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僕の一番の遊び友だちだった飼い犬、クロの最後

2020.10.13

犬が死んだ朝

自宅から歩いて10分ぐらいのところに喫茶店がある。

コーヒーも料理もごく普通だけれど、雨の日になると、なぜかこの店に行きたくなる。

今日も会社でいろいろあった後、自宅に帰る前に、店に寄った。しとしと雨が降る寒い日で、閉店1時間前なのに、店内に入ったら誰もいなかった。住宅街の夜の喫茶店なんて、どこも同じようなものかもしれない。

今日も数字に追いまくられている仕事を忘れようと、店にやってきた。最初に運ばれてきた薄いコーヒーを飲んでいると、穏やかな気分になり、子どもの頃の楽しかった記憶が蘇える。

一人っ子で両親も働いていたから、僕の一番の遊び友達は飼い犬のクロだった。

雑種の良く吠える犬で、僕が学校から帰ってくると、むちゅうで飛びついて歓迎してくれたっけ。

冷たい舌で顔をペロペロなめてくれた。ちょっと臭いけれど、嬉しさと幸せが心の底からぐうっと駆け上ってくる。学校であったいやなこと、絶え間ない両親のケンカなど、辛い気持ちが消えて、何かに包まれる温かい感触がした。

この住宅街の古い喫茶店は、こうした昔の懐かしい記憶を掘り起こしてくれる。思い出とともに食べる、ケチャップまみれのナポリタンも美味しい。昭和テイストのハンバーグの付け合わせには、焼いたナスと、金属の串に刺さったチキンがついてくる。

クロは両親が離婚した時、田舎に残った父が引き取った。

母と僕は東京に行き、転校してからは塾やスイミング、空手教室にゲームと忙しくて、仲間に着いていくのに必死だった。劣等感を感じると、クロの臭い息と冷たい舌の感触を思い出して、布団の中で泣いたっけ。

家にいる時は忘れているのに、雨の日にこの喫茶店に来ると、しきりに犬を思いだす。クロの可愛いしぐさや、草原を全力で走ってくる得意気な顔。ふさふさの尾。子ども時代の、完璧な世界だった。父は亡くなり、クロの最後を知る人は誰もいない。

「ごちそうさま」伝票をもってレジに立つ。オーナーらしきお爺さんが無表情に「ありがとうございました」と言ったとたん、レジの後ろのドアがいきなりゴトゴト鳴り始めた。

「何?」と思わず口走ったら、オーナーは申し訳なさそうに、「すみません、犬がいるんですよ」とドアをあけた。ドアの向こうには階段があり、二階の住居につながっているようだ。

「夜だけここに入れてるんですよ。ネズミ除けにね」嬉しそうに犬を抱き上げた。犬はブンブン尾を振っている。「可愛いですね、さわっていいですか?」と言ったら、オーナーが床に犬を下ろしてくれた。

犬は嬉しそうに僕に飛びついてくる。しゃがんで、よしよしと撫でたら顔をなめてくれた。クロとまったく同じにおいがした。

懐かしい気持ちになる喫茶店には、懐かしい犬の臭いがしていたのだ。犬の背中と首周りをゴシゴシ撫でてやると、嬉しそうに背中から尾を振り、飛びついて顔を舐めてきた。顔つきもなんだかクロに似ているような気がする。

「すみませんねえ、スーツに毛が付きますよ?」オーナーは心配するけど、だいじょうぶ。この子の臭いで、昔を思い出していたんだ。この子が僕を過去の幸せな世界へ向かう、時間旅行へと誘ってくれていた。

「すみませんねえ、いつまでも、きりがないですから」オーナーは恐縮するけど、「いいんです、いいんです」と、犬の気が済むまで撫でる。ひっくり返ってお腹をなでろと、背中をぐねぐねさせてきた。懐かしいにおいに満たされながら、犬を飼いたいという気持ちがふつふつと湧き上がってきた。

文/取材 柿川鮎子(PETomorrow編集部)

「犬の名医さん100人データーブック」(小学館刊)、「犬にまたたび猫に骨」(講談社刊)、「動物病院119番」(文藝春秋社刊)など。作家、東京都動物愛護推進委員)

構成/inox.

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