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人は何を忘れ、何を憶えているのか?

2021.06.18

 運が悪いとしか言いようがない。地下鉄の出入口を出ると、すぐ前方に歩きタバコをしている者がいた。前方からの弱い風に運ばれてきた煙の直撃を受けてしまう。このご時世でマスクをしているが、それでもタバコ特有の煙の匂いが鼻につく。勘弁願いたいものだ。

西巣鴨から白山通り沿いを歩く

 板橋本町から乗った都営地下鉄三田線を西巣鴨で降りた。時間があるので巣鴨まで一駅分歩いてみたかったのだ。地上に出ると快晴の空が広がっている。暑い。時刻は午後3時近くになっていたが、この後気温は30度近くまで上がるのかもしれない。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 白山通りの広い歩道を巣鴨駅方面へ歩く。それにしても運が悪かったのは、駅の出入口を出た矢先に歩きタバコの喫煙者に出くわしてしまったことだ。予期していなかったことだったので、煙を避けきれずに少し浴びてしまった。最悪だ。

 歩く速度を上げて問題の人物を追い越す。追い越す際にはじゅうぶんな間隔を空けた。この歩道が広いのがせめてもの救いだ。

 西巣鴨で降りていなければこんな目にも合わなかったのだろうが、起きてしまったことは仕方がない。気を取り直して街歩きを楽しむことにしたい。

 もうずいぶん前から世界的に禁煙化の流れが加速しているのに、歩きタバコがいまだに散見されるのは呆れるばかりだ。路上への吸い殻のポイ捨てもなかなかなくならない。

 もちろん昔からタバコは身体に害を及ぼすものであったが、戦後の日本社会ではほぼ全面的に許容されてきた時期も長い。戦後の日本にこれほどタバコが浸透した理由の1つに、政府が多くの戦争未亡人にタバコの小売りの許可を率先して与えたという経緯もあるようだ。

 つまり戦争未亡人の生活の安定に加え、国家の税収のためにも戦後経済においてタバコがひとつの解決策になっていたことになる。敗戦からの復興のためにも、タバコが広く普及することになったのだ。

 この知識は最初はある博識な人物から伝え聞いたもので、その後自分なりに少し調べてみて得た知見である。話を聞いたのは10年以上も前のことで、偶然にもこの近くの巣鴨の飲食店でのことであった。そういえば彼は今どうしているのだろうか。

 彼はその時期に定期的に一緒に仕事をしていた編集者で、編集部がこの近くにあった。何かの折にこの話を聞かされたのは、おそらく巣鴨の地蔵通り商店街にある某食堂であったように思う。一緒に仕事をしなくなってからは久しく経つのだが、その編集部は数年前になくなっていて、彼が今どうしているのかが少し気になった。

 そういえば遅い昼飯にしてみてもよかった。巣鴨駅に着く前にどこかで食べてもいいのだろう。

人は何を忘れ、何を憶えているのか

 とりあえず白山通りを先へ進む。左に曲がって一区画進めば通称“おばあちゃんの原宿”である地蔵通り商店街が伸びていて飲食店もよりどりみどりなのだが、人通りの多いところで食べるのは今はなんとなく気が進まない。このまま先を行こう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 この戦争未亡人の話は、タバコについて考えればこうしてすぐに浮かんでくるほどに印象的なものであるのだが、この話を聞かされた時の状況についてはあまり思い出せない。

 この話を聞いた飲食店についてはほぼ間違いないと思われるのだが、一緒に昼飯を食べた時だったのか、それとも仕事終わりに瓶ビールを飲みながらだったのかが判然としないし、その時の自分と彼がどんな格好だったかのかもよくわからない。しかし当時その食堂で注文していたメニューはだいたい決まっていたので、何を飲んで食べていたのかはなんとなく思いつく。

 とはいっても、こうしてその話の内容についてはかなりはっきり憶えているというのも不思議なことだ。最近の研究でも、我々は何を忘れ、何を憶えているのかが解き明かされていて興味深い。


 どのような情報が時間の経過とともに記憶に保持され、どの部分が失われますか? これらの質問は何年にもわたって多くの科学理論につながり、現在グラスゴー大学とバーミンガム大学の研究者チームがいくつかの答えを提供することができました。

「Nature Communications」で本日発表された彼らの新しい研究は、私たちの記憶が時間の経過とともに鮮度が落ち、詳細になり、最終的には中心的な要点だけが保存されることを示しています。さらに私たちが最近の経験を頻繁に思い出すとき、私たちの記憶のこの「要点化」は増進されます。

この研究は、心的外傷後ストレス障害の記憶の性質、目撃証言の繰り返しの質問、さらには試験勉強のベストプラクティスなど、多くの分野に影響を与える可能性があります。

※「University of Birmingham」より引用


 英・グラスゴー大学とバーミンガム大学、独・マックスプランク研究所の合同研究チームが2021年5月に「Nature Communications」で発表した研究では、実験を通じて我々は意味のあるものをよりよく記憶し、思い返すほどにその意味が深まっていくことを報告している。過去に出会った意味深い内容についてはよく憶えていて、なおかつよく何度も思い返しているというのである。

 実験参加者はパソコン上で単語(動詞)と画像のペアをいくつか記憶することが課された。その後、憶えた単語と画像のペアをできるだけ早く思い出すテストが課題の直後と2日後に行われてデータが収集された。

 データを分析すると、反応時間において参加者は画像のビジュアルによる知覚的要素よりも、単語の意味的要素を想起するのが速いことが示されたのだ。そして2日後のテストでは知覚的記憶と意味的記憶の反応時間のギャップはさらに広がったのだ。時間が経つほどに意味ある内容のほうがまず思い出され、ビジュアル的な記憶は薄れていくのである。

 巣鴨の食堂で聞かされた戦争未亡人の話はよく憶えてはいるが、その時のビジュアル的な詳細について覚束ないのは、こうした記憶のメカニズムからすればある意味で当然であったことになる。

十割そばの鴨せいろに舌鼓を打つ

 白山通りのこの一帯はマンションが立ち並ぶ住宅街だ。交通量はそれなりに多いものの片道三車線以上ある通りの車の流れはスムーズで騒音も少ない。

 前方のマンションの一階にポツンと飲食店が店を構えている。少し突き出た白い看板に「そば処」の文字を認める。「十割」の表記もあり、この店が十割そばの店であることがわかる。そばを食べるという案もいいだろう。外でそばを食べるのは2ヵ月ほど前の神保町以来だ。

 店頭に券売機が置かれている。けっこうメニューが豊富で迷ってしまう。丼とのセットメニューもある。またいくつかのメニューは券売機にはなく、店内で現金で支払うようにとの旨が記されている。ざっと眺めてから券売機に千円札を投入して「鴨せいろ」のボタンを押した。

 店内に入る。思っていたよりも狭くL字のカウンターのみだ。中途半端な時間ではあるが先客が1人いた。やや奥の方の席に着かせてもらい、店の人に食券を渡す。

 天井に近いところに吊られてあるテレビでは民放のワイドショー番組が流れている。背後の壁の上部には本棚が据え付けられていて、漫画の単行本がぎっしりと並んでいる。そば屋で漫画の単行本というのも珍しいのではないだろうか。ひょっとするとコロナ禍前には天ぷらなどを肴に酒を飲みながらマンガを読む常連客などがいたのかもしれない。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 さっそく鴨せいろがやって来る。卓上に置いてある唐辛子をつけ汁に散らしてからそばを浸してひと口啜る。十割そばの特徴ということになるのか、モチモチした麺が噛み応えがあり美味しい。すぐに飲み込んでしまうのがもったいなく思えてもくる。

 券売機には麺の大盛り券もあったのは把握していたのだが、初回のことなので普通にしてみた。しかしこれなら大盛りにしても美味しく完食できるだろう。次に来る機会があれば大盛りにしてみたい。

 そばで思い出したが、戦争未亡人の話をしてくれた彼とはそば屋にも一緒に入ったことがあることを思い出した。もちろんこの店ではなく、もっと巣鴨駅に近いところにあるそば屋だ。

 しかしながらそのそば屋では何の話をしたのかは思い出せない。ということはあまり意味のない他愛ない話かルーティン化している仕事の話だったのだろう。今回の研究でも、我々は将来役に立ちそうなことを優先的に記憶していることが示されているのだ。そしてむしろ我々は意味のありそうな体験や物事から、教訓や格言を得たいと望んでいるのだという。

 逆にナンセンスで何の教訓にもならないことはさっさと忘れてしまうのだとすれば、我々もなかなかドライで冷徹にできているものである。

 そばはあっという間に減っていく。まさに日本のファストフードである。それにしても巣鴨に来るといろんなことが思い出されてくるものだ。さて、そばも美味しく頂いたし帰るとしようか。

文/仲田しんじ

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