■連載/ヒット商品開発秘話
柔軟剤が本来の機能以外に提供する便益といえば、消臭や香りづけだが、いま第3の便益「衣類のダメージケア」を提供する新しい柔軟剤が売れている。それはP&Gジャパンの『レノアリセット』のこと。発売から10か月間で800万本出荷されている。
2020年4月に発売された『レノアリセット』は、洗った後の衣類の繊維のダメージを防ぎ、大切な衣類を長持ちさせる『ファイバーケア成分』を配合。襟元や袖口のヨレを防止したり、繊維の表面を滑らかにすることで摩擦を減らし毛羽立ちを抑えたりすることができる。綿素材の衣類の襟元ではヨレを防止するだけではなくヨレを戻すヨレ戻しも実現した。
従来の柔軟剤の便益である消臭と香りづけも踏襲。消臭では『レノア本格消臭』と同じ消臭成分を配合して1日中続く消臭力を実現し、香りづけでは『レノアハピネス』の香り成分を配合した。ヨーロッパ各国などでも販売されている『レノア』ブランドの中にあり、『レノアリセット』は日本で企画され、現時点では日本でのみ販売されている。
(左)ヤマユリ&グリーンブーケの香り
(右)フレッシュローズ&ナチュラルガーデンの香り
消費者インサイトとして明確になった衣類のダメージケア
衣類は洗濯を繰り返すと傷んでいくが、これまでこの課題に有効な手立てを打つことができなかった。同社が主に主婦を対象に4年に1回実施する、洗濯習慣などを調べる量的調査でも、衣類のダメージケアに対する重要度は高いものの満足度が低いことが判明する。
ただ、量的調査だけでは掘り下げが不十分なことから、少人数の消費者をインタビューしニーズを具体化する質的調査を適宜実施。調査を重ねていくことで、衣類を長持ちさせたいというニーズも高いことが判明する。発売の1、2年ほど前から、衣類のダメージケアがインサイトとして明確になった。
調査を積み重ねたことで明らかになった消費者インサイトに対し、同社は柔軟剤でできることを考えるようになった。商品開発につなげるため質的調査を継続し、気になるダメージやダメージが気になるところを明らかにしていくことにした。
衣服のダメージで気になるものとして多く聞かれたのは、Tシャツの襟元などで発生するヨレであった。ほかには、毛玉や毛羽立ちの発生も、気になるダメージとして多く聞かれた。研究開発を担当した研究開発部の井川陽子さんは次のように話す。
「消費者から具体的な話を伺い代表的な衣服のダメージを明らかにしたことで、それを防ぐ処方を組むことにしました。今回、新たに『ファイバーケア成分』を配合したのですが、これをどの程度配合すればより効果を発揮するのかを検証していくことにしました」
累計500人近くが消費者テストに協力
処方については日本の開発担当とヨーロッパの処方を担当する専門家たちが協業し、日本で売り出す商品として適切なものを組んだ。処方はダメージケア、柔らかい肌触り、消臭、香りといった便益ごとに、それぞれ10〜20ほどつくり、実験レベルで効果や安全が確認できるもの合わせて1つの処方として完成させ、日本で検証を行なった。
『ファイバーケア成分』は、これまで継続してきた柔軟剤の研究から得られた、衣類の風合いを良くしたり柔らかく仕上げたりする成分を基に開発されたもの。繊維同士を結び付け伸びたりよれたりしてしまったところを元通りにし、柔軟成分と一緒に作用して繊維の表面を滑らかにして摩擦を防ぎ毛玉や毛羽立ちの発生を抑制する効果がある。衣類ではTシャツ、カットソー、カーディガン、素材では綿、ポリエステルやアクリルを混紡したものに対応できることを目指してつくられた。
実際に使って効果があるのか、どの程度配合すればきちんと効果を発揮するのか、といった点については、2019年4月頃から検証開始。研究所でのテストと消費者テストに分けて行なった。
研究所のテストにも消費者が評価に関わっている。「まずは数十名の消費者に研究所まで来てもらい、洗ったものを見てもらったり触ってもらったりし、感想を聞きます。複数回実施しており、1回につき1つの便益に特化してヒアリングしています」と井川さん。研究所に来てもらうたびに仕上がり、香り、など特定の項目に絞って評価をヒアリングした。「ダメージケアは繰り返し何回も洗濯しないと効果が見えてこないところがありますが、柔軟剤としては1回洗っただけで変わることを見せることにこだわりました。仕上がりの肌触り感の良さや香りといった1回洗っただけで変わったことが実感できるものについても、これらだけを評価してもらうことにしました」と話す。
消費者宅で洗濯時に使ってもらい効果を検証したのは数回。回数を重ねるにつれて規模を拡大し、累計で500人近くから評価してもらった。
襟(左)、袖(中)のダメージの具合と毛玉(右)の発生具合(イメージ)。それぞれの上段の『レノアリセット』不使用時にと比べ『レノアリセット』使用時は、襟はヨレが戻り、袖はヨレが抑えられている。毛玉は目立たない。襟のヨレ戻しは、洗濯でダメージを受けたコットンのTシャツに対し複数回使用して検証。袖のヨレはポリコットン衣類、毛玉はコットン100%のニットを用いて検証が行なわれた
男性にも使える甘すぎない香りを追加
完成した『レノアリセット』はまず、〈フレッシュローズ&ナチュラルガーデンの香り〉〈ヤマユリ&グリーンブーケの香り〉の2つを発売。〈フレッシュパステルブーケの香り〉は2020年9月に追加された。
香りはもともと2種類の予定だったが、発売前の消費者調査で評判がよかったことから、新たに1種類追加することを決定。家族全体で使える甘すぎないものをイメージして、〈フレッシュパステルブーケの香り〉が調香されたという。
「女性向きというイメージを持たれている人が多いことがわかったことから、新たに追加する香りは男性にも使える甘すぎないものを目指しました」と井川さん。調香師にイメージを伝えつくってもらったものを消費者に評価してもらい、高評価だった〈フレッシュパステルブーケの香り〉が採用されることになった。
ダメージケア以外にもシワを抑える効果もアリ
『レノアリセット』は時季に応じて訴求のポイントを変え、広く周知を図った。発売直後はダメージケアを打ち出してヨレ戻しを強調。ある程度商品の認知が浸透してきた夏になると、生地が強くなる、ダメージに強くなる、というように、ヨレ戻しをより具体的な言葉で表現することにした。秋から冬にかけては毛玉や毛羽立ち防止に効果があることを伝え、現在はシワの抑制をメインに訴求している。テレビCMを始めネット広告、ブランドサイト、店頭での訴求と、包括的なコミュニケーション施策を展開する中で意識的に訴求ポイントを変えていった。
シワの抑制もダメージケアの効能の一部だが、発売当初は積極的にコミュニケーションしていなかった。だが、ユーザーからの声にシワができにくくなることが聞かれるようになったことを受け、消費者コミュニケーションに生かすことにした。
「シワ発生の抑制効果は消費者テストの段階からわかっており、高く評価されていました」と話す井川さん。テレビCMでは洗濯物が絡まずスルっと取れるところ、ハンガーの干しジワができないところ、たたみジワができないところの3点で効果があることを伝えるようにした。
干しジワ(左)たたみジワ(中)洗いジワ(右)のシワ抑制効果(イメージ)。それぞれの上段の『レノアリセット』不使用時に比べると、下段の『レノアリセット』使用時はシワが明らかに目立たなくなっている。検証はコットン衣類を用いて行なわれた
取材からわかった『レノアリセット』のヒット要因3
1.新たな便益の提供
今までの柔軟剤にはなかった「衣類のダメージケア」という新たな便益を提供。消費者調査を重ねることで明らかになったインサイトに対し誠実に応えた。
2.求められた性能を実現した新処方
消費者調査から、消費者に関連性の高いダメージの種類、衣類や素材の種類が明確になり、その結果を基に処方を設計。検証を重ねていくことで、求められた性能を発揮するものができた。
3.時季に応じて訴求ポイントを変更
発売当初は衣類のダメージケアを謳い、その後は季節や消費者からの評価の声を踏まえて柔軟に訴求ポイントを変更。商品の理解を深めるコミュニケーションができ、興味や関心を持ってもらうことができた。
『レノアリセット』は海外のP&G開発担当からの注目も高いようで、今後日本以外で発売される可能性もあるかもしれない。グローバルに展開する柔軟剤ブランドの1商品が、日本の消費者インサイトを基に開発され、日本を起点に各国に広がっていくとしたら夢がある。服を長持ちさせたい、大切に着たいと考える多くの人たちに届いてほしいものである。
製品情報
https://www.lenorjapan.jp/ja-jp/lenor-lineup/about-lenor-reset
文/大沢裕司