AIは「戦術」を作れるが、人間にしか「感動」は作れない
現代はAIが対局者に先回りして、最善手を示す時代となった。そのうえでなお、藤井の指し手が人々に感動を与え続けていることは、王位戦の封じ手「△8七同飛成」の一手でも明らかだろう。
これまで、将棋界最大のコンテンツは、最高峰の対局者によって生み出される棋譜だといわれてきた。では、AI同士が自動的に生成し続けるハイレベルの棋譜に将棋ファンは注目するかといえば、必ずしもそうではない。人間同士が最高の棋譜を作ろうとする過程のドラマにファンは興味を持ち、感動を覚えてきた。
最善を尽くし、最新ツールのAIも使い、「神の一手」を目指して精進したうえで対局に臨む。そこで生み出される人間同士のドラマは、どんな時代になっても決して褪せることはないだろう。
コンピューターが「名人」よりも強くなれば、棋士の存在意義はなくなるのではないか――かつてはそう心配された。しかし現状、そうなってはいない。
藤井をはじめ、新時代の棋士たちにAI敵視の意識は最初からなく、AIからさえも学び取ろうとしている。人間にしかできないことを突き詰め、機械に飲み込まれることなく、むしろ乗りこなす。その姿勢から私たちが得るものは多い。(文中敬称略)
■ 1500万円で落札された藤井聡太の「封じ手」
第61期王位戦第4局での藤井聡太の封じ手を、日本将棋連盟が『ヤフオク!』に出品。1500万円で落札され、売り上げは7月の九州豪雨の被災地のために寄付された。
2020年8月20日に達成した、「18歳1か月での二冠」は史上最年少記録。
藤井と同じく〝AIネイティブ〟の世代(左から古賀悠聖四段、伊藤匠四段、冨田誠也四段)。
取材・文/松本博文氏
将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東京大学将棋部出身。著書に『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)など。