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孤独を解消し生活に意味をもたらす日常生活の中の〝儀式〟の重要性

2021.03.14

 いつもより早起きして向かった取材仕事から解放されると、今朝のちょっとした後悔がよみがえってくる。ささやかな日課である朝の“儀式”ができなかったのだ——。

仕事帰りに江古田駅で降りて地元商店街を歩く

 西武池袋線を江古田駅で降りて南口を出る。ここに降り立つのは何年かぶりである。

 珍しく朝早くから動かなくてはならない取材仕事があり先ほど終わった。けっこう時間がかかり今はもう夕方だ。

 さっきまで練馬駅近くのスタジオにいたのだが、仕事が終わってこれからは急ぎの用事もないこともあり、帰路に江古田で途中下車してみることにしたのだ。江古田にはかなり前に2年ほど住んでいたことがあり率直に懐かしい。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 新しい駅舎は2011年に完成し、早いものでもう10年も経っているが、自分が住んでいた頃はもちろん平地に線路とホームがあるレトロな駅舎であった。この新しい駅舎を見るのは初めてではないが、改めて見回せば駅前の雰囲気はずいぶん変わったように思える。

 駅を出て右にある細い路地に入る。駅舎は立派になったが基本的にこうした路地の構造は変わっていないようだ。それでもナポリタンで有名な老舗の喫茶店が惜しまれる閉店をしたりと、店舗はいろいろと入れ替わっている。この先にあった老舗の大衆居酒屋も2018年に閉店している。

 今朝は目覚ましのアラームで起きたのだが、少しばかり時間を勘違いをしていたことがわかり、急遽慌ただしく部屋を出なければならなくなってしまった。

 普段ならコーヒーを飲んでから、少しばかり腕立て伏せとスクワット、ハンドグリップなどの運動をするのが朝のルーティーンになっているのだが、そうした事情で今朝は行うことができなかった。朝の“儀式”ができなかったのは仕方のないことであり、仕事中はそんなことは気にならなかったが、こうしてひと段落ついてみると軽い後悔が感じられてくる。

 懐かしい路地を先へと進む。書店はまだ健在だ。店の佇まいは昭和の時代から続く“町の本屋”である。通りを進むほどに、この近くに住んでいた当時の自分の慌ただしかった生活が少しよみがえってくる。基本的には平日は職場と自宅の往復だけの毎日で、この街の商店街でゆっくりできたのは休日がメインであったことを思い出す。懐かしさを感じることは確かだが、実はそれほどこの街に“深入り”していたわけではなかったことにも気づかされる。

 それでも少し仕事が早く終わった時など、北口にあった今はなくなってしまった大衆居酒屋でよく1人で飲んでいたことも思い出されてきた。忙しいながらもそれなりにこの街での生活を楽しんではいたのだ。

 朝のルーティンであり“儀式”である筋トレが今朝できなかったことが悔やまれるのだが、最近になってもうひとつ“儀式”が加わっている。それは朝にショウガ入りのみそ汁を飲むことだ。それについても今朝はできなかった。

 インスタントのみそ汁を鍋でひと煮立ちさせ、練りチューブのショウガを多めに入れて溶いたものを毎朝飲むことが新たな習慣になっているのだが、そうなったのも“コロナ禍”が理由だ。免疫力を高める働きのあるショウガをなるべく毎日摂るべく、みそ汁に入れて飲むことを1年ほど前から習慣づけているのだ。コロナによって生まれた新たな生活習慣であり、朝の“儀式”ということになる。

ロックダウン下で重要な働きを担う日常生活の中の“儀式”

 路地を抜けると「江古田銀座」の商店街に出る。住んでいた当時から人気の老舗ラーメン店も健在だ。なかなか人通りも多い。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 商店街を右に進んでみてもよかったのだが、そのまま通りを横切って進むと千川通りに出る。こちらの通りは人よりも車のほうが多い。散歩がてら通りを右に進む。

 通りを歩いているとスポーツウェアに身を包みジョギングしている人物を2人も見かけた。どちらも30代くらいの男性だ。

 夕方ではあるが多くにとってはまだ会社の仕事を切り上げる時間ではなさそうにも思える。この2人の男性はたまたま今日が休みなのか、それとも時間に縛られない働き方をしている人々なのだろうか。

 そこで不図、頭に浮かぶのが“在宅勤務”や“リモートワーク”という言葉である。あくまでも推測に過ぎないがこの2人のジョガーも在宅勤務中の人々であると考えられなくもない。ひょっとすると在宅勤務の日々を送るうちに、このくらいの時間に外を走るのが習慣づいたのかもしれない。とすればそれもまたコロナがもたらした新たな生活習慣ということになるだろう。

 家族と暮らしているならともかく、単身の一人暮らしにとって在宅勤務は何かと孤独を感じやすい働き方になるのかもしれない。ロックダウン下において“孤独”が社会問題化しているともいえるのだが、最新の研究では自粛生活の孤独感を緩和するのに、生活の中での個人的な“儀式”が有効であることを報告している。ロックダウン下の生活の中で、自分なりの日課や個人的で些細な“儀式”が孤独感を払拭するというのである。


 ティーバッグをマグカップに繰り返し浸したり、クリームが挟まれたクッキーを開いてクリームを直接なめたりするなどすることは、パンデミックの隔離生活に対処するのが他の人よりも少し簡単になるかもしれません。

 カリフォルニア大学リバーサイド校主導の研究では、日常のタスクをより意味のあるものにするために独自の“儀式”を採用する人々は、孤独を感じることが少なくなる可能性があることがわかりました。

 カリフォルニア大学リバーサイド校のマーケティング教授であるトーマス・クラマーは、次のように述べています。

「儀式として解釈される限り、特定の方法でお茶を準備するのと同じくらい簡単なことが、体験をより有意義なものにすることができます。これにより人々は孤独を感じることが少なくなります」

※「University of California, Riverside」より引用


 米・カリフォルニア大学リバーサイド校と中国・華東師範大学の合同研究チームが2021年2月に「Journal of Marketing Research」で発表した研究では、調査を通じて消費行動における個人的な“儀式”が日々の生活に意味をもたらし、孤独感を解消する効果があることを報告している。ロックダウン下の自粛生活において、こうした個人的な“儀式”はメンタルヘルスのためにもきわめて重要であるというのだ。

 起床後には必ずコーヒーやお茶を淹れたり、運動を日課にしたりという生活習慣はある種の“儀式”だが、そうした“儀式”の中にはきわめて個人的なものがあったりもする。

 たとえば納豆を食べる時は必ず100回かき混ぜると決めていたり、みそ汁には必ず七味唐辛子を3回振りかけるなど、日常生活の中で独自の“儀式”を持っている人がいるが、今まではこうした特異な行為に注目が集まることはなかった。しかし今日の“コロナ禍”において、こうした日常生活の中の“儀式”が意外なまでに重要な働きをしていることが突き止められたのである。

 研究チームは参加者に調査を行い、孤独感と日常生活の中での“儀式”についての実態を詳しく把握した。すると多くの者は、紅茶のティーバッグをマグカップに繰り返し浸したり、クリームが挟まれたクッキーを開いてクリームを直接なめたりするなどの独特の個人的な“儀式”を持っていることが明らかになったのだ。

 さらに参加者の回答を分析したところ、孤立した生活の中にあっても“儀式”を行うことで孤独感を感じなくなり、生活により意味があると感じられていることもまた浮き彫りになった。朝一番にコーヒーやお茶を淹れたり、納豆を100回かき混ぜたり、みそ汁に七味唐辛子を3回振りかけたりするなどの“儀式”は、孤独感を和らげ、生活に意味をもたらす重要な行為であったのだ。

牛丼を個人的な“儀式”に則って食べる

 特にあてもなく千川通りを歩く。そういえば今日は朝から何も食べていないことに今さらのように気づく。どこかで腹ごなしをしてもいいのだろう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 この街に住んでいた時、若かった自分がどんなものを食べていたのかを思い返してみると、昼食で断トツに多かったのは牛丼であった。チェーン店の牛丼である。

 昼休みはそれなりに貴重な時間だったので、はじめから牛丼に決めていれば時間を無駄にすることはなかった。そしてメニューもほぼ毎回同じで、牛丼の並盛りにみそ汁、サラダ、生玉子であった。生玉子は最初から投入することはぜず、すべての牛肉と共にご飯を半分くらい食べた後、軽く溶いた生玉子を投入して卵かけご飯にして食べるのが常であった。いわば牛丼店における個人的な“儀式”である。ちなみにその当時はまだ“TKG”という言葉はなかった。

 あれほど食べた牛丼だがもう久しく食べていない。当時と異なり勤め人ではなくなったので明確な昼休みがあるわけではなく、昼に外で食べることがめっきり減ってしまったのが大きな原因だ。

 そんなことを思っていると、奇遇にも進行方向の先に某牛丼チェーンの看板が見えてきた。入らない理由は何もない。

 入店して若かりし頃の個人的定番メニューを注文。それに加えて玉ねぎを多めにするトッピングもオーダーする。牛丼はすぐに運ばれてきた。この店の牛丼を食べるのはおそらく3、4年ぶりくらいだ。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 卓上の紅ショウガを乗せてから牛丼をひと口頬張る。確かにこの味だ。一時期は週に3、4回は食べていた味がよみがえってくる。何度食べても飽きない味だ。

 食べ進めると“儀式”の時間がやってくる。生玉子を軽くかき回して牛丼のつゆが残っているご飯に投じる。もちろん醤油などかけるはずはない。さっそくひと口かきこむ。格別である。

 ラーメン店やうどん・そば店と並んで牛丼店も利用客は圧倒的に1人客が多いが、1人で食べていても孤独な思いをすることはないだろう。今回の研究によればそれはこうした店での食事は“儀式”性の高い飲食行為だからということになる。牛丼を食べるという行為は食事であるよりも先に“儀式”なのだ。そしてその行為は1日の中できわめて有意義で意味のある時間なのである。

 久しぶりに訪れたかつて住んでいた街で、久しぶりの牛丼にありつくことができた。これが有意義な体験でないはずがない。

 ……さて、図らずも実現した懐古趣味的な散歩もこのへんで終わりだ。部屋に戻ってからは何はさておき、今朝できなかった筋トレを消化することにしようか。

文/仲田しんじ

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