長野県上田市に2019年にオープンした「シャトー・メルシャン 椀子(まりこ)ワイナリー」が、ワインツーリズムに取り組む世界最高のワイナリーを選出する「ワールド・ベスト・ヴィンヤード2020」で世界第30位とベストアジアに選出された。シャトー・マルゴーなどの名門が名を連ねる中、日本のワイナリーとして唯一受賞した大快挙である。
今後日本で注目が増していくであろう「ワインツーリズム」を体験すべく、シャトー・メルシャン 椀子ワイナリー(以下、椀子ワイナリー)のスペシャルイベントに参加したので、その模様をご紹介したい。
国際的に評価を受けた「ワインツーリズム」って何? ワイナリー見学との違いとは?
東京ドーム約6個分の広さがあるブドウ畑。標高650mにあるワイナリーは360°に広がるブドウ畑に囲まれている。
椀子ワイナリーには、シャトー・メルシャンの3つ(勝沼・桔梗ヶ原・椀子)のワイナリーそれぞれの最高峰クラス(アイコンシリーズ)のワインをイメージした日本画が飾られている。日本庭園のように美しく繊細で、調和の取れたワイン造りを目指している。
ワインツーリズムとは?
そもそもワインツーリズムとは何なのか。メルシャン株式会社マーケティング部シャトー・メルシャン チーフ・ブランドマネージャーの神藤亜矢さんに話を聞いた。
「有識者の論文を読むと、ワインツーリズムとは『ワイナリーやワイナリーのある地域を堪能する旅』と言われており、ワインを生産するほとんどの国でその定義を使用しています。
国やお客様の関心度によって、何を楽しむかはワイナリーごとに異なりますが、『ワインツーリズム』で大成功したモデルとしてはカリフォルニアのナパ・ヴァレーが挙げられます。
ナパ・ヴァレーでは、ワイナリーの近くにレストランやゴルフ場もあり、何泊か滞在しながらその地域を丸ごと堪能できるのです。ワイナリーが地域と共存し経済圏を作っていくということを、私も日本でやりたいと思っていました」
ワインツーリズムの醍醐味とは。ワイナリー見学との違いは?
「ワイナリー見学は、見学してワインをおみやげとして買って帰る場合が多く、ワイナリーだけで完結してしまいますが、ワインツーリズムは『ワイナリーも目的地の一つだけれど、その周りのおいしい食事や温泉、リゾートなど、滞在型で丸ごと楽しむ』というものです。ワイナリー見学が、行って帰るという『線』だとしたら、ワインツーリズムは、ワイナリーとその周辺をぐるぐる回って楽しむ『丸』になるイメージです」
椀子ワイナリーのワインツーリズムとは
「椀子ワイナリーは、ワイナリーと畑が隣接しており、日本では大変珍しいです。『ウォーキング&ランチツアー』など、周囲を360°囲む畑をとことん楽しむ特徴のあるツアーを開催しています。例えばメルロー品種の区画まで行って、メルローを食べてブドウの味を試す、そしてメルローのワインを飲んでワインを味わうという、収穫期しかやっていない大人気のツアーもあります。地元の食材を使用したお弁当やおつまみも提供しています。
ブドウ畑を歩きながら自然を感じ、五感でワインを体感する。このようなツアーを定期的にやっているのは日本ではまだほとんどないと思います」
「過去には、同じ長野県の高山村にある温泉旅館に滞在いただき、地元のおいしい料理を同じ産地のシャトー・メルシャンのワインと一緒に楽しみ、翌日はバスで移動し、椀子ワイナリーを体験する滞在型プログラムも開催しました。20名ほどの限定した会でしたが、あっという間に満席になり、大変好評でした。椀子ワイナリーには宿泊施設やレストランはないので、地域の方とお互いの強みを合わせながら一緒に取り組んでいます。今後は、軽井沢と連携しながら滞在を楽しむワインツーリズムもやってみたいですね」
椀子ワイナリーのワインツーリズムを体感できるスペシャルイベントに潜入!
「ワールド・ベスト・ヴィンヤード2020」において、椀子ワイナリーは
・日本のリーディングブランドのワイナリー
・広大なブドウ畑と大自然の中でワインと地元の食材を楽しめる
・8種類の多様な品種が栽培されている畑とワイナリーを巡る趣向を凝らしたツアー
などが高く評価された。
ここからは、ワイナリー開業1周年を記念した「小林弘憲ワイナリー長による収穫体験付きワイナリーツアー&長野県のジビエと楽しむ椀子バックヴィンテージワインランチのスペシャルイベント」に参加した模様をお伝えする。
収穫体験
あいにくの雨模様だったが、10名のお客様とともに「カベルネ・フラン」を収穫。椀子ワイナリーのアイコンワインである「椀子オムニス」2020年ヴィンテージに使用される予定だ。
カゴいっぱい(約3つ分)、翌日に筋肉痛になるほど存分に収穫させてもらった。
食べてみると、甘みが非常に強く種も苦くなくておいしい。自分で収穫すると愛着が湧き、このブドウで造られたワインを絶対に買いたいという気持ちになった。
収穫後に全員集合し、記念撮影。1名2万円の参加費だが、10名の定員のところ募集して数日で完売となる人気ぶり。
醸造所見学
気さくなお人柄の小林弘憲ワイナリー長の案内で、続いては醸造所へ。
白ワインやロゼワインはこの機械でブドウを圧搾し、液体(ジュース)を発酵させてワインにする。絞った後のブドウの皮や種は、加工して肥料になるとのこと。
赤ワインを造る時は、黒ブドウを黄色の機械に入れてブドウの梗(軸)の部分を取る。ブドウの粒が落とされ、4~6人ほどが目視で未熟なブドウを取り除く「選果作業」をしてからタンクに入れる。
「ルモンタージュ」と呼ばれる作業を見学。この目的は2つある。一つ目は「抽出」で、ブドウの種や皮のタンニン分をワインに移行させること。タンク下からホースでくみ上げられたワインをブドウの皮や種にまんべんなくかける。良いワインにするために、毎日人力でこの作業をする。抽出時間や回数は、醸造家の腕の見せ所だ。
二つ目は、発酵を健全に行うため。ワイン酵母は発酵するのにエネルギーがいるため、空気をかきまぜて酸素を供給することでワインを健全にしている。
「カベルネ・フラン」の搾りたてジュースも特別に試飲した。ロゼワインになるとのことで、苦みもなくとても甘かった。
最後は樽貯蔵庫へ。毎年新しい樽を仕入れることや、産地と品種に合わせてどの樽を使用するのか、樽の寿命などさまざまな話を伺った。樽を乾燥させないように、この日はミストが上部から噴き出ていた。
椀子ワイナリーではブドウは全て手摘みで行われる。大変手間暇かけて丁寧にワインが造られる工程を見ることができた。
お待ちかね! 地元の食材と椀子ワイナリーのワインを堪能する贅沢ペアリングランチ
上田市の「食季café展」さんによる地元の食材とジビエを使った料理と、椀子ワイナリーのワインを楽しむランチタイムだ。
当初はブドウ畑で開催される予定だったが、雨天のため、室内での開催となった。
上田市の新鮮な野菜のほかに、あまり市場に出回らないと言われる、夏に獲った鹿肉を使用した料理の数々でメニューが構成された。
臭みがなく夏が旬の鹿肉をリエット、ハンバーガー、ローストディア、串焼きなど様々な調理法で提供された。
ブドウ畑を目の前にした最高に贅沢なロケーションだ。取材当日は一日雨となってしまったが、晴れた日はもっと素敵な景色となるだろう。
メニューとペアリングワインメニュー(1番目のワインは、「椀子のあわ シャルドネ」へ変更)
左から「椀子のあわ シャルドネ」、特別に供された新酒のシャルドネ、「椀子シャルドネ&ソーヴィニヨン・ブラン2018」、「椀子シャルドネ ミッドナイト・ハーベスト2019」
生の野沢菜や色鮮やかな3種類の大根など、みずみずしい新鮮な野菜を堪能。
「椀子のあわ シャルドネ」で乾杯後、ワイナリー長が造りたてのシャルドネの新酒を特別に振る舞ってくれた。まだ酵母が入っている状態だが酸の完成度が高く、大変フレッシュだった。
「椀子シャルドネ&ソーヴィニヨン・ブラン2018」と合わせた。この2種類のブドウのブレンドは世界でも珍しいが、評価と人気が高いワインとのこと。ハーブのニュアンスやコクなど、両方のブドウの特徴が前面に出ており、ジェノベーゼの新鮮なハーブの香りとマッチした。
「椀子シャルドネ ミッドナイト・ハーベスト2019」は、昼間に太陽を浴び養分を蓄えた状態のシャルドネを、真夜中に収穫して造られるワインだ。朝採り野菜のようなイメージと言える。口当たりがとても滑らかで、フレッシュで綺麗な酸味と穏やかな新樽の香りが心地良く、すいすいと飲める。
臭みと脂身がなく、噛み応えとジューシーな味わいを楽しめるローストディア。醤油やこんぶだしでとった和風ソースを合わせた。
まるでシラー品種を思わせるようなスパイシーさを感じる珍しいメルロー。
左から「椀子シラー2017」、「椀子シラー2015」、ワイナリー長が特別に提供してくれた「椀子シラー2010」
椀子ワイナリーと言えば「シラー」が有名だ。強粘土質の土壌と、降水量が少なく、強い風が吹く椀子ワイナリーでは、スパイシーな赤ワインができるのが特徴だ。特にシラーは胡椒のような香りの「ロタンドン」という成分が多く含まれている。
ワイナリー長はシラーワインを「胡椒爆弾」と呼んでいたが、確かにホールの黒胡椒そのままの香りがツンと鼻を抜け、タンニンも果実味もしっかりと感じた。スパイスの効いたジビエとも抜群の相性だった。
2010年ヴィンテージはオレンジがかった色合いで渋みも穏やかになり、綺麗に熟成されていた。シラーは温暖な地域で造られると果実味の強さと甘みがあるが、椀子のように冷涼な地域で造られる「クール・クライメイト・シラー」にも注目したい。
噛む程にうまみが出るジューシーでやわらかいハンバーガー。
左から「椀子オムニス2015」、「椀子オムニス2013」、「椀子オムニス2011」。
「椀子オムニス」は、G7伊勢志摩サミット2016でも出されたことがある椀子ワイナリーのアイコンワインだ。「オムニス」はラテン語で「全て」を意味する。様々な品種をブレンドして椀子ヴィンヤードの全てを表現しており、長期熟成も可能だ。
1本約2万5千円前後する高級ワインでボルドーワインを彷彿とさせるスタイルだが、綺麗な果実味と柔らかなスパイス、緻密なタンニンで大変エレガントなワインだ。
ヴィンテージごとに異なる気候や醸造方法も、ワイナリー長の説明で理解を深めることができ、椀子オムニスの登場で会場の盛り上がりは最高潮に達した(雨のため、ワイナリー長が「椀子オムニス2013」を大サービスで開けてくれた)。
おみやげにいただいた上田市の洋梨(ル・レクチェ)のジャムとジュース
何度でもリピートしたくなる椀子ワイナリーの魅力
今回参加して気付いたことが、リピーターの多さだ。約半数の参加者に話を聞いたが、皆リピーターの方だった。
「ワイナリーができる前から夫婦でドライブに来ています。生で食べた野沢菜や野菜がおいしく、今日は新しい発見がありました。景観が良く何度もリピートしたくなります」と語る地元の方や、「長野はとても良い環境で、椀子ワイナリーは3回来ています。ブドウ畑に囲まれているのが良いですね。日本人にも『Made in Japan』の良いところを知って欲しいです」と東京からリピートする方も。
「360度畑に囲まれた景観」は一度見たら忘れられない。何度でも訪れたいと思う椀子ワイナリーの魅力を筆者も身を持って感じた。
ワイナリーツアーだけでなく、毎日散歩に来る人や定期的に開催されるマルシェなど、椀子ワイナリーはいつも地元の人で賑わっているそうだ。日常生活の中にワイナリーがあるというのも、非常に羨ましい環境だ。
「ワインツーリズム」というワインの楽しみ方
今回のスペシャルイベントは、椀子ワイナリーが上田市と共催する初めての取り組みだったとのこと。
実際にブドウを収穫し、醸造所でワイン造りを体験し、土地の特徴を知ることで目の前のワインの味わい方も変わる。「百聞は一見にしかず」とはまさにこのことだ。
ワイナリーでの体験はもちろん、眼下に広がるブドウ畑を眺めながら、温かく一番おいしい状態でサーブされる地元の食材を使った食事とワインを楽しむのはこの上ない贅沢だ。信州丸子産のお土産まであり、上田市の土地、風土、ここでしか楽しめない食とワインを丸ごと堪能することができた。
ワイナリー限定のワインも多く、数本購入して帰路に着いた。次回は温泉街なども楽しみながら、宿泊してゆっくり滞在したい。
晴れた日には浅間山や北アルプスも臨める。コロナ対策を徹底しながら、3密を避けた自然溢れるワイナリーで、「ワインツーリズム」という新しいワインの楽しみ方を体験するのはいかがだろうか。
※当記事は2020年10月17日に取材しております。
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、ワイナリーツアーの実施・人数を制限しております。詳細は公式サイトよりご確認願います。
【取材協力】
シャトー・メルシャン 椀子ワイナリー
メルシャン株式会社
取材・文/Mami
(一社)日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート
https://mamiwine.themedia.jp/