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不安もあれば期待もある“不確実性”が人を社交的にする?

2020.11.06

 この次はもう来年だ――。半年後、世の中がいったいどんな様子になっているのか、少し想像を巡らせながら、夜風が冷たくなった甲州街道を新宿に向けて歩いていた。

半年後のことを漠然と考えながら歓楽街の居酒屋に入る

 もうすっかり秋である。厚着は嫌いなほうなのでまだコートは着ていないが、こんなことを言えるのもあと数週間程度だろうか。実際に歩道を歩いている人々、特に女性のコート姿が目立つ。確かに夜になるとけっこう冷え込むようになってきた。

 かなり前から決まって半年に1度、仕事をしている会社がある。つまり年に2回、定期的に発生する性質の仕事である。少し前からその仕事に取り組んでいて、先日に作業を終えることができた。返却する資料類は普段は宅配便で送っているのだが、出かける用事もあったので散歩がてらオフィスに持参することにしたのだ。

 先方の担当者にいささか早すぎる年末の挨拶をし、半年後の連絡を織り込みつつオフィスを後にしたのだが、例年であれば一顧だにしないことが気になってくる。つまり半年後、世の中はどうなっているのだろうかという薄っすらとした懸念だ。しかし決して投げやりということではなく、言葉通りの意味で“なるようにしかならない”のだから、あれこれ考えてもあまり意味はないようにも思える。

 期待に胸を膨らませてオリンピックイヤーを迎えた年初から一転、思いもよらなかった波乱の展開がまだまだ終らないまま今年が終わりそうである。今年もまだ残っているが、来年がどんな年になるのか、漠然と気になってきたとしても無理はないだろう。

 まさに先の読めない時代に突入したといっても過言ではない。経済学者による“不確実性の時代”という指摘は1980年代から言われてきているが、今日の状況はそれとは比較にならないほどの“不確実性”に直面しているのではないだろうか。半年先の近未来でさえも、何だか漠然としているのである。

 前方の新宿の駅ビルが徐々に大きく見えてくる。日没は早まっているがまだ夕刻だ。

 これが夏場なら戻ってほかの仕事を進めることになりそうだが、今日は特に急ぎの仕事もない。どこかで“補給”してもいいのだろう。この近辺で気になっていた店もあった。

 甲州街道の歩道から左に折れる。少し歩いただけで、飲食店や大型家電店が並ぶ賑やかなエリアに出る。最近、このエリアに人気の居酒屋チェーンの新店がオープンしたことを知り、訪問する機会を窺っていたのだ。

 いうまでもなく飲食業界には逆風が吹いているが、この界隈は人通りも多く街には活気がある。目的の新店はすぐにみつかった。ビルの一階で実に開放的な店構えだ。さっそく入ることにしよう。

※画像はイメージです(筆者撮影)

「影響の不確実性」で高まる向社会性

 入口近くにL字に配置された立ち飲みカウンターに陣取らせていただく。手指の消毒を忘れてはならない。屋外の路上のテーブルで飲んでいるグループもいた。店内は奥行がけっこうあるレイアウトで、テーブル席にはかなりの人数が収まりそうだ。壁も床もクリーム色というか明るいベージュでまとめられていて、照明も明るくお洒落な印象すらある。女性にも入りやすいといえるだろう。

 卓上のメニューを眺めながらとりあえず瓶ビールを注文する。ここの瓶ビールはサッポロの“赤星”だ。事前の情報である程度知っていたのだが、この店は通常のメニューに加えて海鮮焼き系のメニューが充実している。そうした気になったメニューをさっそくいくつか注文する。

 新しい店に入るのはもちろん新しい体験になる。しかも他の店になないメニューがあるということで、舌のほうでも新鮮な体験ができそうだ。良くも悪くも“不確実性”を見込んだチャレンジということにもなる。

「ハマチ刺身」がやって来た。見るからに新鮮で、見た目通りに美味しい。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 続いて“不確実性”の1つである「海老塩焼き」がやってくる。もちろん海老の塩焼きは何度となく食べたことがあるが久しぶりだ。カリっと焼かれていて香りもよく美味しい。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 ポツリポツリとお客が店に入ってくる。立ち飲みカウンター目当ての1人客も続けざまに入店してきた。自分と同様に初めて来たことがなんとなくわかる。

 それにしても最近では手指の消毒はすっかり定着しているようで、入店客は言われなくとも自発的に卓上のスプレーボトルをプッシュして手指の消毒をしている。公の場において自分から進んで手指を消毒するのは、ある意味で実にプロソーシャル(向社会的)な行為と言えるだろう。周囲の人々への配慮が伴っているのだ。

 現在のコロナ禍の世の中も、またこうして新店に入るという行為も“不確実性”に満ちている。そして最近の研究で、こうした“不確実性”の中で人々は他者を思いやるプロソーシャルな人物になれることが報告されている。コロナ禍の中で人々がプロソーシャルになれるのだとすれば、不幸中の幸いということにもなるだろう。

 米・オックスフォード大学の研究チームが2018年7月に「Nature Human Behaviour」で発表した研究は、奇しくも今日のコロナ禍を予見していたような内容だ。


 不確実性が必ずしも利己主義を促進するとは限らないことを示します。向社会的行動に影響を与える2つのタイプの不確実性の違いを紹介します。

 過去の研究と一致して、「結果の不確実性(outcome uncertainty)」の下で向社会的行動の減少が見られました。対照的に、向社会的行動はインセンティブを与えられた経済的決定および感染症の脅威に関する仮説的決定における「影響の不確実性(impact uncertainty)」の下で増加しました。

 影響の不確実性が向社会的行動に及ぼす影響は、影響の不確実性がより顕著になったときに強くなりました。私たちの調査結果は、特に感染症の脅威への対応など、向社会的行動が最重要である状況において、不確実性の中でのコミュニケーションに関する洞察を提供します。

※「Oxford University Research Archive」より引用


“不確実性”に満ちた状況の中で人々はどう振舞うのか。これまでの研究では、サバイバルがより困難になる状況であるからこそ、“不確実性”において人々は自分を最優先させる自己中心的な行動をとることが示されていた。

 しかし今回の研究では、人々は自己中心的になるのは意思決定の結果に関する不確実性である「結果の不確実性」が予測される状況においてであって、他者に悪影響を及ぼす可能性である「影響の不確実性」においては、人々はむしろプロソーシャルな行動に導かれることが指摘されているのだ。

 まさに今日のコロナ禍のように、自分のことはともかく居合わせた他者に配慮してマスクや消毒を行うプロソーシャルな行為は、この「影響の不確実性」によって促されていることになる。

不安もあれば期待もある“不確実性”

「いか焼き」が届いた。これもこの店ならではの“不確実性”だ。こうして焼いたイカを食べるのも久しぶりである。子どもの頃に祭りの日の神社の出店のイカ焼きを食べた記憶はあるが、夏祭りや野外イベントがことごとく中止になった中で、いったいどれほどの子どもたちが屋台のイカ焼きを食べたのだろうか。ひと口頬張ってみると肉厚で美味しい。

※画像はイメージです(筆者撮影)

「みがきニシン」、「にんにくバター炒め」が届いた。この中での“不確実性”はニシンだ。個人的にはニシンも普段はなかなか食べる機会がないので、意図せずしてありつけるのも一興と言えるだろう。ひと口食べて確かにニシンだなと、思わずうなずいてしまった。

※画像はイメージです(筆者撮影)

 緊急事態宣言の頃は当分は外でお酒を飲むことなどできないようにも思えたが、今はこうしてなんとか居酒屋で飲めるのはありがたい限りだ。そして外で飲むという行為がほかのお客さんにも配慮するプロソーシャルなものになったことも、コロナ禍という“災い”から転じた“福”であるかもしれない。

 にわかにカウンターのお客が増えだした。左隣にスーツ姿の男性客が案内された。隣に来るなり「すみません」と一礼してきたので、こちらも礼を返す。やはり酒場の“プロソーシャル度”は高まっているということだろうか。もちろんそんなことに関係なく礼儀正しい人なのかもしれないが。

 ドリンク注文後にメニューを熱心に眺めているところをみると、このお隣のお客もやはりこの店には初めて来たようだ。とすればさっきまでの自分と同じような“不確実性”に包まれていることになる。

 ともあれ半年後の自分ははたして年に2回のルーティーンワークに取り組んでいるのだろうか。考えるというよりも感覚として、半年後にも当然今まで通りの仕事をしていると思うのだが、その一方でこれまでとはガラリと違った状況になったとしても不思議ではないようにも思える。

 しかしながら“不確実性”は悪いことばかりではない。この店で予期せずして新鮮な海の幸が食べられたのも、“不確実性”に身を投じたからにほかならない。そこには不安もあれば期待もあるのだ。そしてこうしてある意味でプロソーシャルに、社交的に振舞いやすくなるというのも“不確実性”に晒されているからこそだということにもなる。

「あの~、ちょっとすいません……」

 左隣の男性が声をかけてきた。少し驚いたが、なんでもこのみがきニシンが気になっていて、美味しかったどうかを聞いてきたのである。美味しかった旨を伝えると、男性はさっそく注文した。そして少し雑談を交わしたのだが、やはりこの店には初めて来たということだ。

 自分自身も気づかないうちにずいぶん社交的になっているのかもしれない。そろそろ店を出ようかと思っていたのだが、もう1杯飲むのも悪くはない。当たり障りのない雑談をもう少ししてから帰ることにしようか……。

文/仲田しんじ

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