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「なかったこと」にすると幸福度が低下する?

2021.09.28

 すれ違う間際に若者たちの会話が耳に入って来る。スマホに目を落としていた若者が「○○が負けたってさ」と言い、もう1人が「見ていなくてよかった」と言葉を返していたのだが――。

池袋を歩きながら「見ていなくてよかった」試合について考える

 すっかり日が短くなった夕刻、池袋の東口界隈を歩いていた。某所からの帰路、ちょっとした買い物の用事で池袋に立ち寄ったのだ。

 9月も終盤だが今日はけっこう暑い。特に湿度が高く、街を少し歩いているだけで汗ばんでくる。カラっとした秋の陽気を期待するのはもう少し先なのかもしれない。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 街はかなりの人出だ。当然通行人は多いのだが、立ち話をしている者もけっこういる。日も暮れた街の雑踏の中、道端で立ち話をしている2人の若者の会話が耳に入ってきた。

 手にしたスマホでおそらく何らかのニュース記事を見ている1人の若者が「○○が負けたってさ」と口にし、相方のもう1人の若者が「見ていなくてよかった」と返答をしていた。その後も話は続いていたようだが、離れるうちに会話は聞こえなくなった。

 何の話だったのだろうか。“負けた”ということは広い意味での勝ち負けの話なのだろう。ギャンブルの話題をするような若者たちには見えなかったことから、何らかのスポーツの試合結果の速報をスマホで見たのではないかとも思えてくる。そういえば今日は某所で格闘技イベントがあるらしいことはネットのニュースなどで何となく知っていた。だとすれば格闘技の試合結果の会話であった公算は大きいだろう。

 池袋東口に通じる広い五差路にやってきた。用事も済ませたことであるし、どこかで何か食べて帰ってもよかったが、今からサンシャイン方面に向かうのはやや億劫な気分だった。ここから近い店にしよう。信号は待たずに駅に向かって進む。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 若者たちの話題にのぼっていたであろう、その格闘技イベントの試合結果が気になるということはないのだが、この夏は東京五輪も開催されいろんな意味でスポーツ観戦が見直された年になったのではないだろうか。スポーツ観戦が貴重なものに感じられてくる一方で、人が集まることの意味があらためて問われるようになったともいえる。

 さっきの若者たちの会話で1人が「見ていなくてよかった」と言っていたことが何だか妙にひっかかる。その選手が勝っていた試合であれば観戦してもよかったかもしれないが、負けたんだからむしろ見ていなくてよかったという意味にも解釈できる。

 たとえばサッカーの日本代表の試合などはご存知のように試合前からメディアで何度も取り上げられて話題を呼び、ファンや人々の期待が大いにかき立てられるのが常だ。

 それで試合に勝利すればさらに盛り上がることになるのだが、負けた場合は一転して報道も人々の反応も冷ややかなものになる。悔しさを前面に押し出すというよりもむしろ冷淡に突き放すような態度すら仄見えてくることもあるだろう。まさに「見ないほうがよかった」といわんばかりの豹変である。

 試合前はサッカーについて熱く語っていたのだが、負けた試合の後はまるで試合なんてなかったかのように一切話題にしなくなる人物が過去に身近にいたことも思い出されてくる。試合中でももはや敗北が決定的になった時点でテレビ観戦を止める者も少なくないという話も聞く。一刻も早く忘れてしまいたいということなのだろう。

ネガティブな感情を無視し抑圧することで幸福度が低下する

 駅へ向かって歩いている途中、この近くにきわめて手軽に食事を済ませられる店があることに気づいた。十割そばの店だ。今は小腹を満たすくらいでよいのだから好都合だ。そうと気づけば、さっそくその店へと足を向ける。

 時に忘れてしまいたい敗北や失敗があることは人情の面からも痛いほど理解できることだが、負けた試合を忘れようとするのは、少なくともサッカーファンとしてはあまり褒められる行為ではないだろう。そんなことをしていればファンとしての“成長”が何もないように思えてくるからだ。ファンも選手同様、敗北から学ぶことはあるはずで、その後の試合を観戦するうえでの目を養うことにもなるだろう。

 そして話はサッカーファンに留まらない。認めたくないネガティブな感情を無視し、なかったことにし、すぐさまゴミ箱に放り込んでフタをしようとするような行為によって、皮肉にも生活の充実感が損なわれることが最新の研究で報告されている。


「最近の研究は、幸福の追求の欠点を明らかにしました。幸福を重視すると、皮肉なことに幸福度が低下する可能性があります」

「現在の研究では、2つのアプローチ(幸福を評価することと積極性を優先すること)の違いが、人々が否定的な感情への向き合い方に存在するのかどうかを調査しました」

「2つの研究で、不安や抑うつを避けるようにプレッシャーを感じていることが、幸福の評価と幸福の低下との関係を部分的に媒介していることがわかりましたが、積極性を優先する場合はそうではありませんでした」

「調査結果は、幸福に高い価値を置くことの負の幸福効果は、負の感情を低評価することに関連する傾向によって部分的に説明される可能性があり、幸福の追求が有害になるメカニズムの証拠を提供することを示唆しています」

※「Taylor & Francis Online」より引用


 オーストラリア連邦大学とメルボルン大学の合同研究チームが2021年3月に「The Journal of Positive Psychology」で発表した研究では、オンラインで募集した496人のアメリカ人を対象に幸福についての調査を実施している。

 人生と日々の暮らしにおいて幸福を感じることは生活の満足度(well-being)を高める重要な要素であるが、研究チームは今味わえる幸福を高評価することと、将来の幸福のためにポジティブに活動するという2つのアプローチにおいて、ネガティブな感情の影響に違いがあるのかを探った。

 参加者から収集した調査データを分析した結果、現在の幸福を高評価する傾向のある人々は、否定的な感情を軽視する傾向があり、それが抑うつ症状の増大、生活の満足度の低下、自尊心の低下に関連していることが突き止められた。皮肉にも、今味わえる幸福を追求することで、生活の満足度が低くなるのである。

 これはつまり、幸福を追求するあまりネガティブな感情をすぐに忘れるべきものとして抑圧することで、逆に幸福度が低下していることになる。認めたくないネガティブな情報や失敗などを“なかったこと”にするかのように忘れようとしたり、無視したりすることで本来味わうべき幸福が損なわれるとすれば確かに皮肉な話だ。

 ネガティブな感情を無視しようとするのではなく、将来の幸福を見込んで積極的に活動することで高い幸福感を得られるのだと研究では解説されている。つまり常に幸せであらねばならないと考える必要はないのである。

 グリーン大通りを左折して飲食店が立ち並ぶ通りに入る。広々とした通りだ。普段なら酔客も多い通りだが、このご時世ではそうした客はほとんど見当たらない。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 青い作業服のユニフォームを着た中年男性が拡声器を手に持ち、路上での客引き行為は禁止されていることと、そうした客引きを相手にしないように呼びかけている。確かに付近を見る限りいわゆる“路上キャッチ”はいないようだ。カフェの手前で左折して細い路地に入ると目的のそば屋が見えてきた。

肩の力を抜いてシンプルな十割そばを堪能する

 入口の看板は店名よりも「十割蕎麦」のほうがむしろ目立っている。カウンターのみのこじんまりとした店だ。入ってすぐのところにある券売機で食券を買う。左上の角の「おおもりそば」のボタンを迷うことなく押す。もりそばの大盛りのことだ。

 結構なお客の入りだが、つい今しがた空いたばかりの一番奥の席に着く。このご時世でカウンターは透明アクリル板で仕切られている。水のコップを差し出してくれたお店の人に食券を渡した。

 お客がひっきりなしに出入りする人気店で、自分が入った時は3席くらい空いていたのがたちまち満席になる。さらに3人くらいがカウンターの後ろで待っている有様だ。お昼時に来たことはないのだが、かなりの混雑ぶりになることは容易に想像できる。

 さっそくそばが運ばれてきた。待っているお客もいることだし、さっさと食べて店を出ることにしよう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 十割そばならではのモチモチした食感がいい。よく言えば食べ応えがあり、悪く言えばツルっとした食感に欠けるのかもしれない。それは好みの問題だが、これがそばの本当の姿であるとすれば何の文句もない。そして実際に美味しい。

 テーブルの上には調味料のほかに大きめのツボがある。この中に入っているワカメを少しばかりトングでつかみ、そばの上に散らしてみる。そばとワカメをつゆに一緒に浸しで食べると嬉しい“味変”になる。事実上のワカメそばが追加料金なしで食べられるのはお得だ。

 ちょっと徳利を傾けながら最初は天ぷらなどを食べる店ならともかく、このような立ち食いそばに準じた店で食べる行為につきまとう評価は、かけがえのないせっかくの1食が「それでいいのか?」というクエスチョンだ。

 食においても現在の条件の中でなるべく幸福であらねばならないと考えている向きには、そばで済ませるよりも寿司や中華や洋食、カレーやラーメンなどのオプションが先にくるのかもしれない。

 しかし個人的にはそばでじゅうぶんだ。いやむしろこうしたどうということのない時こそそばを堪能できるというべきだろうか。このそばの値段に数百円を足せば街中ではいろんなものが食べられるのだが、何も今味わう必要のない“幸福”を無理に味わうこともないのだろう。

 初めての店に入っていろいろ味わってみるのも確かに面白いし、そうしたい日もあるのだがそこには“ハズレ”を引くリスクもある。もし“ハズレ”を引いた場合、一刻も早く忘れてしまいたくなり、“食べなかったこと”にしたくなるのは人情としてよく理解できるが、今回取り上げた研究によればそれは生活の満足度を下げるものにもなるのだ。“ハズレ”だった場合でも後で「マズかったなぁ」と思い出せる苦い体験にしておくほうがよいのかもしれない。

 今はあまり余計なことを考えずに、肩の力を抜いた束の間の時間をこのそばと一緒に味わうことにしよう。

文/仲田しんじ

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