
前編はこちら
ITエンジニアの世界は転職が当たり前だ。今回はそんなエンジニアの紹介である。「若手社員のホンネ」シリーズ、今回は「転職社員のホンネ」といってもいいかもしれない。
シリーズ第66回、株式会社Progate コンテンツプランナー 佐藤雅寛さん(31)。入社は1年半前だが、エンジニアの彼はこれまで2回転職を経験している。Progateはオンラインのプログラミング学習サービスを提供している会社で、初心者向けに教材を提供している。副業や収入アップの手段として、プログラミングは注目されており、日本を中心に現在約170万人が、この会社の学習サービスを受講している。
デザインとプログラミングに強い佐藤さん、前職のゲーム制作会社では、いわゆるガチャのビジネスモデルに対し、射幸心をあおる不健全さを感じ、情熱を持てる仕事として、初心者にプログラミングの教材を提供するこの会社に転職した。
基本的に絵で全部伝える
初心者に特化したプログラミングの教材を月980円(税別)で提供する。初心者に教える上で、最も重要なことは何か。それはわかりやすさである。社内ではこんな話し合いがあったに違いない。
「インスタグラムのような写真投稿アプリもユーザーは興味を持つよね」
「でも初心者の教材として、それは難しすぎると思う」
「画像は扱わない方がいい」
そこで、TODOリストにテーマを絞った。TODOリストとは今日明日中、あるいは今週中にとか、緩やか時間の中でやるべきことをリストアップしたもので、仕組みも比較的簡単だ。プログラミングの教材として、このソフトを制作しようというわけだ。
――教材の演習問題をブラッシュアップしていく上で、一番大切なことは何でしたか。
「一にも二にもわかりやすさです。それこそが、この会社のブランドですし、教材の要です」
――わかりやすくするためには、どうすればいいのですか。
「基本的に絵で全部伝わるようにする。文章は補助的なものと考える。キャラクターも含めて、絵で表そうとすることにすごい労力を費やしている、転職してまずそこが驚きでした」
わかりやすさの質を落とすことはあり得ない
例えば要約すると、こんな感じだ。箱の中から今日買うジャガイモ、ニンジン、タマネギ等、TODOリストを配列に沿って取り出し、インデックスの箱の中に移動させる、そんなプログラミングの演習問題を試作している時だった。
「この絵だと、箱の中身を移すというより、箱ごと別の箱の中に入れるという表現に見えるよ。ユーザーが把握しづらい。わかりにくいですね」
この会社は基本的に上司と部下の概念はないが、彼にそう指摘したのは、プロジェクトの批評を担当する27歳のプロダクトオーナーだ。ちなみにこの会社の代表取締役も27歳である。
「でも、開発のスケジュールもありますから…」
彼を含めチームのメンバーは、開発スケジュールを優先させたいという思いがあった。
だが、
「わかりやすさにこだわってほしい。その質を落として、スケジュールを優先するということはあり得ません。ちゃんと直してください」
いささか強い口調でそう言われた。
佐藤たちのチームのメンバーは、試行錯誤を繰り返し、箱の中身の配列を取り出して、それを別の箱の中に移動させるプログラミングの図解を完成させた。
初歩的ミスに「申し訳ない」
単純な失敗もある。提供する教材には演習問題を解くケースがあるが、判定のボタンを押してもクリアの表示が出ないという問い合わせがユーザーからあった。みんなで原因探しをした結果、「このデータがおかしいぞ」と、原因を突き止めたが、
「あっ、それ僕がリリースしたものです」
わかりやすさの前の初歩的ミスに、佐藤は「申し訳ない」と謝った。上司と部下の概念がないこともあり、失敗を叱責されることはない。同じ失敗を繰り返さないために話し合い、追加したシステムについては、テストを走らせる仕組みを徹底することにした。
そんなトラブルの遠因は、IT関係の会社に押しなべていえる慢性的なエンジニア不足だが、特にこの会社が得意とする情報をスライドに落とし込み、さらにそれを絵で表現できる彼のようなエンジニアが少ない。演習問題のアップデートのスピードを上がるために、デザイナーを採用が必要と意見書のようなものをマップ化して、わかりやすくして役員にアピールもした。
画像が描けるエンジニアも若干採用されたが、エンジニアを中心にこの1年ほどで社員は倍の60人以上に増えた。
プログラミングが人の可能性を広げる
――会社を今後、どうしていきたいのですか。
「今は初心者に特化して、プログラミング学習サービスを提供していますが」
――受講者の数がおよそ170万人、初心者にはある程度信頼を得ていますね。
「プログラミングというゲートをくぐっても、初心者で辞めてしまう人が多いのも事実なんです。プログラミングの学習を深められるよう中級、さらに上級に向けてのプログラミング学習サービスを提供できるようにしたい。
プログラミングを使いこなせるようになる“道”を作りたいというのが目標です。自由自在にプログラミングできる人が増えれば、いろんなサービスが世の中に溢れる、より大きな価値を生み出すことにつながるでしょう」
実は彼がそう感じるのは、入社してほどなくインドの支社に出張した体験が影響している。カースト制が存在するインドでは、ある階層の人たちは自由に職業を選ぶことが難しく、暮らし向きも厳しい人が目立つ。
ところがプログラミングをマスターすると、一気に生活が向上するのだ。「自分自身の力で人生を切り開いたんだ」
そんな現地スタッフの話を耳にして、プログラミングが人間の可能性を広げるとあらためて実感した。プログラミングの学習教材の提供という仕事は、人にとって重要な役割を担っていると、佐藤雅寛は心に秘めている。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama
こちらの記事も読まれています