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人はなぜ、聞き慣れない音声に反応してしまうのか?

2021.02.14

 覆水盆に返らず――。後悔はしたくないものだ。特にこのご時世では、黙って待っていても再びめぐってくるチャンスなど、ほとんどないと考えたほうがよいのだろう。

電車に揺られながら旅の後悔がよみがえってくる

 山手線の電車のドアが開き、大きなスーツケースを抱えた男女のカップルが車内に乗り込んできた。アジア系の人々のように見える。

 日暮里駅ということもあり、明らかに海外から今日本に着いたばかりの人たちだった。このご時世でも国際的な人の流れはわずかながらもあるということだろう。車内でしばらく立ち尽くしていたカップルだったが、電車が動き出してしばらくすると近くのシートに並んで腰を降ろした。電車は新宿方面に向けて走り出す。

 すっかり日が暮れた水曜日の夜、2年前ならラッシュアワーが確実だった車内だが、今ではまばらに座る場所もある。皮肉なものではあるが東京観光のストレスは大幅に緩和され移動しやすくなったともいえるだろう。

 このカップルが観光客なのかどうかはわからないが、個人的には最近はまったく旅とは縁がない。もちろん旅の計画があるわけでもないし今のところはするつもりもない。

 必要に迫られた移動は除き、ここ暫くは旅とは縁遠くなることが決まってしまっているわけだが、そう考えてみればこれまで体験した旅の印象的なシーンがよみがえってきたりもする。

 旅で出会った美味しい店など、いい思いをした経験は当然ながら強く印象に残っているが、それと同じくらい旅の後悔も記憶に強く刻まれてしまうものかもしれない。後で振り返ってみて、旅先で「あの時ああしておけばよかった」と悔やまれることもまた少なくない。まさに覆水盆に返らず、だ。

 カップルは池袋で降りていった。大きなスーツケースを携えた移動も、このご時世ではそれほど難儀することもないだろう。

 ……かつて高知県を旅行して今でも悔やまれるのは、自分でもどうかしていたのか「坂本龍馬記念館」を訪れなかったことだ。運よく天気に恵まれたその日、桂浜の見事な美しい海岸を存分に堪能し、近くの水族館にも入った。その後に坂本龍馬像も写真に収めたのだが、「坂本龍馬記念館」はやり過ごしてしまったのだ。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 この旅の後、テレビやネットで坂本龍馬記念館の話題の耳目にするたびに、あの時どうして行かなかったのか悔やまれるのだが時間は戻せない。もちろん何が何でも行くと決めればいつでも訪れることはできるのだが、そういう話でもないだろう。

 それでも初めて訪れた高知県にはいい思い出はいくつもある。桂浜の景観もそうだし、本場のカツオのたたきも食べ応えがあった。滞在中は昼食でも夜の居酒屋でもカツオのたたきを注文していた。

 カツオのたたきを思い浮かべると、今宵の夕食、正確には酒の肴をどうするかという些末な問題に直面する。居酒屋を含めて飲食店は今は夜8時で閉店してしまうので、さすがにカツオのたたきは望むべくもないが……。

雑踏の中で弁当を売る声が響く

 高田馬場駅で電車を降りる。ラッシュアワー真っ只中の時間だが、駅の利用客は“宣言前”の3割減といった感じだろうか。

 カツオのたたきで思い出したが最近、といっても緊急事態宣言前のことになるが、まさにカツオのたたきを食べ逃したことがあった。たいした話ではないが、この後しばらくはありつくのが難しくなるのであれば、あの時食べておけばよかったという気もしてくる。

 某日、某居酒屋で一人で飲んでいたのだが、明らかに注文ミスでカツオのたたきがやって来たのだ。

 反射的に持ってきた店員さんに頼んでないと告げて料理は戻されたのだが、結果的にはそのまま受け取って賞味してみてもよかったかなと今になって思う。

 注文ミスであったのは明らかで、それというのも箸休め的な「たたきキュウリ」を注文していたのだ。“たたき”違いということだろう。しかしひょっとすると別のお客が頼んだものが席を間違えて来た可能性もなきにしもあらずで、貰いますとも言い難い。

 その時に少しばかり食指を動かされたカツオのたたきだったが、すでに別の刺身を食べていたこともあり、改めて注文するまでの気持ちにはなれなかった。しかし現在このような状況を迎えている中、あの時に食べておけばよかった気もしてくる。これもまた些細な「覆水盆に返らず」だ。

 駅を出て早稲田通りを左に進む。もう夜8時を過ぎていて当然どこの店にも入れないが、急ぐ用事もないので気の向くままに歩くことにした。最悪、どこかのコンビニで適当なものを買って帰ればよい。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 街を歩けば店舗から流れる音楽や自動車のエンジン音などさまざまな音や喧騒に包まれることになるが、その多くは想定内のことであり、いちいち気にして歩いているわけではないだろう。しかし歩いていると耳に響く声が聞こえてくる。

 雑居ビルの軒先で弁当を販売していたのだ。そのビルのテナントに入っているレストランの人が道行く人々に声をかけているのである。もちろん普段は弁当など販売しない店だと思うが、このご時世であるだけに弁当販売も行っているのだろう。

 普段からすればイレギュラーな現象であるその店員さんの声はよく響いていた。自信をもって勧めているだけに、きっとお得で美味しいに違いない。しかし個人的には食事をしたいというよりは、“ちょっと一杯”のための酒の肴を求めていた。歩みを緩めずに販売場所を通り過ぎてしまったが、これも後で小さな「覆水盆に返らず」な体験になってしまうのだろうか。

 それにしても店員さんの声はどうしてそれほどまでに耳に響き、印象強いものであったのか。最新の研究によれば、イレギュラーな音声であるからこそ我々の脳はそれを音声として認識し、処理しているという。逆に言えばイレギュラーではない音声は“雑音”に過ぎないのだ。


 研究チームはfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を使用して、19人の参加者が一連の音を聞いている間の脳の反応を測定しました。

 参加者は、シーケンス内のどの音が他の音から逸脱しているかを見つけるように指示されました。次に参加者の期待が操作され、シーケンスの特定の位置で逸脱した音が期待されるようになりました。

 神経科学者は、聴覚処理に関与する皮質下経路の2つの主要な核である下丘(inferior colliculus)と内側膝状体(medial geniculate body)の逸脱した音によって誘発される反応を調べました。

 参加者は、逸脱が予想される位置に配置された場合、逸脱をより早く認識しましたが、皮質下核(subcortical nuclei)は予期しない位置に配置された場合にのみ音をエンコードしました。

※「Technische Universitat Dresden」より引用


 独・ドレスデン工科大学の研究チームが2020年12月に「eLife」で発表した研究は、我々は予期している音声をいち早く認識して聞き流している一方で、イレギュラーな音声に敏感に反応して脳内で音声処理をしていることを実験を通じて解説する内容になっている。街の雑踏など、予測できる音声は雑音として注意を払うことなく聞き流している一方で、予期していなかったイレギュラーな音声には脳が活発な動きを見せるのである。

 弁当販売をする店員さんの声が印象的であったのも脳科学的には当然だったことになる。もしも売っているものが弁当ではなく酒の肴になるようなものであったならば、すぐさま買い求めていたことは間違いない。

買ってきたケバブで宅飲み

 早稲田通りをさらに先に進む。どこへ行くかまだ特に決めていないが、少し先にはスーパーがいくつかある。

 さっきの店員さんの声のようなイレギュラーな音声はその後はなくなり、街は普段通りの様子を見せている。逆にいえば、いつもと変わらぬ想定内の音を我々はいかに不注意に聞き流しているかということにもなる。

 真っ赤な店構えのケバブ店が見えてきた。付近に数店ある人気のケバブ店である。ここは初めてだが別の店は何度も利用したことがある。ケバブを買って帰ってもいいのだろう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 あくまでも酒の肴にしたいので、ケバブだけの「ケバブおつまみ」にする。要はケバブ丼のアタマだけである。さてこうして無事に酒の肴を入手できたし、後は帰るだけだ。この状況下でもケバブの持ち帰りはこの先も困ることはなさそうだ。しばらくの間は晩酌の“ケバブ率”が高くなるかもしれない。

 それはそれで不満はないが、こうなるとやはり新鮮な刺身が恋しくなってくる。あの時のカツオのたたきが思い返されてくるのだが……。

 聞き飽きている音声を我々の脳はほとんど無視しているわけだが、居酒屋の店員さんにとってもそれは同じだろう。たたきキュウリとカツオのたたきを“たたき”違いでオーダーミスしても無理もない。

 帰宅すればさっそくケバブで“ちょっと一杯”だ。ほかにもサラダやさつま揚げも準備する。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 もちろん現在でも昼や夕方の早い時間に居酒屋や海鮮料理店に入ればカツオのたたきにありつけるのだろうが、個人的に“昼飲み”はなかなか難しい。昼に飲んでしまえばその後は仕事にならなくなるだろう。そしてカツオのたたきを注文しておいて飲まないわけにもいかない。

 したがって丸一日休むことを前提にしなければ“昼飲み”はできそうもないのだが、丸一日休みであればほかにできることもあり時間がもったいなくて昼から飲んでいる場合ではないような気もしてくる。なかなか難しいものだ。

 ケバブもじゅうぶんに美味しい。カツオの代わりになるものではないが、酒の肴として何の不足もない。そしてケバブとカツオはどんなに聞き流していても、聞き間違えることはないだろう。

文/仲田しんじ

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