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善行と悪行を分ける決定的なポイントとは?

2021.09.09

 立ち止まって信号を待つことにした。もちろん道交法を破ってはいけないのだが、今はそういう問題ではない。周囲の人々の“気持ち”を無視できないということだ――。

車通りのない住宅街の通りで信号を待つ

 残暑厳しい午後、JR埼京線を板橋駅で降りた。特に用事があるわけではなく、某所からの帰路のちょっとした寄り道である。どこかで何かを食べて帰ってもいい。

 駅の東口を出る。板橋駅界隈に来るのは実に久しぶりだ。個人的に埼京線を利用することは最近はめっきり減ってしまったので沿線を訪れる機会は少ない。そういえば赤羽もかなり御沙汰している。まぁその理由は単純で、このご時世で飲み歩きが憚られるからだが……。

 駅前には広場がある。隅々まで見通せる文字通りのオープンスペースだ。ベンチもあって休憩できそうだが、緑に乏しい場所なので座っても落ち着けなさそうな気もする。しかしこうしたどこにも隠れるところのない“丸見え”の場所はむしろ安心できるという一面もあるかもしれない。近くには交番もある。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 辺りを少し歩いてみる。西口と違って東口の界隈は少し歩けばほぼ住宅街だ。何か用事がある者以外は地元の人々しかいないのだろう。

 広場を抜けた先の通りの角に近藤勇の墓所があった。新選組の近藤勇である。こんなところに歴史上の人物の墓があるとは知らなかったが、これまでこの界隈は夜にしか来たことがなかったので気づかなかったということか。

 新選組といえばかなり前に訪れた北海道・函館の五稜郭が思い出されてくる。五稜郭に向かったのは土方歳三の部隊で、近藤勇は函館戦争には加わってはいないが、個人的には訪れたことのある五稜郭は新選組と強く結びいている。

 特にあてもなく通りを歩く。落ち着いた街並みだが、飲食店もポツリポツリと点在している。いずれも地元の人々が通う店なのだろう。

 このままだと住宅街の奥のほうへと入り込んでしまう。いったん駅前に戻ることにして通りを渡ることにした。すぐ近くに横断歩道があり信号は赤だ。片側1車線の狭い通りで、見たところ車の姿は左右どちらにもまったくないのだが……。

 立ち止まって信号を待つことにした。もちろん道交法上は当然の行為である。しかしそれよりも自分を制止させたのは、向こう側で信号を待っていた母親と幼い男の子の親子連れの姿であった。

 今の自分が仕事や用事に忙殺されていたり、考え事をしながら歩いていたとすれば、この親子が目に入ったとしても一顧だにせず通りを渡っていたかもしれない。それは単に道交法違反という以上に、人の“気持ち”が理解できていないという点で軽率のそしりを免れない。

 幼い子どもに信号を守るようにと、一緒に外出した際などに身をもって教えている親は少なくないが、まさにその“路上教習中”に大人の自分が信号を無視することはできなかった。そしてその“気持ち”に気づけて良かったと、信号を待ちながらホッと胸を撫でおろした。

人の“気持ち”がわかっているのか?

 信号が青に変わる。通りを渡り親子とすれ違う。いったん駅前に戻ろうと思う。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 ともあれこの親子の“気持ち”に気づけて良かったの一言に尽きるのだが、もしそれに気づけなくて通りを渡った場合、それは道交法違反という以上の“悪行”になっていただろう。その行為の是非よりも、人の“気持ち”がわかっているのかどうかが善行と悪行を分かつものであることが最近の研究でも報告されている。


「この研究は善悪が他の人の意思決定にどのように影響するかについて人々が明確な考えを持っていることを示しています。人々は、邪悪な個人は自分の目的に直接影響を与えないものには無関心であると考えています」

「この調査は、人々が善と悪をどのように見ているかについて非常に興味深いことを教えてくれます。人々は悪のエージェントが害を引き起こすことに専念しているとだけ考えているのではありません。代わりに人々は悪を無関心であり、人々が何を望んでいるのかを気にしないことに関係させています」

「それはまた人々が道徳的な善行は良い結果を生み出すこと以上のものであると考えることを示唆しています。人々はまた道徳的な善行は、人々が何を望んでいて、何を意図しているのかを気遣うことに関連していると考えています」

※「University of Waterloo」より


 カナダ・ウォータールー大学の研究チームが2021年7月に「Journal of Experimental Social Psychology」で発表した研究では、人々が考える“悪行”とは、要求の背後にある意図を無視していることであることが示唆されている。“悪行”とはその行為そのものが問題ではなく、人々の“気持ち”を汲み取っていないことにあるというのである。

 2231人が参加した実験で参会者は、人物または物語上の架空の人物(善人もいれば悪人もいる)が主人公として登場する短編小説を読み、この主人公の人物がさまざまな人々のさまざまなリクエストにどう応じるのかを評価した。

 収集したデータを分析したところ、善人キャラクターはリクエストした者がその要求の意図を良く理解していることでリクエストに応じることが示された。

 一方で悪人キャラクターはそもそもリクエストの背後にある意図に無関心であり、多くのリクエストに見境なく応じるであろうことが示唆されることになった。

 つまり人の“気持ち”がわかったうえでの行為は“善”であり、逆に人の“気持ち”をわかろうともせずそもそも無関心であることが“悪”であるという、ある意味で明確な指標を我々は持ち合わせていることが浮き彫りになったのだ。人の“気持ち”がわかっているのかどうかは、その行為の是非よりも重要なことであったのだ。

“昭和”な喫茶店でランチ

 一帯の周囲をあまり意味もなくグルリと回ってきた格好で駅前まで戻ってきた。いや、近藤勇の墓所を確認しただけでも意味はあったというべきだろうか。

 駅東口近くのビルの1階になんとも“昭和感”が漂う喫茶店があった。感じがするというよりも、実際に昭和の時代から営業している店であることはほぼ間違いないように思える。

 緑色を基調とした店の軒下のウィンドウにはコーヒーやパフェ、ナポリタンなどのメニューのレトロ感溢れる樹脂製サンプルが展示されている。その下に吊るされた掲示を見ると、まだランチタイムにぎりぎり間に合いそうだ。入ってみよう。

 地元の人気店ということでけっこうなお客の入りである。1人客ということもありキッチン前のカウンターの端に案内される。

 席に着くと、隣のお客が食後の一服ということなのかタバコに火を着けた。喫煙可能な店であったのだ。まさに“昭和”である。少し辺りを見渡すと他にも紫煙を燻らせているお客は少なくない。というか、灰皿の使用状況を見ればお客の大半は喫煙者だ。

 一瞬、店を出ようかという考えも頭をよぎったが、長居するわけでもなくランチを食べて帰るだけである。滞在時間はせいぜい20分くらいだろう。それに何も直接タバコの煙を吹きかけられるわけでもない。

 コップの水と布のおしぼりを持って来てくれたお店の人にランチメニューの「じゅうじゅう焼き」を注文する。食後にサービスでついてくるドリンクはアイスコーヒーにした。ほどなくしてミニサラダとカップスープが先に運ばれてくる。

 平成の後半から令和を迎えて、飲食店を含めた公共の場所は禁煙がほぼスタンダードになってきたが、それでもまだこのような“昭和”を引きずった場所も存在している。逆に昭和の頃であれば喫煙者も非喫煙者もほどよく混在していたであろうに、今は吸える店がきわめて少なくなったおかげで、喫煙可能な店には喫煙者が集中するようになってしまっているのはある意味では当然の帰結だ。

 そういえば一昨年ほど前、同じ埼京線沿線の赤羽の立ち飲みの店に入ったことがあったのだが、界隈の某有名立ち飲み店が禁煙店になったことが影響しているのか、その店のお客のほぼ100%が喫煙者であったのを目の当たりにしたことがある。酒を飲むのは二の次で、むしろタバコを吸いに来店しているといっても過言ではなさそうだった。いずれにしても喫煙者の“居場所”は徐々にだが確実に少なくなっていることは間違いない。

 ……店員さんにテーブル席へ移るように促される。そこにいたお客が今し方店を出たようだ。

 これは願ったり叶ったりだ。煙の発生源から少しでも距離を置けるに越したことはない。親切にもお店の人がおしぼりやコップやカップスープ、サラダを空いたテーブル席に運んでくれている。有難いの一言だ。

 いわば喫煙者“ご用達”の喫茶店に入ってタバコを取り出さない自分は、すぐさま非喫煙者であることがお店の人には一目瞭然であっただろう。喫煙可能の店であることを知って、少しばかり動揺した様子を見せていたかもしれない自分の“気持ち”はお店の人には容易に察せられたのかもしれない。そしてすぐさま空いたテーブル席に案内してくれたとすれば感謝しかない。……そうこうしているうちに料理が届いた。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 キャベツと豚肉の鉄板焼きで、確かにジュージューという焼ける音が響いていて食欲をそそる。刻んだ玉ネギのソースがかかっていて、ライスがすすんでしまう味付けだ。シンプルで美味しい。自分の前後のテーブル席はいずれも2、3人組みのお客で、食べながら仕事の話などいろいろ会話が弾んでいるが、こっちは1人ゆえに黙々と食べ尽くすのみである。

 肉料理ではあるが鉄板で焼けて柔らかくなったキャベツの口当たりが良く、軽い食感でどんどん食べられる。喫茶店のメニューだけに“軽食”で、サッと小腹を満たすには好都合だ。

 そそくさと食べ終えてしまったところで、何も言わずとも店員さんがアイスコーヒーを持って来てくれた。これもまた個々のお客の“気持ち”を察したホスピタリティということだろうか。思わず頭が下がる思いだ。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 さて、お会計を済ませて本日の“寄り道”を終えることにしよう。“昭和”の飲食店が残るこの界隈を機会があればまた訪れてみたいものだ。

文/仲田しんじ

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