、あたりを少し散策しながら帰路に就きたい。そういえば午前中に駅のホームでゼリー飲料を流し込んだけで、今日は朝からまだ固形物は口にしていなかった。どこかで遅すぎる昼食にしてみてもよいのだろう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 駅を出るとそこは都電荒川線沿いの道だ。この近くには都電荒川線の鬼子母神前駅もあるのだ。神社や霊園などがあり散策には事欠かないエリアなのだが、ひとまず線路沿いを目白通り方面へと進む。

 この通りは長らく工事が続いていて、一向に終わる気配がない。踏切のある交差点には数名の警備員の方々が立っている。交差点を右に曲がって踏切を渡れば鬼子母神堂へと通じているが、踏切は渡らずに左折することにした。辺りはほぼ住宅街だが、一応は商店街である。

 閑静な通りなのだが、前方から1台のオフロードバイクがこちらに向かってきた。懐かしい。ほかでもなく、自分がかつて乗っていたバイクなのである。走っている姿を見るのは何年ぶりだろうか。

 運転しているライダーは当然だがこちらのそんな思いに気づくはずもなく何事もなくすれ違い、耳馴染みのある排気音は徐々に小さくなっていく。

 そのバイクに乗っていた期間は僅か1年半くらいのことではあったのだが、苦い思い出もよみがえってくる。それは旅先でのパンクである。

 その日は早朝から高速に乗って山梨県に向かい、富士五湖のいくつかをめぐるソロツーリングをしていた。天気もよく湖畔からの絶景を堪能した後、もう1つの楽しみである「ほうとう」の店で「豚肉ほうとう」を味わって旅の序盤からすっかり満足していた。店を出て再びバイクに乗って走り出したところ、ものの数分後に異変に気づいた。リアタイヤがぺったんこになっていたのだ。

 ツーリング中の初めてのパンク体験である。慎重に道路の外に出て、タイヤを調べてみると太い釘が刺さっていた。どうしたものかと途方に暮れたが、ロードサービスつきの任意保険に入っていたのが不幸中の幸いであった。電話をするとすぐに車両を手配してくれて、数十分で不相応に大きなトレーラーがやってきてバイクを積み、近くのバイク店に運んでくれて事なきを得たのだった。平日の正午過ぎという時間帯であったことや、ある程度道幅の広い国道上のことであったことも幸いしたのかもしれない。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 それでもトレーラーがやって来るまでは不安に苛まれ、ひどく心細い思いをしたことは紛れもない事実だ。その後しばらくはほうとうを食べることが躊躇われたほどである。そしてこのバイクを見れば、懐かしさと共にこの時の記憶がちょっとしたトラウマとしてよみがえってくるのだ。

なぜストレスフルな体験をより詳しく憶えているのか

 通りを進む。両脇に立つ街灯のポールに掲げられた表札には「鬼子母神通り商店睦会」とある。紛うことなくに商店街なのだが、バイクが去ってしまってからは再び閑静な住宅街然とした街並みに戻る。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 もちろんバイクに乗っていた頃は幾度となくツーリングをしていて、楽しかった思い出もたくさんあるのだが、このパンクの時のように楽しくないどころか心を乱されたネガティブな体験のほうがむしろ細部までよく憶えているのはいったいどういうわけなのだろうか。楽しかった思い出はややボンヤリした曖昧模糊とした記憶になっていることが多いが、往々にしてネガティブな思い出は細かいところまでよく憶えていたりするものだ。

 ドイツで行われた最新の研究は、なぜ我々はストレスフルな体験をより良く憶えているのか、その記憶のメカニズムを実験を通じて探っていて興味深い。ストレスフルな体験の記憶は“モノ”に分かちがたく結びついているというのである。


 ストレスの多い経験は通常、中立的な経験よりも簡単に覚えられます。ルール大学ボーフムの研究者は、これが当てはまる理由を分析しました。

 彼らはシミュレートされた就職面接中に人々をストレスの多い状況に置き、次にこれらの面接場所にあったモノについての彼らの記憶を記録しました。

 fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を使用して、参加者が再びモノを見ている間、彼らの脳の活動を分析しました。ストレスの多い状況でのモノの記憶は、ストレスの記憶がそれ自体の引き金になるのと同様の脳活動に依存しているようです。

※「Ruhr-University Bochum」より引用


 独・ルール大学ボーフムの研究チームが2021年10月に「Current Biology」で発表した研究では、ストレスフルな状況下での記憶が強化されるのは、経験した感情と、それに関連するモノが脳でより密接に結びつくからであることが報告されている。そしてこの結びついたモノを目にすることで、苦々しくもストレスフルな体験の記憶がよみがえってくるというのである。

 人間はストレスを受けると別名“ストレスホルモン”と呼ばれるコルチゾールのレベルが上昇するのだが、学術研究の世界ではこのコルチゾールのレベルを確実かつ倫理に抵触せずに高める方法として、TSST(Trier Social Stress Test)というテストが用いられている。

 TSSTはいわば模擬就職面接であり、2名の面接官の前でスピーチや計算などの課題を行うテストである。受け答えに中立な態度を崩さない面接官の前でスピーチをしたり、質問に答えたりするのは緊張しストレスを受ける体験になるが、研究チームは実験参加者の33人に緊張を余儀なくされるTSSTを受けてもらい、加えて面接会場に置いてあるコーヒーカップやペンなど24種類のモノを何らかの形で見せて、面接官はこれらのモノについて軽い話題も提供した。

 実験の翌日、研究者たちはfMRIで参加者の脳活動を詳しくモニターしたのだが、面接中に提示されたモノを見た時に脳活動に一定のパターンが見られることがわかった。これはストレスのない面接を受けたコントロールグループの脳活動には見られないものであり、また面接中に提示されなかったモノを見てもこの脳活動のパターンは見られなかった。

 こうし分析から研究チームは、ストレスフルな状況下での体験の記憶はそれに関係したモノの記憶と密接に結びついており、それが故に細部までよく覚えているのであると結論づけた。旅先でのパンクというストレスフルな思い出が、この時乗っていたバイクと分かちがたく結びついていて、そのバイクを見ればその記憶がすぐによみがえってくるのはある意味で当然であったことになる。

油壷マリンパークと人生初の“本格中華”の思い出

 歩く先にいくつかの飲食店が見える。いずれかの店に入ってみてもいいのだろう。

 通りの右手にある喫茶店の先に食堂があるのだが今はシャッターが下りている。その先には中華料理店らしき店があり、向かい側にはフレンチレストランがある。ここはまぁ、中華でいいのだろう。さっそく伺ってみることにする。

 長いカウンターとテーブル席が並ぶ店内は思っていた以上に広く、奥には座敷席があるようだ。座敷席では5、6人の団体客が早くもビールジョッキを傾けて話に盛り上がっている。

 カウンターに着かせてもらい、卓上に立てかけてあったメニュー表を手に取ってざっと眺め、チャーハンと肉野菜炒めを注文した。定食の白飯ではなく、今日はチャーハンを食べたい気分だった。

 この店はいわゆる“町中華”で、日本人向けにアレンジされた中華料理店であることは火を見るより明らかだ。個人的にも特に初めて入る中華料理店は“町中華”のほうが安心できることは否定できない。最近は日本在住の中国人のための本場の中華料理店が増えていてなかなか興味をそそられるのだが、まったく予備知識なしではなかなか入り難い感じはある。その点、見るからに“町中華”の店であれば、外出先で出くわして気兼ねなくフラっと寄ることには何の躊躇もない。やはり自分も日本人だ。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 先に肉野菜炒めが来て、ほどなくしてチャーハンもやって来た。まず最初に中華スープで口を湿らせてから、同じレンゲでチャーハンをすくって口に運ぶ。コメの粒が口の中でパラパラと解れる食感で噛み応えがある。外食のチャーハンとしてはやや淡白でやさしい味わいだ。美味しい。

 肉野菜いためはモヤシやキャベツがシャキシャキしていて口当たりが良く、期待通りの味で美味しい。“町中華”として何の不足もない食体験だ。

“町中華”の一方、人生で“本格中華”を初めて食べたのは小学生の頃であることをこの前、油壺マリンパーク閉館のニュースを目にして思い出した。その日、親と親の仕事仲間に連れられて三浦半島にある油壷マリンパークを初めて見物した後、横浜中華街にある店で初めて“本格中華”を口にしたのである。

 無理もないことだが、それらの“本格中華”は子どもの自分にはまったく美味しく感じられず、言ってしまえば不味くてほとんど食べられなかった記憶がある。回転テーブルに置かれた八宝菜的なものや焼きそばなどの大皿料理がどれも口に合わず、ジャスミン茶がなんだかバスクリンの風呂のお湯みたいに感じられて少し頭痛すらした。あまり食べない自分を気づかったのか大人たちから月餅を差し出されたのだが、不運にもこれにとどめを刺された。ひと口食べて舌が拒否し、それ以上はまったく食べられなかったのだ。

 もちろんこの時の料理を今食べれば美味しく頂けるとは思うが、この幼い時の体験から中華料理は長らく苦手なジャンルの料理になっていた経緯もある。しかし“町中華”は別である。“町中華”ならまったく問題なくいろんなメニューを美味しく食べることができた。

 休むことなく順調にチャーハンと肉野菜いためを食べ続け、もうすぐ完食しそうである。それにしても自分にとっては苦々しい思い出である“本格中華”の体験は、前出の研究に従えばストレスを伴うネガティブな体験であっただけによく憶えているということになるのだろうか。そしてこの体験が油壷マリンパークや月餅と強く結びついているように思えてくる。

 ……さて、お会計を済ませて店を出るとしようか。腹ごなしにもう少し歩いてから戻ることにしよう。今日のような何のストレスもない心地よい1日はおそらくすぐに記憶が曖昧になり、そのうち忘れ去ってしまうに違いない。大過なく過ごせたことには感謝しなければならないのだが。

文/仲田しんじ

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