■連載/ヒット商品開発秘話
重要なところを強調するのに欠かせない文具といえばカラーマーカー。何本もあると場所を取るので、1本で複数色使えるものを探している人もいることだろう。そんな人にピッタリなのが、コクヨの『マークタス』である。
2020年2月に発売された『マークタス』はまず、ペン先が2つに分かれ1本で2色のマーキングができる2トーンタイプを発売。カラーはブルー、グリーン、ピンク、パープル、イエローの5つで、同系色の濃い色(めだたせカラー)と淡い色(ひかえめカラー)で構成したカラータイプと、めだたせカラーと完了したところの消し込みなどに使えるグレー(めかくしグレー)で構成したグレータイプを用意している。同年9月には同系色のマーカーと極細ペンを組み合わせた2ウェイタイプを追加。カラーは2トーンタイプと同じで、カラータイプとグレータイプが用意されている。これまでにシリーズ累計280万本以上出荷されているという。
わかりやすく見やすいノートは色が少ない
企画担当の飯田康平氏(ステーショナリー事業本部商品戦略部)によれば、『マークタス』の開発は2018年にスタートした。「コクヨはノートをはじめ学生向けの商品を数多く手がけているので、学生向けにマーカーで何か新しい提案ができたらという想いから始まりました」と話す。
学生時代を振り返り、マーカーで実現できそうなことを考えてみたという飯田氏。頭に浮かんだのは、ノートを見やすくしたりわかりやすくしたりすることだった。
開発担当の吉川将史氏(ステーショナリー事業本部文具開発部)を含む複数人のメンバーで、飯田氏の頭に浮かんだことを実現するアイデアを探すブレストなどを実施。そんなあるとき、ビジネスパーソン向けに書かれた資料のまとめ方に関するハウツー本の内容が目に留まる。
その内容は、色を使い過ぎるとわかりにくくなる、同系統の色でまとめる、といったことだった。「この考え方は学生のノートにも使えます」と飯田氏。2トーンのカラータイプは、この気づきから生まれた。
InstagramやTwitterで公開されているノートの画像をチェックしても、わかりやすく見やすいノートは使っている色が少ないことが確認できた。飯田氏は次のように話す。
「デキる学生は色の使い方に自分なりのルールがありますが、ルールがないと多くの色を使ってしまいがち。ルールがなかなかつくれない学生にガイドとなるようなものが提供できたら、と考えました」
一方、2トーンのグレータイプは、グレーが現在、マーカーの人気色であることから発案された。想定した用途の1つがTo Doリストで、やらなければいけないことには濃い色、終わったことにはグレーでマーキングする、といった具合だ。
色づくりで一番難しかったのはイエロー
同系色の2色が1本でマーキングできることが特長の『マークタス』だが、同系色の組み合わせだと色の違いがわかりにくくなりやすい。こうしたことが起こらないよう、めだたせカラーとひかえめカラーで色調を少し変えることにした。吉川氏は次のように詳説する。
「例えば、同じピンクでも色調がまったく同じだと、色の濃淡に関係なく単調に見え、重要度の差がわかりにくくなります。色調を少し変えることで2色のコントラストがはっきりするようになり、そのうえマーキングの見栄えがよくなります。これにはペン先の色が見分けやすくなるというメリットもあり、開発ではかなりこだわりました」
コクヨ
ステーショナリー事業本部商品戦略部
飯田康平氏(左)
ステーショナリー事業本部文具開発部
吉川将史氏(右)
2トーン(カラータイプ)のペン先。同系色だが色調を変えたことでペン先の色が見分けやすくなっている
おだやかな色合いにしつつも、濃淡をつけたときに見やすくすることを念頭に置いてコントラストを強くすることが求められたが、「5色それぞれで、濃淡のいいバランスを取ることが大変でした」と吉川氏。中でも一番難しかったのがイエローだった。5色で少なくとも50パターン以上は検証したが、そのうちの半分近くがイエローに関するもの。最終的には、ひかえめカラーの彩度を落としくすんだ色合いにすることで、めだたせカラーとの差がわかりやすくなるようにした。
デザインは柔らかい印象のある白軸とし光沢感を抑えたマットな質感。ターゲットの女子中高生が少し憧れをもって手に取れるように仕上げた。
『文具女子博2019』で完売
同社は完成した『マークタス』を2019年12月に開催された『文具女子博2019』(12月12日〜15日)で先行販売する。用意した2トーンのカラータイプ、グレータイプの5本セットとバラ売り分のすべてを、会期途中の3日目に売り切ってしまったという。
『マークタス』の5本セット(写真は2トーンのカラータイプ)。カラーマーカーのセットではよくハードケースが使われるがジップバッグを採用し、柔らかなイメージのデザインを施した。学生への調査からハードケースはあまり使われていないことがわかり、ジップバッグを採用したという
反響の高さに自信を得た同社は正式発売後、主にInstagram やTwitterで色の種類やキレイさを見せることに重点を置いた反則を展開する。ペン本体とも全5色の色見本を1つの画像で見せたり、インスタライブでリクエストに応じて色を見せたりといったことを実施した。このほかには動画を制作し、ブランドサイトで公開。実際に使っている様子を収め、ポップな色合いを見せたりマーキングの楽しさを打ち出したりすることにした。
ブランドサイトで公開されている2トーンタイプのイメージ動画の1シーン
2ウェイタイプはマーカーとペンのインクの濃さが異なる
後に発売された2ウェイタイプは、2019年には開発がスタートする。学生はマーキングしたところに文字を書き込むことがあることから、マーカーと極細ペンを組み合わせることにした。
開発のポイントはインクの濃さにあった。「2ウェイのカラータイプはマーカー側とペン先側で同じインクを使っているよう思われるかもしれませんが、中を仕切って濃さの異なるインクを使っています」と吉川氏。極細ペンのインクの方がマーカーのそれより濃い。マーキングしたところに字を書いてもしっかり読めるほど濃くした。
2ウェイ(カラー)の極細ペンのインクの濃さはマーカーのそれより濃く、マーカーの上から書いてもしっかり読めるほど
ブランドサイトで公開されている2トーンタイプのイメージ動画の1シーン
マーカーと極細ペンのインク量の配分にも気を配った。一般的な使われ方で2つのインクがほぼ同時になくなるよう、マーカーのインクの方が多くしたという。
また2021年6月に、2トーンのカラータイプで、日本の伝統的な情景をかじる「和カラー」、爽やかな海やリゾートを想起させる「アイランドカラー」、20世紀の画家モランディの作品をイメージした「モランディカラー」の3種を限定発売した。限定色を発売することにしたのは、「こんなペンがあることに気づいてもらい、使ってくれる人が増えて欲しい」(飯田氏)という想いから。購入者のアンケートでは「定番色にしてください」といった声も聞かれるほど好評だ。
限定販売の「和カラー」。〈すみれいろ〉〈やまぶきいろ〉〈ももいろ〉の3色がセットになっている
限定販売の「アイランドカラー」。〈アイランドスカイ〉〈アイランドリーフ〉〈アイランドコーラル〉の3色がセットになっている
限定販売の「モランディカラー」。〈モランディオーカー〉〈モランディオリーブ〉〈モランディマゼンタ〉の3色がセットになっている
取材からわかった『マークタス』のヒット要因3
1. ターゲットに刺さった使い方の提案
ノートを見やすくするための色の組み合わせを提案。重要なところなどがわかりやすくなるうえに見やすいノートが悩むことなくできることが、メインターゲットの学生には新鮮かつ便利に映った。
2.持ちたくなるデザイン
光沢感を抑えたマットな質感の白軸に、特徴ある色味であることが伝わりやすいデザインを採用。メインターゲットの学生を中心に支持を集めた。
3.特徴ある色味とその組み合わせを訴求
マーカーにありがちがチカチカしたものではなくおだやかな色味を採用し、1本で2色使えることを販促では訴求。SNSを中心に色味や色の組み合わせをしっかり見せ、使い方や効果をイメージさせることができた。
マーカーは、どんな色味であってもうまく使わないと何が重要なのかがわかりにくくなるので、使い方が難しい。この課題を解決するものとして生まれたのが『マークタス』だが、新たな提案に数年前から人気を博しているおだやかな色味を生かしていれば、売れるのも納得がいく。
ブランドサイト
https://www.kokuyo-st.co.jp/stationery/marktasu/
文/大沢裕司