
■連載/あるあるビジネス処方箋
新型コロナウィルスの感染がさらに拡大している。昨年4月前後から、新聞やテレビ、雑誌、ネットニュースでめっきり減った報道が、「フリーランス」だ。
働き方改革がブームとなったこの5年程は、「フリーランスは新しい働き方」「時間や場所にとらわれることなく、仕事ができる」「やりたいことを自由にして生きていける働き方」といった意味合いの報道が目立った。
そのようなことを唱えていた識者やテレビ番組のコメンテーターらは、昨年4月前後から何も語らなくなった。この人たちのフリーランスに関する言論やコメントが根拠に乏しく、薄い内容のものであったことを立証しているのではないか。そもそも、識者やコメンテーターの中にはフリーランスの経験がない人がいるのだから、実に無責任な言論と言える。
私は、フリーランスになってから16年が経つ。この16年間、労働時間で言えば、1日平均13~15時間。収入は、会社員のピーク時の半分を維持するのが難しい。私がフリーランスになった2005~06年当時に知り合ったフリーのライター、デザイナー、編集者40~60人は5~8人程を除き、会社員に戻っている。ちなみにこの16年間、休暇はほとんどない。ほぼ365日フル稼働に近い。
こういう現実を報じることなく、「やりたいことを自由にして生きていける働き方」と報じるのは、あまりにも無責任だと思う。そんな報道に、一貫して異議あり!の思いが強い。従って、今回はフリーランスについて、私の考えを紹介したい。
「手取り年収」「貯蓄の金額」
まず、2015年の「中小企業庁委託 小規模事業者の事業活動の実態把握調査~フリーランス事業者調査編」によると、フリーランスの年収は次の結果となっている。
上に「手取り年収」、下に「貯蓄の金額」。「手取り年収」のオレンジ色は「100万円未満」で、全体の23.1%。ベージュ色が「100万円~300万円未満」で、全体の36.8%。2つを合わせると、59%。緑色が「300万円~500万円未満」で、22.7%。約8割が、年収500万円以下となる。
赤い線で囲まれ、矢印がついたところに注目したい。中小企業庁がつけたものだ。「100万円未満と100万円~300万円未満」を括っている。
中小企業庁「中小企業白書」では、この300万円未満に着眼している。年収としては、会社員の平均よりも低いことを懸念しているのだろうか。2019年の民間企業で働く人の平均年収は、国税庁の民間給与実態統計調査によると436万円だった。
下の「貯金の金額」を見てみよう。「100万円未満」と答えたのは、全体の40.9%。「100万円~300万円未満」は全体の18.3%。300万円未満は59%。約6割が、この額なのだ。
この年収(年収300万円未満)や貯蓄額(300万円未満)をベースにすると、男性でも女性でも結婚し、一家の収入を稼ぐ柱として、つまり、大黒柱として家族を養うのは相当に難しいことが想像できる。
結婚している場合、相手の妻もしくは夫もフルタイム(平均で週5日、8時間勤務)もしくはそれに近い就労スタイルで働き、そのうえで子どもがいないか、1人ぐらいが限界ではないだろうか。あるいは、夫婦のうちいずれか、もしくは双方の親の財産(家など)や遺産などがある程度あるか否かも、大切な要件だろう。さらには、親の介護の心配が当分はないことも大事な要素だ。
いずれにしろ、例えば、男性が夫として、大黒柱として妻と子どもを2人以上養うのは、例えば、成人するまで生活費や養育費をねん出するのは、年収300万未満では相当に難しい。子ども2人が私立中学、高校や大学に進学した場合は、ますます困難だろう。物価が地方に比べて比較的高い首都圏ならば、なおさら難しくなるはずだ。
「悟り」や「達観」が必要
ちなみに、私の周囲にいるフリーランス(フリーのライター、編集者、デザイナーが多い)は30代半ば以降になると、男性がめっきり減る。30代後半より上の世代は、女性が圧倒的に多い。私の実感で言えば、9割程だろうか。
男性の場合、30代半ばまでに結婚し、子どもができた時、今後の養育費や生活費を考えると、会社員に戻る方が賢明と判断するのだと思う。確かに、30代半ばまでくらいならばそれが可能かもしれない。私の場合、フリーランスになったのが38歳。会社に戻ることができない年齢だった。
50歳を超えた今、「フリーランスを辞めることすらできない」のが現実だ。そもそも、フリーランスになった時からそんなことを考えていない。2005年からの数年間、仕事が少なかった時は大学教授の論文やベンチャー企業経営者、国会議員のビジネス書のゴーストライターをしたり、パチンコ店のチラシなどを書いたりと、ありとあらゆるものを請け負った。それらの報酬を受け取り、生活費としていた。今も、こんな生活から抜け出すことはできていない。
もともと、同世代の会社員の男性のような生活はできないと16年前からあきらめている。この「悟り」や「達観」がないと、おそらく、特に男性の場合はフリーランスを15年以上続けるのは難しいだろう。
「売上及び利益の傾向」
年収300万円未満であっても、数年以内に増え、せめて会社員の平均年収程になるならば、苦しい今をこらえることができるのかもしれない。だが、そんな甘くはない。
次の図を見てほしい。2015年の「中小企業庁委託 小規模事業者の事業活動の実態把握調査~フリーランス事業者調査編」で、フリーランスの売上及び利益の傾向(直近3年間)を調べた結果だ。
左は「売上の傾向」。最も多いのは「横ばい」で、51.5%。次に多いのは「減少傾向」で、32.1%。双方を合わせると、83%。右は「利益の動向」で、「横ばい」が51.8%と最も多い。「減少傾向」は、34.3%。双方を合わせると、85%になる。
仮に年収300万円未満だとして、売上も利益も横ばいもしくは減っていくならば、つまりは「先のめどが立たない」ならば、フリーランスを次々と辞めていくのはごく自然なこと。その判断は、極めて正しいと思う。300万円未満で、さらに減少傾向になるならば、もはや「経営破たん」「廃業」に近い状態になる可能性がある。
「働き方の満足度」
年収、貯蓄、売上、利益に明るい希望が見えないならば、大半の人はそんな生活から抜け出したくなるだろう。
次の図で、それがわかる。2015年の「中小企業庁委託 小規模事業者の事業活動の実態把握調査~フリーランス事業者調査編」で、「フリーランスという働き方の満足度」について調査をしている。赤い丸は、中小企業庁によるものだ。
上の方にある「仕事の自由度や裁量の高さ」「仕事の内容ややりがい」「生活(プライベート)との両立」については、「大変満足している」「満足している」といった回答が多い。
「社会的評価」「収入」は、「大変満足している」「満足している」がともに20%に満たない。年収300万未満や売上、利益の状況を鑑みると、社会的な評価を低いと感じるのは無理からぬことだ。実際、金融機関からの評価は大企業の会社員と比べると、低い場合が多いはずだ。
私の経験で言えば、10年程前、賃貸マンションを借りる時の審査で、大家(オーナー)から断りを受けた。「フリーランスは収入が不安定で、家賃の支払いが遅れる場合がある」「過去にも、そんなフリーランスがいた」とのことだった。
私の周りのフリーランスは30代半ば以降、女性が多くなり、男性が少なくなっていく。そのヒントの1つは、この調査結果にある。女性の場合、相手の男性(この場合は、夫とする)が会社員として一定の収入を得ていると、それを補う形でフリーランスをしやすいのだと思う。子どもの世話をしながら、自宅で仕事をすることもできるかもしれない。その意味で、「仕事の自由度や裁量の高さ」「仕事の内容ややりがい」「生活(プライベート)との両立」を重視するのだろうか。
男性が夫だとして、家族を養う立場になると、「仕事の自由度や裁量の高さ」「仕事の内容ややりがい」は大切ではあるが、「収入」は大きなウェートを占める。「社会的評価」もある程度は必要だ。例えば、賃貸マンションをいつまでも借りることができないならば、家族がやがては生きていけなくなる場合もあるのかもしれない。
かねがね疑問であるのは、フリーランスを礼さんする識者やコメンテーターは、こういう生活状況を絶対と言っていいほどに口にしないことだ。中には、称えておきながら、自分は大学教授やシンクタンクの社員、全国紙の記者として安定収入を得ている人たちもいる。さすがに、これでは言論人としては信用できないだろう。
2008年に、シンクタンクのエコミノストが「今後は、会社員もフリーランスになるべき」と取材時に語っていた。この人は今なお、当時と同じシンクタンクに籍を置き、立派な役職についている。ご子息を海外の有名私立大学に進学させていると聞く。なぜ、フリーランスにならないのか、不思議だ。
「事業を営む中での不安や悩み」
最後に、次の調査結果を見たい。2015年の「中小企業庁委託 小規模事業者の事業活動の実態把握調査~フリーランス事業者調査編」で、フリーランス形態で事業を営む中での不安や悩みをフリーランスに聞いている。最も多いのは、「収入の不安定」で、突出している。その次に「社会保障(医療保険、年金等)」とある。続いて「自分の健康や気力の維持」。この3つが目立つが、とりわけ、「収入の不安定」が多い。
フリーランスは素晴らしい、と公の場で言いきるならば、こういう悩みにどう対処するのだろう。悩みに答えようとしない姿勢こそ、フリーランスへの侮辱であり、差別を結果として助長するものになる。せめて、「こんな具合に収入を増やし、同世代の会社員の平均年収にはなる」といった具体論を丁寧に語るべきだと思う。事実を覆い隠し、希望的な観測や空想、妄想を公の場で語り続けるのは極めて好ましくない。そんな思いがあり、今回はフリーランスの影の部分を明らかにしたと言える調査結果を紹介してみた。
周りの40代後半以上の男性のフリーランスでよく聞くのは、「フリーランスを辞めたところで、行くところがない」「雇ってもらえる場がない」「辞めたら、生きていけない」「収入が少なくとも、続けるしか選択肢がない」だ。最も多いのは、「辞めたら、生きていけない」。
こんな状況でコロナウィルス感染拡大となると、どうなるかは容易に想像がつくだろう。本来、こういう絶望をしつこく語るのが報道のあるべき姿の1つだと私は確信している。読者諸氏は、何を感じるだろう。
文/吉田典史
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