
子どもの貧困や虐待、いじめといった問題は深刻化している。対応すべき学校や教師が抱え込んでしまうケースもある中、組織や地域全体で解決していこうとする、スクールソーシャルワーク事業モデルとAIシステムとを組み合わせた新たな仕組みが構築されようとしている。そこで今回は、その取り組みを実施している大阪府立大学の山野則子教授の研究発表より、概要を紹介する。
エビデンスに基づくスクールソーシャルワーク事業モデル
今回、紹介するのは、子どもの貧困や孤立、虐待などの早期発見、早期解決を目指す「エビデンスに基づくスクールソーシャルワーク事業モデル」である。これはJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)RISTEX(社会技術研究開発センター)が推進する戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)「研究開発成果実装支援プログラム」の一つとして、2014年9月~2017年9月に大阪府立大学の山野則子教授によって取り組まれたものだ。
山野教授は、日本学術振興会学術システム研究センター専門研究員、(財)世界人権問題研究センター プロジェクトリーダー、日本子ども家庭福祉学会副会長などを務めており、現在は厚生労働省特別研究「コロナ禍における子どもへの影響と支援方策のための横断的研究」を行っている。
子どもの問題
近年の子どもの問題で、特に深刻となっているのは、児童虐待やいじめによる死亡例の増加、居所不明児童、少年事件など。これらの背景には、母親の孤立や不安があるという。また「貧困と虐待」の関連も報告されている。
山野教授によると、課題となっているのは大きく次の3つだという。
課題1:貧困や孤立が見えない(早期発見、早期対応できない)
課題2:就学後、多様な機関で協働して検討する仕組みがない
課題3:福祉・学校・地域を結ぶ仕事が不明確(教職課程に社会福祉科目を入れる必要性)
簡単に言えば、子どもの問題が発見できないこと、学校組織の内部の問題やスクールソーシャルワーカーの実践が不明確といったことを背景に、地域が互いに連携不足で明確にケアできる仕組みがないことが課題だ。
こうした問題をケアするのは「児童相談所」の役割では? と思われるかもしれないが、児童相談所の対応は義務教育年齢の全校児童数の約1%とされ、15.42%の貧困(就学援助率)や 34.8%(孤立)に対応不可能だという。そのため、子どもが通う学校でいかにケアするかが重要となる。
スクールソーシャルワーカー事業プログラムの全国展開
しかし、学校の担任教師だけでは対応はむずかしいし、気づかないケースもある。そこで、スクールソーシャルワーカーや地域との関わりがカギとなる。
スクールソーシャルワーカーとは、生徒の問題に対し、教員や保護者と協力しながら問題の解決を図る専門職のこと。すでに地域で組織化されており、家庭の虐待問題などの解決に取り組んでいる。
山野教授は前述の子どもの課題解決のために政府に働きかけ、スクールソーシャルワーカーの制度化とガイド作成にかかわってきた。さらに、スクールソーシャルワーカー事業プログラムを開発し、全国教育委員会に働きかけ、全国6ブロックを中心に展開した。
また自治体(教育委員会)とスクールソーシャルワーカーの連携により、実施度のレーダーチャートや効果との相関表データを出すWEBプログラムが開発された。
このWEBプログラムでは、スクールソーシャルワーカーが、自身の実践の経年変化や所属自治体全体の実践との比較をレーダーチャートで確認したり、自治体(教育委員会)が効果や課題の発見をしたりすることができる。
スクールソーシャルワーカー事業プログラムは全国展開され、継続して実施されている。
スクリーニングの重要性
山野教授は、子どもの問題の早期発見のために「スクリーニング」を重要視している。
スクリーニングとは、「全員の子どもたちを確認していくことで、リスクの可能性ある子どもを洗い出し適切な対応を簡単に行えるようにすること」。
文部科学省の資料「スクリーニング活用ガイド」の中で、山野教授は、すべての児童生徒を対象とした、気になる事例を早期に複数メンバーで洗い出す「スクリーニング会議」の定期的な実施と、支援・対応策を検討するための「ケース会議」の実施の必要性を説いている。
スクリーニング会議により、学校保健室の養護教諭や、スクールソーシャルワーカー、スクールカウンセラーなどの違った視点を入れることで、学校教員が違った角度でちょっとした対応を実践することができる。
「スクリーニングシステム(YOSS)AI」の開発
山野教授は、スクリーニング会議に活用できる「スクリーニングシステム(YOSS)AI」の開発も進めている。簡単に言えば、学校とスクールソーシャルワーカーが連携して、子どもの貧困や虐待、いじめなどを早期発見し、早期解決につなげるシステムである。
過去のスクールソーシャルワーカーが実施した「ケア事例」のデータベースに対し、最新のAI(機械学習)技術を用いて熟練者知識ベースを適切に修正する。
タブレットやスマートフォンなどの携帯端末上で実行可能なソフトウェア上で、複数のケアを推奨度付きで支援策を提案してくれる。
提示された支援策には、 熟練者の思考や暗黙知が反映されていることから、熟練者の幅広いノウハウと妥当性の高い支援により、速やかにケアに取り掛かれるのがメリットだ。
これにより、学校の担任一人で抱え込むことがなくなる。山野教授は、ここを主眼に置いているという。スクリーニングシステム(YOSS)AIを使うことで、担任が一人で抱え込むことなく、組織で共有し、どのように対応するのかを明確に決定させることができる。これが、子どもの問題の早期対応につながるという。
取り組みの結果、ある自治体や学校で遅刻・早退が好転したケースでは、70%が校内チーム会議に挙げ、保健室来室が好転したケースでは、複数の教員が関与したのが64%にも上った。また、関西のある小学校では、長欠児童が激減した。例えば2016年度は欠席105日だった6年男児は、2017年度は欠席2日になった。
今後も開発が進められ、さらに改良を重ねていくという。
コロナ禍で、ますます子どもの貧困や虐待、母親の孤立の傾向が高まっているといわれている。このような中、こうした事業モデルやAIシステムは、さらに期待が高まるだろう。
取材・文/石原亜香利