「サイボーグ」と聞くと、読者は何を想像するだろう。多くの人が、ターミネーターやロボコップなどのSF映画やサイボーグ009、ARMSなどの漫画で登場するサイボーグを思い浮かべるかもしれない。いや、実は、サイボーグという言葉は耳にしたことがあるが、実はよくわからない、そんな方もいらっしゃるのではないか。
実は、今やサイボーグは、フィクションの世界ではなく、現実に存在し、研究開発が進められ進化し続けている、そんな技術だ。
ちなみに、「サイボーグ」とは、ヒトなどの生命体と自動制御系、機械系の技術を融合させた人工物を指す。ではこのサイボーグの技術を使えば、どのようなことができるのだろうか、どんな未来が待っているのだろうか。こんな未来感満載の技術を手がけるすごいベンチャーが日本には存在する。それが、株式会社メルティンMMI(以下、MELTIN)だ。今回は、そんなMELTINを紹介したいと思う。
MELTINが手がけるサイボーグ技術とは?
まず、MELTINを紹介しよう。MELTINは、サイボーグ技術を手がける日本のベンチャーだ。代表取締役は粕谷昌宏氏。粕谷氏が博士課程在学中に設立したという。そして、博士号を持つ粕谷氏の経歴もすごい。2011年には日本ロボット学会研究奨励賞を受賞、2018年にはForbesより世界の注目すべきアジアの30人として選出されている。
株式会社メルティンMMIの代表取締役 粕谷昌宏氏
(出典:MELTIN)
では、具体的にどのような技術を開発しているのだろうか。
MELTINのホームページを訪れると、Our Visionには、こんな目を惹く一文がある。
「MELTINが目指すのは、サイボーグ技術によって身体と機械が溶け合い、人間の「創造性」が無限に発揮される未来です。」
ワクワクしてこないだろうか。このような未来を目指すために、MELTINでは、「生体信号処理」と「ロボット機構制御」の2つのコアテクノロジーを手がけているのだ。この2つのコアテクノロジーによって、“身体と機械が溶け合う”部分を実現するのだ。
少し詳しくみていこう。まず、この「生体信号処理」がすごい。生体信号とは、生物の体を流れている電気信号のこと。例えば、脳から神経を通して人間の四肢である両手、両足を動かし、逆に五感を脳に伝えている電気信号などのこと。MELTINでは、独自の生体信号処理アルゴリズムを開発することで、多彩な生体信号を高精度かつリアルタイムでセンシングし、解析できるのだ。
それによって、従来では非常に難しかった手指の動きを、生体信号のみから復元することができる。「グー」や「パー」を正確に識別することはもちろん、「チョキ」の動作に加えて、手首をそらしたりといった10種類以上の複雑な動作を瞬時に識別することができる。さらに複数の動作の組み合わせにも対応し、「手首を曲げながら手指を曲げる」といった複合的な動作も識別でき、特別な訓練をすることなく、直感的に機械に意図を伝えることができるのだ。
この「生体信号処理」テクノロジーを用いた機器の一つとして義手を開発している。自分の手がなくとも、生体信号を使って自分の手のように直感的に操作できる義手だ。以下に紹介する動画を見ると、この義手の滑らかで力強い動作に驚く。動画では、ある程度の重みのある板の中央部に取り付けられた把手を義手が掴んで持ち上げるシーンが映されている。この把手は、U字のもの、厚みのある板、薄くて小さい板状のもの、円筒型のスポンジ、紐などが用意されているが、全ての把手について義手は掴に持ち上げている。その他にも、洗濯バサミを挟む動作、複数のスプーンやフォークが置かれた狭い窪みのあるトレイから1本のスプーンのみを選択的に取る動作も映されている。
MELTINが開発した義手の動画はこちら
そして、「ロボット機構制御」。MELTINでは、人の筋肉と腱の構造を徹底的に調べ上げ、大きさや重さも含め、ヒトの手に限りなく近いロボットハンドを開発した。このロボットハンドは、卵を割らないようにつかんだり、ラップトップをつまんで持ち上げたり、500mlのペットボトルをシェイクしたりと、繊細かつ力強い動作、そして複雑な動作まで実現している。
人の手の動きを模倣するMELTANT-α
(出典:MELTIN)
この「ロボット機構制御」のテクノロジーによって実現されたのが、アバターの「MELTANT-α」。百聞は一件にしかず、以下のYoutubeにアップされている動画をぜひご覧いただきたい。
MELTANT-αの動画はこちら
では、このMELTINのサイボーグ技術が、現在どのような分野で始動しているのだろうか。次で見ていこう!
医療分野や危険作業現場での活躍を目指す!新しい産業の創出や人材育成、地域再生にまで
まず医療分野が挙げられる。上肢麻痺症状のある脳卒中慢性期の患者さんに、ロボット機器を用いたニューロリハビリテーションの臨床効果の検証を実施している。これは順天堂大学との共同研究で、装着型の上肢機能訓練用ロボットを使っている。
上肢機能訓練用ロボットを使ったリハビリの様子
(出典:MELTIN)
他には、危険作業現場がある。例えば、建設業界では、高齢化により高い技能者が退職をむかえたり、そして肉体労働という過酷な労働環境であったりすることなどから、この分野での労働力の不足は深刻だ。そこで、MELTINでは、開発した次世代実証実験用モデルMELTANT-βを活用。MELTANT -βは、MELTANT -αに比べハンド部分の汎用性、ロバスト性、機動性、操作性など多面的に機能を向上しつつ、粉塵など環境対応も果たしたモデルだ。
MELTANT-βの導入で、労働力の減少を防ぎ、生産性の向上につなげる。このMELTANT-βによって、安全で快適な環境下で作業ができるようになったり、高齢化した専門技能者でも遠隔操作で従事できたり、後進の教育・育成にもつながったりと貢献度が高い。このように将来1人の操作者が、遠く離れた複数現場のアバターを切り替えることで、マルチタスクを実施できるので、リソースの最適化が図られるのだ。
建設現場で活躍するMELTANT-β
(出典:MELTIN)
MELTANT-βの動画はこちら
また、東日本大震災後の「福島県復興計画」に基づいた国家プロジェクトである「福島イノベーション・コースト構想」の重点分野に係る実用化開発等に取り組む企業としてもMELTINは採択されている。福島の地元企業と連携しながらロボットを活用した新産業の創出や人材育成を行い、地域再生にも貢献しているのだ。
日本が国として進める未来のサイバネティック・アバターの世界とは?
サイボーグ技術は、未来の分野でどのように利用される可能性があるだろうか。
日本の国として進める事業を紹介しよう。それは、国立研究開発法人科学技術振興機構JSTが目標1を担当するムーンショット型研究開発事業だ。目標1において、「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」というものがある。これは、サイボーグやアバターとして知られる一連の技術を高度に活用し、人の身体的能力、認知能力及び知覚能力を拡張するサイバネティック・アバター技術を、社会通念を踏まえながら研究開発を推進しようというものだ。ちなみにムーンショットとは、理想化された未来の社会を構築するために、困難で実現すれば大きなインパクトをもたらす壮大な目標や挑戦のこと。
具体的にどんな未来像を描くことができるだろうか。
サイバネティック・アバターによる高度な情報結合の結果、自分の身体と機械、ひいては他人の身体との境界線が曖昧になるので、それによって同じような”感覚”を共有できるので、自分の活動範囲に制限がなくなるのである。例えばどういうことだろうか。
まずは、エンタテインメントの分野を考えてみよう。コンサート会場やスポーツ観戦は、従来のような観客席から少し離れて楽しむというスタイルではなく、選手の視覚を共有し、選手の感じている感覚を自分も感じ、あたかも自分が競技を行っているかのような臨場感で参加するスタイルが確立されるかもしれない。
宇宙ビジネスの分野でも考えられるだろう。宇宙ホテルを例にしよう。地球にいながら、宇宙ホテルのスタッフ業務をアバターを通じて実施されるようになるだろう。他にも宇宙ステーションや月面都市の建設作業も考えられる。また、燃料が枯渇した人工衛星に対して燃料を補給する衛星や故障した衛星を修理するロボティクス機能を有した衛星の計画も存在する。この分野にもサイバネティック・アバター技術は欠かせないものになるだろう。
他にも、ナノアバターという体内に取り込むことができるほどのサイズのアバターで、体内に入り込み病気の予防・治療を行なったりすることができるようになるという。また、自然災害時の際に複数の人が千台以上のアバターを操作しながら、危険地帯にて土砂などの除去作業や救出作業を実施することもできる。
このように1人が、同時に10台以上のアバターを操作することによって大規模で複雑なタスクを複数そして遠隔にて作業、実施できるのだ。
2050年のサイバネティック・アバター生活
(出典:JST)
代表取締役の粕谷昌宏氏は、未来のサイボーグ技術について次のように語る。
「これまで人類は、そのすべての活動を身体やその他物理的制約により制限されながら発展してきました。これらの制約がなくなれば、人間の創造性が無限に発揮され、誰もが自分らしく活躍する未来を創ることができると考えています。つまり、サイボーグ技術は、単なる『医療機器』や『アバター』といった製品にとどまらず、社会基盤となっていくと予想しています。また、そのために技術開発だけでなく国際規格化など社会実装活動も平行して行っています」
いかがだろうか。サイバネティック・アバターの未来は、世の中を激変させるすごい技術なのだ。
文/齊田興哉
2004年東北大学大学院工学研究科を修了(工学博士)。同年、宇宙航空研究開発機構JAXAに入社し、人工衛星の2機の開発プロジェクトに従事。2012年日本総合研究所に入社。官公庁、企業向けの宇宙ビジネスのコンサルティングに従事。現在は各メディアの情報発信に力を入れている。
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