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身近な多様性に触れるほど生活が充実しているように感じるのはなぜ?

2021.09.03

 駅を出たすぐのところで、若いスーツ姿の男性と目が合った。軽い笑みを浮かべて自分に何かを伝えたいかのような思わせぶりな振る舞いを見せていた。何のことなのか心当たりはまるでない。かといっていかがわしい類の店のキャッチのようにも見えなかった。その若者はA4サイズほどの何かが記された厚紙を胸の前に掲げていたのだが……。

最寄り駅の駅前で明らかに人違いをされる

 相変わらず代り映えのしない生活が続いているが、かといってこのご時世でたいした用もないのに動き回るのは憚られるし、自分としてもあまりそんなことはしたくない。電車に乗って移動する用事があったにしても、用が済めばさっさと最寄り駅まで帰ってくるしかない。

 早い時間に渋谷に行く用事があったのだが、思いのほか用は早く済んだ。せっかく渋谷に来たのだから前から気になっていた店などに寄ってみようかという考えも少しは頭をよぎったのだが、あまり余計なことはすべきではないという思いの方が強く出た。進めておきたい作業もあることから、ひとまずいったん戻ることにした。

 旅をするどころか電車に乗って県境を越えることにも慎重にならざるを得ない昨今だけに、自分も含めて人々の“行動半径”は縮小する一方なのだろう。運動不足に気をつけたいのはもちろんのことだが、たとえば美しい景色を自分の目で眺めるといった見聞を広めることが難しくなるのは、生活の充実感を大きく左右するに違いない。“新しい体験”を得られる機会が少なくなるのは人によっては耐えがたいのはないだろうか。

 山手線を高田馬場で降りる。改札を抜けて早稲田口から駅を出ると、スーツを着た若い男性が歩道の片隅に立っていてなぜか目が合った。スリムな体型のその若者は、意外なことにこちらを見て何か言いたそうな顔をしているのだ。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 いったいどういうことなのか。一番考えられるのは人違いだろう。この界隈には通行人をその種の店(!?)に勧誘する“路上キャッチ”も出現するのだが、この若者はそうした者にはまったく見えなかった。やはり誰か他の者と勘違いしていそうだ。

 若者は胸の前で何かサインボード的な掲示物を抱えていたのだが、近づいたついでに掲示をよく見てみると、そこにはハングル語の文字と共に左向きの矢印が記されてあった。ハングル語は読めないが、それがハングル語であることはわかる。

 ……なるほど。ということはこの近くで韓国の人々が集う何らかの集会かイベントがあるということだろう。この若者は案内係として、最寄り駅である高田馬場にやって来た参加者たちのためにここに立っているに違いない。ということは自分はその集会の参加者に間違われたということにもなる。自分によく似た人がいるのだろうか。

 若者がまだ人違いをしているのかどうかはわからなかったが、実際に話しかけられることはなく早稲田通りに沿って右折しその場を離れることになった。この後は歩いて部屋に戻るだけだが、午後2時過ぎということもあり、どこかで何かを食べて帰ってもよかった。早稲田通りを渡ったところにある「さかえ通り商店街」に足を運ぶことにする。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 これからこの近くで開催されるであろう、韓国の人々の集まりがいったいどんなものなのか、想像の糸口さえつかめない感じではあるが、“案内係”の若い男性の佇まいからすれば少なくともサブカルや音楽などのエンタメ系の集いではなさそうな感じはする。“案内係”がいるということは、きっとそれなりに初参加の者も多いのだろう。

 しかし門外漢の自分にはそれ以上の想像はまったくできない。首都圏在住の韓国人留学生の集いなのか、何らかの趣味のサークルなのか、あるいは韓国コミュニティの中での“合コン”(!?)なのか、それとも何らかの宗教や政治に関するものなのか……。これ以上考えを巡らせてみても詮無いことだろう。

日常で身近な“多様性”に触れているほど生活の満足度が高い

 商店街を歩く。昼時ということもあるのか若者の姿が目立つ。留学生らしき外国人の若者も多い。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 生まれ育ちや職業などによって我々は意識するしないに関わらず何らかの属性を持ち、ある程度限定された人間関係の中で社会生活を送っている。ある程度限定された人間関係というのはひとまず安心できるものの、目新しさに欠け、場合によっては“イノベーション”を阻むものにもなるかもしれない。

 ややもすれば代わり映えのしない日々の生活に飽きて時には旅行に行きたくなったりもするのだろうが、限定された関係性の外に目を向けてみれば、さっきの韓国の人たちの集まりのような“多様性”が実は身近にあったということにもなる。

 この場所で毎日同じような生活を送っていても、各種の属性や条件が異なれば自分の人生では想像もつかないような“生き方”がすぐそこにあるということだろう。まさに“多様性”は足元にもあるのだ。

 もちろんすぐそばにあるからといって、たとえば自分が何の考えもなしにどこかのコミュニティやサークルなどに参加することはないのだが、そうしたものの存在を知ったり触れてみたりすることで、日々の生活はずいぶん刺激のあるものにもなりそうだ。

 移動がままならないコロナ禍においても、身近な“多様性”に触れることで日々の生活の満足度が改善されることが最近の研究でも報告されていて興味深い。旅がメンタルに及ぼす効能は長い距離を移動することにあるのではなく、新たに訪れる場所のバリエーションにあるというのだ。


「Nature Neuroscience」の論文で、研究者たちは次の質問を調査しました。人間の日常の経験の多様性は、よりポジティブな感情状態に関連していますか?

 そのために、彼らはニューヨークとマイアミの参加者のGPSトラッキングを3~4ヵ月間実施し、テキストメッセージで被験者にこの期間中のポジティブとネガティブな感情状態について報告するように依頼しました。

 結果は、人々が物理的な場所の変動が大きい日、つまり1日に多くの場所を訪れ、これらの場所全体で相応しい公正な時間を過ごした日には、「幸せ」、「興奮」、「強さ」、「リラックス」および/または「集中力」を報告しました。

※「New York University」より引用


 米・ニューヨーク大学とマイアミ大学の合同研究チームが2020年5月に「Nature Neuroscience」で発表した研究では、新しく多様な経験は生活の満足度の向上に関連しており、さらにこの関係性は脳活動にもあらわれていることが報告されている。我々の日常の物理的環境と我々の幸福感との間のこれまで知られていなかった関係が明らかになったのだ。

 実験ではニューヨークとマイアミの両方の都市で数ヵ月にわたって122人の行動をGPSで記録し、毎日その日の気分を報告してもらった。分析の結果、日常の行動が多岐に及んでいる者ほど幸せを感じる可能性が高いことが突き止められたのだ。つまり単なる移動距離ではなく、初めて訪れる場所を含めていろんな場所に出入りしている者ほど、生活の満足度が高かったのである。

 また参加者の半数はラボで脳のMRIスキャンを受けたのだが、日頃から多様な経験を体験している者は、脳の海馬と線条体の活動において強い相関関係が示された。これらはそれぞれ有益な、または主観的に前向きな経験をもたらす新規性と報酬の処理に関連する脳の領域である。

 コロナ禍にあって行動を制限されている中にあっても、身近な場所で“多様性”に触れている者はそのぶん充実した生活を送っているのだ。

“多様性”に身を浸して中華料理を堪能する

 さかえ通り商店街をさらに進む。商店街といっても事実上は飲食店街で、ありとあらゆるジャンルの店が軒を連ねている。

 しかしやや不思議に思えるのは、こうした商店街にはつきものの回転寿司の店と立ち食いそば(もちろん実際には立ち食いではないが)の店が現在ないことだ。かつては回転寿司の店があって繁盛していたように見えていたのだが、どういうわけか相次いで撤退している。同じくファストフードとしてのそば店もどういうわけか根付かない。

 街の“新陳代謝”はある意味では当然のことだが、この通りでも最近増えているのは外国人経営の店だ。中華料理店やインド=ネパール料理店をはじめ、ミャンマー料理店やトルコ料理のケバブ店などもある。その意味では“多様性”に満ちた商店街だ。

 食べて帰るならさっさとどこかの店に入ろう。このまま歩き続けていれば商店街の終点まできてしまう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 目立つ黄色い看板の店が気になる。2階にある店のようだ。看板には店名と可愛いコックさんのイラストと共に「本格湖南料理」とある。ランチタイムのメニューを記したボードが入口の階段近くに置かれている。入ってみよう。

 店内は想像していたよりも広い。すべてテーブル席で、そこそこ高級な中華料理店という感じである。内装も手が込んでいる。

 中国人の店員さんに4人掛けの席に案内されると、ランチタイムは水などはセルフサービスだと教えられる。給水器の近くに大きな容器に入った煮汁に浸かった味付けゆで玉子が置いてあり、好きなだけ食べていいということだ。

 ランチメニューだけで17種類もあるメニューはどんな料理なのか想像できないものも多いのだが、今の気分ではあっさりめのものが食べたくて、エビと野菜を玉子で炒めた料理を注文した。席を立ち、水と共に味付けゆで玉子を1つ小皿に乗せて席に運ぶ。

 ……店内は若者ばかりでけっこうな人気店だ。2人組の客が多く、いずれも中国語を話している。1人客もちらほらいるのだが、その人たちも店員さんには中国語で注文していることから、どうやらほぼ確実に今この場にいる日本人は自分1人のようだ。まさにバーチャル海外旅行である。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 料理が運ばれてきた。見た目からして美味しそうだ。そして口に運べば実際に美味しい。もっと辛くてインパクトがある味なのかという気もしていたのだが、いたってやさしい味つけである。ちなみにご飯はお代わり無料だ。

 ご存知のように高田馬場は東京を代表する学生街であり、大学はもちろん専門学校や日本語学校も多く、ここに通う学生の半数くらいは留学生ではないかという印象すらある。街を歩けば中国語やベトナム語で語り合う若者たちがどこにでもいるという感じだ。

 当然、彼らにしてみれば同国人が経営している飲食店に足を運びやすくはなるだろう。そしてこのような事実上の海外旅行を体験できる店はこの近くにもたぶんいくつもあるに違いない。まさに身近な“多様性”である。

 玉子炒めにはエビもけっこう入っている。思わずご飯がすすんでしまうが、今日のところはお代わりはしないでおこう。日本語が一切聞こえない環境で食事をするというのは自分を含めて多くにとって新鮮な体験となる。変わり映えのしない生活の中、今後もこうした身近にある“多様性”の中に折に触れて身を浸してみたいものだ。

文/仲田しんじ

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