
1984年に設立された西川株式会社の研究機関である「日本睡眠科学研究所」。寝具メーカーである西川が研究所を設立した背景には良質な睡眠の大切さと、寝具が果たす役割やそのエビデンスを科学的に明らかにし、ユーザーに発信したい、そんな思いが込められている。
今回お話を伺ったのは日本睡眠科学研究所の島田紗樹さん。西川株式会社が4年半ほど前からスタートした「ねむりの相談所🄬」を立ち上げた主要メンバーであり、その運用にも携っている。現在、全国に約40カ所ある「ねむりの相談所🄬」を設立した理由、サービスの内容、これまで寄せられたユーザーの声、そして質のいい睡眠を得るために、まくらが大切な役割を果たしていることについて、島田さんにじっくりとお話を伺った。
「ねむりの相談所🄬」とは?
「学生時代に睡眠の研究に興味を持ったのは、私自身がもともと眠りたい時に眠れず、昼間に眠くなってしまったり、睡眠に対して苦手意識があったことが理由でした」
学生時代は主に睡眠と寝床内環境という視点で、布団の中の温湿度を研究。西川へ入社後は日本睡眠科学研究所の研究員として、様々な研究に携わってきた。そんな島田さんがこれまでに最も印象深かった仕事が2017年3月の「ねむりの相談所🄬」の立ち上げだった。
「西川は寝具を提供する会社ですが、寝具にばかり重点を置くのではなく、睡眠に関する悩みそのものにアプローチするサービスにも力を入れる必要があると感じていました。昔は睡眠時間を削って働くのが美徳みたいな風潮があり、睡眠はないがしろにされがちでしたが、近年では睡眠の重要性が注目されはじめ、睡眠に関する悩みが顕在化してきたと思います」
食事、運動と並んで睡眠は健康の3大要素だ。睡眠がとれていないと、昼間に集中力がなくなるだけでなく、糖尿病など様々な病気のリスクも高まることが広く知られるようなった。成人の3人に2人が睡眠になんらかの不満を持っているという調査結果もある。
「睡眠に不満はあっても、お医者さんに診察してもらうにはハードルが高い、そんな思いを持っている人が多いことが分かってきました。もともと、西川の寝具を取り扱う専門店のスタッフは、お客様の眠りについての悩みを聞くことに積極的でした。
寝具売り場で、気軽にねむりの相談ができる場所を作ったらどうだろうかという提案が社内であった時、是非とも手掛けてみたいと思ったんです」
コイン型活動量計で眠りを正確に把握
全国に約40カ所ある「ねむりの相談所🄬」では、スリープマスターの資格を持つスタッフが常駐し、お客様の質問に応えたり、睡眠や寝具のアドバイスを行っている。
「スリープマスターは睡眠の基礎知識や睡眠時無呼吸症候群、睡眠と免疫力の関係など、専門の先生方の講義を受け、試験に合格して資格を取得した、睡眠のエキスパートです。
『ねむりの相談所🄬』では睡眠に関するヒアリングを実施し、寝る前にストレッチで身体をほぐすことの有効性、寝酒が睡眠に悪影響を及ぼすこと、眠る前におすすめの音楽や香りなど、その人に適したアドバイスをスリープマスターから受けることができます」
さらに希望者には縦3㎝×横3㎝のコイン型の活動量計を1~2週間貸し出している。このコイン型活動量計でどんなことが分かるのだろうか。
「万歩計のように身に着けて携帯することで、体を動かしている時間が正確に測定できます。就寝中につけると、布団に入っている時間や実際の睡眠時間もこの活動量計で測定できます。寝つきの悪さはどの程度なのか。睡眠の途中で何回覚醒しているのか。寝返りの回数、寝ている時の体の向きもわかります」
コイン型の活動量計では、睡眠時間、身体の向き、睡眠の質なども測定できる。
島田さんをはじめ開発メンバーは、まず専門的な活動量計の表示をわかりやすくしたかった。そこで日中の活動量や寝つき、睡眠時間等、5段階に判定することで、誰もが睡眠のどの部分が良くて、どの部分が悪いのかすぐに分かるような工夫をおこなった。
利用者からは“自分では眠れていないと思っていたが、意外と眠れていることが分かって安心した”など数多くの声が寄せられた。そして、そういった感想の他にも、「ねむりの相談所🄬」のサービスがスタートした4年半で、分かったことがあったという。
「以前から感じていた、まくらが睡眠の質を左右するということを再認識しました」
まくらは良質な睡眠の一つの要
そもそも、なぜ人間だけがまくらを必要とするのだろうか。
「人間は進化の過程で二足歩行するようになったことと、発達して大きくなった脳を支えるために、ふつうに立った時の姿を横から見ると、背骨が湾曲してS字のカーブを描くようになりました。その状態で仰向けに寝ると、首の下にすき間ができる。このすき間がまくらと密接に関係しているんです」
だが、ここでまくらは後頭部にあてて、頭の高さを調節するのではないかという疑問が浮かぶ。
「まくらで一番大事なのは、首を支えてあげることなのです。日本の昔のまくらでは首をしっかり支えるものがありました。横になった時に首の下のすき間を埋めてあげないと、眠っている間に筋肉がこわばり、肩こりや血行不良などの原因になるのです」
首のすき間を埋めるといっても、その間隔は人それぞれ違う。つまりその人の首の形に合ったまくらこそ、質のいい睡眠に繋がるというわけだ。「ねむりの相談所🄬」には自分に合ったまくらに代えて、ぐっすり眠れるようになったという声が数多く寄せられている。
「ねむりの相談所🄬」はもちろんだが、まくらのオーダーは、西川の各寝具販売店でも行っている。
オーダーの手順はまず「プレスシェイパー」という器具で後頭部から首のすき間の高さを測定(下の写真参考)。ウレタン、綿、通気性のいいパイプなどの中から好みにあったまくらの中に入れる素材を選び、横になってもらい、サンプルのまくらを当て、首のすき間にぴったりフィットするよう微調整を加える。
横向きになった時も、首が上がりすぎたり、下がりすぎたりしないように左右の高さを調節する。ちなみにまくらは素材によって沈み込みを防ぐために二重構造になっていて、肌にあたる上層を自分好みの選んだ素材に、下層に硬めの素材が使用されている。測定から40分ほどでオリジナルまくらは完成。さらにまくらのフィット感を100%生かすために敷き布団も自分に合ったものを考慮することも忘れてはいけないという。
抱きまくらの有効性
質のいい睡眠にまくらが重要だということを実感している島田さんは、抱きまくらの開発にも携わっている。抱きまくらは横向きに眠る時におすすめアイテムだ。横向きに寝ることで、気道の閉塞を防ぐ効果があり、いびきをかく人や約900万人ともいわれる睡眠時無呼吸症候群の患者と、その予備軍の人たちにとって有効なアイテムである。
「横向きの場合、身体と敷きふとんとの接地面積が小さいので、肩や腕にかかる圧をどう分散させるかが課題です。身体の構造や体格、身体の柔軟さは人それぞれ違いますから。呼吸が楽になって肩や腕が痛くならない、横向きで姿勢が安定する理想的な抱きまくらの開発を目指しています」
共同研究する睡眠時無呼吸症候群の治療の専門医の意見を取り入れた抱きまくらはすでに市販されているが、今後さらなる改良を加えることを視野に入れ、使用時のエビデンスの収集に努めている。
まくらはいろいろな形のものが市販されている。実際に試してみて、自分に合うものを選ぶことが大切と、アドバイスをする島田さんだが、彼女自身もその時々で使うまくらを分けているそうだ。
「どれも自分にフィットしたオリジナルまくらなんですが、気分によって3つのまくらを使い分けています。頭痛を感じた時は綿を素材に使った柔らかめのもの、暑いなと感じた時は通気性に優れたパイプを素材のまくらといった具合です。以前は睡眠に悩みを抱えていましたが、自分に合ったまくらを使うようになって自分自身の体質も、ずいぶん改善されたと実感しています」
島田紗樹
2013年に西川株式会社(旧:東京西川)に入社。西川の研究機関である日本睡眠科学研究所に所属し、大学・企業と協力しながら、睡眠が生体に及ぼす影響についての研究や、より良い睡眠を提供できる寝装・寝具の開発を行っている。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama