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【リーダーはつらいよ】「地域で薬剤師が能動的に医療に携わる仕組みを全国に広げたい」hitotofrom・松岡光洋さん

2021.03.30

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 少子高齢化が加速する日本、深刻な持病や疾病を抱えて家族や介護人もいない、独居暮らしで支援も少ない高齢者は増える一方だ。調剤薬局に薬を受け取りに行けない患者も増加する中、そんなニーズに迫られ誕生したのが、おそらく日本で初めての患者の自宅に薬を届けるベンチャー企業だ。

 株式会社hitotofromまんまる薬局 代表取締役 松岡光洋さん(35)。会社の設立は2018年2月。板橋区、練馬区、豊島区、中野区を中心に現在、患者数500人ほど、その数は増加している。薬剤師とボランチと呼ばれるそのサポート役の2人一組で、月に1300軒ほど患者の自宅を訪問し、薬を届けている。プロのサッカー選手、北九州のクラブのボーイを経て、8年間の調剤薬局での事務員。そんな経歴を持つ松岡さんは、自ら行動する能動的な薬局を目指し、訪問薬剤サービスという新しいビジネスモデルを実現していく。

薬剤師も患者に寄り添いたい

「それはダメだ」

 松岡が社内ベンチャーとしてまとめた訪問薬剤サービスの事業計画に、調剤薬局チェーンの社長は大反対だった。病院の近隣に配された調剤薬局に、1時間で10人お客が来訪するとしたら、訪問サービスで回れるのは1時間に2~3軒程度。コストパフォーマンスの悪さが反対の理由だった。

 だがその一方で、地元の在宅医療専門の診療所から患者宅を訪問し薬を手渡せないかという相談が寄せられていた。それに応えるためにも、社長はこれまでの事務仕事の合間で行うことを条件に、松岡が訪問薬剤サービスのリーダーになることを渋々認めた。

 まず環境作りである。彼は勤務していた板橋区内の調剤薬局の薬剤師たちに呼び掛けた。

「薬局の中だけでなく、能動的に重度の患者さんに対して、薬剤師の価値を発揮することが重要なんじゃないか」

「身体が不自由だったり、重篤な患者さんの中には薬局に来られない人も多い。錠剤か、粉末がいいのか、訪問して患者さん一人一人に合った薬を提供する必要があるんじゃないか」

「在宅医療には看護師も同行するが、看護師は薬の知識が広くない。薬剤師は処方箋の薬に対して疑義紹介を医師にできる」

 薬学部で6年間勉強し、薬剤師の資格を取得したのは、薬局の透明なアクリル板の向こうで、黙々と調剤の作業をするためだけではないはずだ。患者に寄り添い医療に貢献したいという思いを、内に秘めている薬剤師も多いに違いない。自分が職場で信用されているという自負も松岡にはあった。

見えてきた課題

 彼の呼びかけに複数の薬剤師が賛同し、訪問薬剤サービスはスタートする。

「患者さんの暮らしがよく見えるところがいいですね」薬局を飛び出し、患者のもとを訪れた薬剤師から、そんな声が聞こえてきた。

 例えば、訪問したある患者の家の居間には、漢方薬が山のようにあった。処方した薬を服用していないことが一目瞭然だったので、出した薬の効用を丁寧に説明することができた。

 また、ある末期がん患者はオプソという痛み止めの薬を服用していた。この薬は1日6回服用していた。身体が不自由なので入院中は看護師のフォローがあったが、自宅に戻ると独居でサポートする人がいない。1日6回の服用は困難だが、薬剤師の知識を使えば、1日1回貼ることで同じ効果が得られる薬に代えることができた。

 調剤薬局に行けない患者の多さを実感すると同時に、松岡には訪問薬剤サービスを担う薬剤師が輝いて見えた。ところが――

「ある日、薬剤師の女性が泣きながら戻ってきて。ナビ通り行っても訪問先がわからない。駐車場もわからない。指定した時間に遅れてしまい、玄関先で患者さんの息子さんに罵倒されたと。そんなアクシデントから、訪問薬剤サービスの課題が徐々に見えてきました」

 人の家に入ることはある種、勇気がいることだ。中にはアルコール依存症や認知症の患者、複数の疾病を抱える患者もいる。

「社長、お嬢さんを在宅訪問に一人で行かせますか」松岡は思い切ってそんな問いを発した。「一人では行かせないな」薬剤師の娘を持つ勤め先の調剤薬局の社長は即答した。

「薬剤師がもっと活躍できるように、サポーター役を作りましょう」

 社長の許可を得て、彼は薬剤師のサポート役の医療アシスタント役を新設し、ボランチと名付けた。薬剤師とボランチと、2人体制で訪問するシステムを整えたのだ。

 当初は松岡がボランチ役を引き受けたが、彼の同行によって、訪問先で暴言を吐かれる等のトラブルは解消した。薬剤師は女性が多い。用心棒役はもちろん、車の運転や患者や家族、ケアマネや在宅治療を担う医師とのコミュニケーション。ボランチは薬剤師が薬のことに専念できるよう、アシストするのが役目だ。

 松岡の中で訪問薬剤サービスに特化したい思いが高まっていく。「事業としては無理だ」「そんなのは成り立たない」社長や知り合いの反対を押し切り調剤薬局を辞め、訪問薬剤サービスの会社を板橋区内に立ち上げたのは2018年2月。数名の薬剤師が松岡の趣旨に賛同し、設立した会社のメンバーに加わった。

ケアマネージャーとの連携で効率的に営業

――起業するのに、ネックはコストパフォーマンスです。ふつう調剤薬局は仮に1時間に来訪者が10人として、訪問サービスで回れる患者さんは1時間に2~3人。その問題をどう解決したのですか。

「要介護者の介護計画を担当するケアマネージャー(ケアマネ)が在籍するのは、地域の委託支援事業所です。板橋区内だけで委託支援事業所が250カ所以上ある。そこに目を付けたんです」

 彼は事業所を訪ね歩いた。ケアマネに営業を仕掛けたのだ。薬剤師と一緒に事業所を訪ねたことは、信用を得る意味で大きかった。ケアマネは訪問薬剤サービスの話に、身を乗り出すように聞き入った。自分が受け持つ要介護者の中には、自力で薬局に行くことができない人が珍しくなかった。訪問薬剤サービスは必要とされていたのだ。

 ケアマネは一人につき40名の要介護者を担当する。地域差はあるが、一つの事業所にケアマネは3~4人いることが多い。小まめに委託支援事業所を回れば、狭いエリアで数多くの患者を獲得でき、効率的な訪問が可能になる。また、在宅患者に薬を届けるサービスは、薬局で手渡すよりも高い報酬が保険制度に盛り込まれている。起業した翌年には黒字となった。そして現在――。

「所属している薬剤師はパートを含めて14名、患者さんは現在も増えていますが、500名ほどで4台の車で1日に50軒は回っています」

 松岡だけだったボランチも現在は8名。中には高校中退し飲食店等で働き、ボランチの仕事に就いた人間もいる。運転免許証と人の役に立ちたいおもいさえあれば、ボランチは資格、学歴、性別を問わない。運転はもちろん、患者や家族の人間関係等は彼らが担うので、薬剤師は薬のことに集中できる。

 ママさん薬剤師は駅で待ち合わせ、ボランチにピックアップしてもらい、車で患者宅を数軒訪問して薬を調合し、再び駅で降ろしてもらう、そんな働き方も可能だ。

「地域で薬剤師が能動的に医療に携わる。全国にこれを広げたいし、どの地域でも当たり前のシステムにしたいですね」

 大きなニーズを掘り当てた男は、”これは必要なシステムだ!“と、近未来のイメージを描いている。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama

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