
久しぶりにコレクター(は自称で、人はオタクと呼ぶ。という日本語の使い方は時代遅れのようで、今時のオタクはポジティブな表現らしい。)の血が騒いでしまった。中古シングル盤2枚ご購入で、約4万円なり。
その伏線は、2月13日に開催した「天国への階段」聴きまくりのイベントだ。来場者とともに、『永遠の詩(狂熱のライヴ)』で6通り、『BBCライヴ』で2通り、『Ⅳ』で3通りの「天国への階段」を聴き比べた(詳しくは、こちらの記事を)。
『Ⅳ』で聴く「天国への階段」なら、USマト1の音が一番というのが大方の感想で、僕も同意見だった。さてイベント終了後に雑談していると、日本屈指のビートルズ・コレクター氏曰く、「シングルを聴いたことがありますが、太い音でしたよ」。「天国への階段」はシングルカットされていないが、アメリカではラジオ局に配るために、プロモーション・シングルが制作された。僕も中古レコード店やebayの出品で存在は知っていたが、高額すぎて買おうと思ったことはない。しかし『Ⅳ』はUSマト1が一番と結論づけた後に、USプロモ・シングルの音が太いと聞くと、オタクの性で食指が動いてしまう。
それから約1ヶ月後、目の毒と意図的に避けているebayと中古レコード売買サイトDiscogsを久しぶりに見た。シングル「天国への階段」、あるかな? ebayにはないが、Discogsにはあった。状態はNM(ニア・ミント)。説明に“appears to have never been played”とある。価格は約25000円だが、Discogsの販売履歴には、最高で16894円、最低で4033円、中間点で9537円とある。高過ぎか? さらにあれこれ検索して、USプロモ・シングルには、片面モノラル片面ステレオと、両面ステレオ(同じ録音)の2種類があることが判明した。この出品は、両面ステレオ盤だ。
USプロモ・シングルの「天国への階段」。両面ともラベルに手書きの罰点が。ノイズは全く入らず、“appears to have never been played”かもだ。
両面同じ録音とは無駄な気もするし、相場的には高い。しかも市場に出るプロモ・シングルは、ラジオ局がかけまくったレコードのはずだ。しかるに“appears to have never been played”である。良好コンディションで、太い音を聴けるなら、これは買うしかないか……。
と逡巡しながら、この売り手の他の出品を見てみた。すると「胸いっぱいの愛を」のプロモ盤も出品している。こちらもNMの約13000円で、説明はなんと“Unbelievable UNPLAYED DJ pressing”だ。appearsではなく、UNPLAYED! USシングルの「胸いっぱいの愛を」は持っているが、市販盤だ。もちろんマト1ではなく、全米4位になるほど売れたシングルの1枚に過ぎない。片や、UNPLAYEDのプロモ盤だ。さらに片面はロング・ヴァージョンの5分33秒、もう片面はショート・ヴァージョンの3分12秒。ショート・ヴァージョンは、当時としては5分以上の曲はラジオでかけるには長いので短く編集したと思われる。どんな編集なのか聴いてみたいとオタクの血が騒ぐ。
というわけで、2枚とも買ってしまった。送料込みで、4万円強なり。コロナで今年の釣行は0、外飲みもほとんどしていない。そのお金を回したと思えば問題なし、と大義名分も立てた。
到着するや、早速試聴だ。「天国への階段」USプロモ盤、見ただけで“appears to have never been played”と判断できるほど目利きではないが、確かに見た目の状態はいい。聴き始めるや、すぐに“あれ?”と思った。音が弱々しい。元気がないと言ってもいい。こっちの面はラジオでかけまくったのではと、反対面をかける。やはり同様に、パッとしない。こんな音ではないぞと、USマト1『Ⅳ』の「天国への階段」を聴く。これぞツェッペリン・サウンド! 力強くメリハリがあり、輝いている。この雲泥の音質差はなぜ? “太い”の“ふ”の字もないぞ?
USプロモ・シングルの「胸いっぱいの愛を」。ショート・ヴァージョンは、間奏パートと終盤をカット。味も素っ気もない。
では「胸いっぱいの愛を」は、どうだろう? やはり見た目で“Unbelievable UNPLAYED DJ pressing”と判断できるスキルはないが、艶々の傷なし盤だ。針を落とすと、いきなりヘヴィーに鳴り響く。弱々しい「天国への階段」とは全く次元が違う。引き込まれるようにキレのある音で、ハード・ロックの王者レッド・ツェッペリンここにありだ。ただしノイズが入り、UNPLAYEDとは思えない。いや、それ以前に妙だ。楽器もヴォーカルも、2本のスピーカーの真ん中からしか聴こえてこない。モノラル録音?
US市販盤「胸いっぱいの愛を」。穴なきカット盤を約4600円で購入。
所有の市販シングルを聴いてみる。同じボリュームなのに、プロモ盤より音が小さい。音圧が、かなり劣る。そしてこちらも、左右の分離感がない。ラベルにはステレオともモノラルとも書かれていないが、これもモノラルだと思う。アルバム『Ⅱ』のモノラルはないはずだが、シングル「胸いっぱいの愛を」はどうやら両方あるようだ。
RLの刻印がRLカットの証。凄腕カッティング・エンジニア、ロバート・ラディックが手がけた貴重盤。約8500円で購入したが、今や状態がよければ5万円級?
では轟音との誉れ高い最強のUSマト1、RLカットの『Ⅱ』収録「胸いっぱいの愛を」と比べてみる。音の太さや切れ込みの鋭さは、USプロモ・シングルが勝ると思う。自宅ゆえ大音量では聴けないが、音が大きいほどその差がはっきりするのではないか。プロモ盤、恐るべし。しかし、サイケデリックなトリップ感こそ、「胸いっぱいの愛を」の聴きどころだ。いかに音が良くても、モノラルでは物足りないだろう。
USプロモ・シングルの「ロックンロール」。ステレオ面。約16000円で購入。
それにしても「天国の階段」のダメぶりは何故かと思案していると、名案が浮かんだ。僕は「ロックンロール」のUSプロモ・シングルを持っている。片面ステレオ、片面モノラルだ。久しぶりに聴いてみよう。ステレオの「ロックンロール」、「天国への階段」と同じく悲しい音だった。ところがモノラルでは、音世界が一変する。太い! 切れる! 華やぐ! USマト1『Ⅳ』収録の「ロックンロール」も聴いてみたが、「胸いっぱいの愛を」のようにステレオ感が肝になる曲ではないので、プロモ・シングルに軍配が上がる。
さて、ここで気づいた。USプロモ・シングル、ステレオ録音は線が細いがモノラル録音となると太い。前述のビートルズ・コレクター氏が聴いて太かった「天国への階段」は、モノラルだったのではないか。こう考えると、辻褄が合う。僕は2種類の「天国への階段」USプロモ・シングルのうち、はずれに大枚を叩いてしまったのだ。不覚なり……。
かくなる上は何が何でもモノラル・プロモを、となるのが僕なのだが、今回はそういう気持ちは湧かなかった。モノラル針で再生できる環境にあれば違ったと思うが、ステレオ針でのモノラル再生の限界なのか、「胸いっぱいの愛を」でも「ロックンロール」でも、モノラルの方が圧倒的にいい音、というレベルではなかった。見方を変えれば、『Ⅱ』は最強マト1のRLカット、『Ⅳ』もUKマト1に勝るUSマト1と、アルバムの音質がそもそも秀逸ということになる。アナログを究めるならマト1の道と、改めて実感した。
US市販盤モノラル「グッド・タイムス・バッド・タイムス」。約8000円で購入。
最後になるが、ついでに所有のUS市販盤モノラル「グッド・タイムス・バッド・タイムス」と、USマト1『Ⅰ』収録の「グッド・タイムス・バッド・タイムス」を聴き比べてみた。『Ⅰ』はPR工場生産のマトCで、僕の持つ全てのツェッペリン作品UK/USマト1の中で最強の轟爆音だ。生まれて初めてロックを聴く幼稚園児でも、その圧倒的な音の迫力には驚くと確信している(左右のチャンネルが逆という致命的な欠点を持つが、これしか聴かなければ気づかない)。結果はさすがのモノラルも、轟爆音『Ⅰ』の敵ではなかった。そして聴いたことはないが、プロモ・シングルのモノラルだとしても、敵わないと僕は思う。そのくらい、PR工場生産のマトC『Ⅰ』の音は凄いのだ。
文/斎藤好一(元DIME編集長)
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